16. 予測がつかない
王宮の二の間にて、ルーベルン家とベティオル家の会食の席が設けられていた。
傾いた陽光が、高い窓から赤く差し込む。すでに長い蝋燭が灯されており、暖炉にも火が付いている。
向かい合って座るのは両家の当主。財務卿、レイデン・ルーベルンと軍務卿リガード・ベティオル。
二人の横には、もう一人分ずつの食事の用意が置かれている。
中庭の茶会でリリアンがロザリードに腕輪を贈ったことは、家同士の繋がりの決定でもあった。
ここからは父親の領分と、両家の当主同士による話し合いが行われていた。
義足のリガード・ベティオルが言った。
「ルーベルン家の影響力は、今やギリアート家にも迫る勢い。儂もそのことは理解しておるし、ロザリード嬢も王妃として不足ない」
「嬉しい言葉ですな。我が家の献身は、何かと軽んじられますので」
「だが、足りていないものがあるのも事実。決して金では買えぬものだ」
レイデンは一呼吸置く。
「それは重々に承知の上で、ロザリードを立てている」
「血筋の長さの話ではないぞレイデン公。この場は腹を割って話すための席であろう?他言なく…」
「いかにも、そのつもりです」
リガードは頷き、誰もいない夕暮れの部屋を見回す。
「当家がルーベルン家を担ぐ上で、最大の懸念は、"名誉"だ」
レイデンは沈黙する。ルーベルン家には、ごまかしが効かない最悪の失態があった。
「名誉とは一度失うと、なかなか取り戻せるものではない」
「"アーレベインの遅参"のことを言っているのでしょうが、あれは先代の過ち。その咎をもって、私は父と兄を流刑にしたのです」
「無論知っておる。あの戦にまつわることは、誰もが知っている。ロヴィリカの篭城戦、アフィルド卿の橋落とし、王陛下の一騎打ち。そして、ルーベルン家の遅参…」
レイデンは唇を噛みながら、黙ってリガードの話を聞く。
「儂はこの脚だけで済んだが、失ったものが目に見えぬものであるから、つい取り戻せると思ってしまう」
「手厳しいですな。あの戦に関する詰りは散々受けてきました。まだ幼かったロザリードにも辛い思いをさせるほど」
「詰っているつもりはない。事実を整理しているだけだ。戦の後、復興支援に両雄像の建造費。その他諸々の王国にかさむ経費のやりくり。
儂としては、ルーベルン家はそろそろ清算を終えることもできると見ておる。執政会で、そう言ってもよい」
「腹を割るのが、お上手ですな」
「まだ何も割ってはいない。我が家は、戦に敗れたことは何度もあるが、戦わずに名誉を失ったことは一度もない。その誇り高さ故、半端な見返りでは、一族や家臣は納得しないのだ」
「そうでしょうとも。ベティオルは王国一の武門。黒犬騎士団を手懐けられる者もあなた以外におりますまい」
「さあ腹を割ろうレイデン公。ロザリード・ルーベルンを次の王妃として推すことで、当家は何を享受できる」
「貢献次第ですなリガード公。当家はすでに多くの支持者を得ている。分配に偏りがあってはならない」
この後、レイデンとリガードの議論は続くが、落とし所が見つからないまま日は落ちていく。
ルーベルン家の支持者の中でも特別な地位につき、恒久的な見返りを求め、その上で名誉を失いたくないベティオル家。
有象無象の貴族達とは一線を画す軍務卿ベティオル家の支持が必要だが、力を与え過ぎることを嫌うルーベルン家、
レイデンは日が暮れることを見越して、長い蝋燭を用意させていた。
二の間の扉の前に、ロザリードとリリアンが到着する。扉の前には会談を警護する両家の騎士とアレイン・ギースが控えていた。
「アレイン。父上達の話はもう終わってる?」
「ロザリード様。まだ続いております、時折大きい声が聞こえており、かなり難航しているようです」
「そう…」
扉が開き、腕を組んだロザリードとリリアンが、笑い合いながら入ってくる。
「ベティオル公、父上。お待たせして申し訳ありません。ドレスの着付け直しに時間がかかってしまいましたの」
一度会話を止めたリガードが笑顔で迎える。
「二人とも麗しいな。今日は舞踏会でもあっただろうか」
令嬢二人は腕を解き、向かい合って席につく。
ロザリードが切り出す。
「ベティオル公、花のティアラ返還の影には、オルド帝国がいると聞きました。戦は本当に避けられないのですか?」
「いずれ起こるだろう。来年か、十年後かはわからんが」
「まあ恐ろしい」
大袈裟に目を丸くしながら、机の上にある父の手を握る。
娘が芝居を始めたことに気付き、父は黙って様子を見守る。
「もしそうなら、先の大戦で名誉を地に落とした当家は、全てを捧げる覚悟で戦う。そうですわね?」
レイデンは眉を寄せている。一族最大の汚点である遅参の話を、自らするなと咎めるような目つき。
ロザリードは父の手を離す。
「ルーベルン、ベティオル、ベルクレイン、ギリアート、そしてテードリアン王家。王と全ての諸侯が力を結束させれば、きっと平和を勝ち取れると思いますの。ベティオル公、これは夢物語でしょうか?」
軍務卿は力強く答える。
「そんなことはない。セルナールは必ず勝つとも」
「よかった、安心しましたわ」
花が咲いたような笑顔で、ロザリードは部屋に声を響かせる。
そして、冬の夜に降る霜のように、その花は凍りつき、ロザリードの瞳はリガードを捕らえた。
「でもきっとその勝利は、大きな犠牲を必要とする。名家が倒れ、名も無き者が英雄となる。あるいは全ての家が灰と化すかも。
前線のギリアート家などは特に。何も予測がつきませんわ…」
美しい顔に微笑みは変わらない。なのに何故なのか、本能が危険を知らせる。
リガード・ベティオルは異変を感じ、レイデンを見る。レイデンは少し眉に皺を寄せたまま、微動だにしない。
そしてロザリードが続ける。
「それこそ、ロヴィリカが"新たな城主"を必要とするほどに」
沈黙。リリアンは卓の縁から覗く床を見つめ、何度かの頷きを見せている。
レイデンはロザリードに軽く視線を向けた後、ワインの杯をそっと手前に動かした。
「それが、ルーベルン家の"予測"なのか…?」
この娘の言葉を政治と理解したリガード・ベティオルは、父親の方に尋ねる。切れ者とは聞いていたが話が飛躍し過ぎており、一令嬢の言葉として相応しくない。
レイデンの返答はロザリードと変わらないものだった。
「予測がつかない戦となる。貴殿もそう思いませんか。軍務卿…」
最大貴族ギリアート家が治める、広大な平原の名城ロヴィリカ。この王都アムランと比肩するその城の名が、リガードの騎士道を震わせた。
「喋りすぎましたわ。茶会でもいつもこうなんです。ねえリリアン、私の悪い癖ね」
「私は好きよ。あなたのお話」
令嬢達が笑い合う。
リガードは口を閉ざしている。そして、娘リリアンが、たった一度の茶会で容易く臣従の姿勢を取った正しさを認めた。
ロザリードは子供のように無邪気に微笑む。
「ああ、お腹が空きましたわ。今日は子鹿でしょう?早く持ってきてちょうだい」




