13. 王宮探索
再び腕を組みながら、二人は回廊を出てまだ知らない王宮を歩いた。
令嬢や侍女達の好奇の視線はもう気にならない。むしろフラーエンは視線を合わせ、微笑んで見せることができた。
「様になってるわね」
カリネが茶化す。
回廊と大広間の宮がこの城で最も大きい建物だが、城壁の中には宮や塔がまだまだある。
ちょっとした探検だった。
「ねえ、これしんどくない?」
「しんどい。もうやめよっか」
そう言って、二人は腕を解いた。
「落ち着かないわ。あんた背が高いし」
「歩くのも遅くなっちゃうしね」
「私達って、王都令嬢失格かもね」
笑いながら、二人は階段を降りることにする。
崖をくり抜いた城の地下にあたる階。厨房や物置、仮眠室などが点在し、使用人達が忙しく動き回っている。
「なんだか美味しそうな匂いがする」
「ここの天井、フラーエン手届くんじゃない?」
「ほんとだ。カリネは?」
カリネがつま先立ちで手を伸ばすが、指先は触れそうにない。
「可愛いねえ」
「別に私小さくはないわよ」
笑いながら、二人はその忙しい雰囲気の中を縫うように歩いた。
地下でも視線を感じ、使用人達の噂話が耳に入る。
「昨日の茶会、凄かったわね」
「呼ばれなかった娘達は可哀想だけど」
「うちの姫様、呼ばれはしたんだけど、何だか元気がないの」
「今日は晩餐あったっけ?侍女がそれぞれ取りに来るんだっけ?」
「コーレット家とルーダ家と、あとどこだっけ。今日帰るから飯はいらねえってよ」
「うちらの担当じゃないけど、二の間でルーベルン家とベティオル家が今日は会食だよ」
使用人達の会話を聞きながら、前を行くカリネが振り返る。
「ここの人達って、私達より情報通?」
フラーエンは若い召使い達の顔をよく見ていた。もしかしたら、中庭の噴水で助けてくれたあの娘がいるかも知れない。
二日前の出来事だが、もうずっと前のように感じる。
だが、その顔は見つけられないまま、カリネが階段を登ったのでフラーエンも後に続いた。
「どうしたの?浮かない顔して」
「ううん、なんでもないわ…」
二人は静かな場所に出た。
「ここ、どこ?」
「さあー」
高い天井で二人の声がよく響いた。誰もおらず、長椅子だけが並べられている。
「あっ」
フラーエンは解放された扉を見つける。音はしないが人はいる。中からは特別な空気が感じられた。
「礼拝所だわ。祈って行こうよ」
「いいわね。あんたは王太子殿下に見初められるよう。私は運命の出会いってやつで」
礼拝の間には、八柱の神々の像がある。
文官、老齢の騎士、令嬢を伴った貴族が二組。先に祈っていた者は六人だけで、フラーエンとカリネはその後ろにちょこんと膝をついた。
小声で囁き合う。
「私、王都に来てからまだ一度も祈ってない」
「私もよ。どうにも気が回らなかったわね」
老齢の騎士が咳払いをする。二人はビクッと体を振るわせ、静かに目を閉じた。
目を閉じて、フラーエンはこの城での出来事を振り返った。
初日の中庭で、南の貴族の意地の悪さを見た。故郷を侮辱されたのだから怒ったことを悔いてはいないが、あの円卓の令嬢達なら、どんな風に切り抜けたのだろう。
噴水に落ちたあの娘がいなかったら。もしかしたら殴っていた?
いやさすがにそれはない。そこまで愚かではない。じゃあ拳を握り締めたまま走り去った?そんな屈辱の後では、晩餐会には出られなかっただろう。
あの娘が助けてくれた。フラーエンはそうとしか考えられなかった。中庭の噴水では黄金の像として立っている、目の前の石像の一柱を見つめる。
慈しみの女神ルインメリア。彼女は神が見せた幻だったのかも知れない。
そんなわけはないと少し笑い、再会を祈った。
王太子エメルディアの顔が浮かぶ。背が高くて美しい顔立ち、礼儀正しい完璧な王太子だった。空席の玉座を挟んだ隣には優しい笑みの王妃様。
煌びやかで荘厳な、ざわめきに溢れたあの夜の記憶が蘇る。白馬との接触から、痛みと共に転がり込んだ幸運を、神々に感謝した。
王太子の妃の座を目指す理由。それは変わっていはいない。だけど意地なんかでもない。
まだわからないことが多いけど、王太子ともっと話したい。奪い合うだけじゃなくて、選んでもらいたい。
そして、王妃様の言葉を思い出した。
「もうアルディエンにそっくりね」
王妃が口にした、亡き母の名。
フラーエンは強く祈った。答えに導かれるように、神々の沙汰を待とう。
そして記憶の巡りは、香草茶の香りに包まれる。
ロザリード・ルーベルンの微笑みは、王妃となるために生まれて来たかのように完璧だった。
そしてヘレネッサ、リリアン、アレイン。
彼女達と比較されるには、今の自分には足りないものが多すぎる。
あの談話室を出たところから、もう引き返すことはできない。もっと強くならなければならない。
再び目を開けると、礼拝所には誰もいなかった。
八柱の神々と、並べられた蝋燭の揺らめきの中で、フラーエンは古い石の匂いを嗅いだ。
扉の壁にもたれて待つカリネが、振り返ったフラーエンを見てにやりと笑った。
祈りがてらに脚を休ませた二人は、笑いながらのびのびと旗靡く城壁の上を歩く。
正門のちょうど上くらいまで来ると、すぐ下では、何台もの馬車が列を成し、鮮やかなドレスの娘達が城を出て行くのが見えた。
赤瓦の城下町と外に広がる鮮やかな花畑、右側には空を映すメドゥン川。それから山々と果てしない空を見渡す。
崖の上に立つこの城からは、今日のような快晴なら隣町の塔まで綺麗に見えた。
強風に髪を乱しながら、フラーエンは城壁に肘をつき風に目を細める。
「美しいね。私の城から見える景色は、険しい山々と長閑な城下町、曇り空と荒野。あとは羊の群れ…」
「うちも似たようなものだわ」
「ねえ、カリネは運命の出会いを祈ったのよね!どんな出会いを望んだ?」
「なんで教えなきゃいけないのよ。普通よ普通」
「普通って?」
「名家で、背が高くて強くて、あとリュートの演奏が上手くて、年寄りじゃなければ何だっていいわ」
二人は同時に爆笑する。くだらない話を繰り返しながら、晴れ渡る城壁を歩き続けた。




