14. 城壁の密談
「結婚相手の候補を教えて欲しい?」
そう言いながら、ハウゼン・ルガティアスが書類の山から顔を出した。
セレナリス王妃の歳の離れた弟で、エメルディアから見れば叔父にあたるが、その空気はむしろ年の近い兄弟に近い。
内務卿の末息子で、常に王都で馬車馬の如く働かされている痩せた男。
エメルディアの問いかけに、ハウゼンは飄々と答えた。
「選択肢は、全てです。殿下が望む通りになります」
「君まで揶揄わないでくれ。真面目に聞きにきたんだが」
そう言われると、ハウゼンは大袈裟に気をつけして答えを言った。
「はい、失礼しました甥っ子様。真面目にと仰るなら、ロザリード・ルーベルンでは?」
「客観的に見て、やはりそうか?」
「ルガティアス家としては少し困りますがね。あ、この話他言しませんよね?」
「ああ、友として聞きに来た」
「であれば、場所を変えましょう。王宮では、誰が聞いているかわかりませんから」
ハウゼンは歩きながら、癖のついた前髪を指で払った。
見晴らしの良い城壁で、二人は足を止めた。平時のためそもそも衛兵の配置は控えめであり、強風が声を掻き消し、近づく者があれば遠目でも気がつく絶好の密談場所だった。
「ではまず、家の“格”から申し上げます」
「よろしく頼む」
「血統という意味では、候補の中で最上位はベルクレイン家。ハレルドも昔は並び立っていましたが……今は少々、没落が過ぎますね」
「ベルクレインは過去に王妃を三人出しているな」
「ええ、名家中の名家です。ヘレネッサ嬢も、その系譜に自分を連ねるつもりでいます。自尊心も相応にお強い。
ただし、家の力は全盛から比べれば陰っています。他言無しを信じて言いますが、外務卿の座も、本音では他家に回していいと私は思っています」
「…だろうな」
「次点がベティオル家。古い家柄ですし、軍務卿としての存在感も十分。
そしてその次がルーベルン家。財で伸し上がった家ですが、今や立派な大貴族。姫君は、ご存知の通り申し分ない」
軽く肩をすくめる。
「その他諸々おりますが、この三家が“格”だけで言えば群を抜いています」
「……次は持参金か?」
「ええ。王家にもたらされる“見返り”。
これはもう、圧倒的にルーベルン家。二つ三つ、頭が抜けています。国庫のことを考えると、あれは魅力です。
もちろん、ベルクレインもベティオルも十分豊かですが、比較すれば」
「うむ」
「当家としては好ましくありませんがね。姉上のおかげで成り上がりましたが、ロザリード嬢がティアラを被れば…まあ、いろいろ起こるんじゃないですか」
「確かに、レイデン公を見ていてもなんとなくわかる」
「軍事的価値で言えば、ギリアートが最優ですが……彼らは全員男児なので除外。仮に女児がいたとしても、これ以上力を与えないでほしいです。
兵の質で言えばベティオルの黒犬騎士団、家柄で言えばベルクレインの古き名門。
“均衡感”だけで言うなら、ベティオルは意外と良い位置ですよ」
「……一応聞くが、ミーア・カラベルンは?」
「我がルガティアス家の旗主、カラベルン家ですね。強くはないが歴史があり、忠義に厚い良い家です。
が、彼女は“花嫁候補”と見るべきではありません。本人も全くその気はないと聞いています。それに、殿下と歳が離れすぎで、歳下はお好みですか?」
「そんなものはどうでもいい。が、十四歳は確かに…」
「ただし、天才です。既に学者達の間で噂になっているほど。あの頭脳が家門に加われば、将来は権威となるでしょう」
「なるほど」
「あとは、ヴァレリー・ハレルドも騒がれてますね」
「ヴァレリーはいい。事情は知ってる」
「そうですか」
風が吹き抜け、少しの沈黙が生まれた。
「ところで……ノーツァース家の娘は、どう見える?」
エメルディアが慎重に尋ねると、ハウゼンは眉を上げて笑った。
「例の娘ですね。いつ聞いてくるのかと思ってました」
「よせって」
「すみません甥っ子様」
「…あの茶会で彼女はロザリードの卓にいたらしい」
「異例の状況を作ったのはあなたですよ殿下。でなければ、ロザリード・ルーベルンは彼女を認識すらしていないでしょう」
「俺か…」
「そう。あなたの行動というのは、それだけ意味を持つ。何しろ未来の王ですからね、気に入られようと皆必死だ。ちなみに私って気に入られてるんですよね?」
「情報次第」
エメルディアの歯に噛んだ顔に、ハウゼンは眉を顰める。
「彼女の家については私より、姉上の方が……」
ハウゼンの口が止まった。城下町を見ていたエメルディアが振り向くと、ハウゼンの目線の先には、城壁を歩いて来る二人の人影。
「密談はここまでか」
エメルディアがそう言って、中に戻ろうとすると、ハウゼンに服を摘んで引き止められる。
「何だ」
「よく見てください」
言われた通り目を凝らすと、歩いて来るのは赤いドレスと黄色いドレスの二人の令嬢。
赤い方の黒い髪と背丈に、エメルディアは目を見開いた。




