12. 選別と選択
「カリネー!」
「フラーエンー!」
朝の回廊で、遠目に見つけ合った二人は、小走りに駆け寄り手を握り合った。
時は茶会の翌日。胸がざわついて眠れる気がしなかったが、結局起こされるまで眠るのがフラーエンである。
侍女のスコーラに体をゆすられて、さっき目覚めたところだった。
「あんたってば魔物の巣窟に引き込まれて、もう会えないと思ったわ!」
「私も!不思議な気分よ。昨日の出来事って現実なのかな」
「王妃様が一階の大部屋を談話室にしてくださったのよ。そこで詳しく聞かせてよ」
「ええ、行きましょ」
そう言ってフラーエンとカリネは腕を組んで歩き出した。言葉の裏を作らないカリネの安心感たるや。フラーエンはようやく神経を休ませることができた。
周りを見れば、腕を組んで歩いている令嬢が多い。昨日の茶会の効果の一つが現れていた。
そして、フラーエンへの視線も雨のように降り注ぐ。昨日で少し慣れたと思ったが、やはりそうでもなかった。
「もう荷をまとめてる娘も多いわね。あの茶会を見れば仕方ないけど」
茶会のもう一つの効果も、しっかりと目に見えて現れていた。
ロザリードとルーベルン家の力の誇示は成功し、勝ち目がないと悟った家は退散を決めたようだった。
歩きながらカリネが言う。
「私は帰らないけど、王太子殿下は諦めるわ」
「えっ、なんで?」
「なんでって、ロザリードと争っても仕方ないじゃない。王族は他にもいるし、王族じゃなくてもいいってのが、父上の新しい方針。あんたはやる気?」
「ん……わからない」
「わからない?」
「花のティアラは…欲しい。そのために来たんだもの。王太子殿下も素敵だわ。でも、ロザリードも良い人で、争いたくない。それに争う相手は他にもいて、リリアンはもう諦めたのかも知らないけど、ヘレネッサとか、他にもいて……ねえカリネ。私ってどう?」
「頭の中めちゃくちゃなのはわかるわ」
二人は一階に到着し、廊下を歩き、談話室の扉の前に立った。右手に両開きの大きい扉。左手には、中庭へ出られる手摺りの途切れ目が合った。
解放された談話室には、多くの令嬢が早速殺到していた。中を覗くと、飽きもせずに香草茶を持ち寄り、小規模な茶会が随所で花開いている。
「わーいっぱい。席あるかな……どうしたのカリネ?入らないの?」
中庭の方を見て、カリネは真剣な面持ちでフラーエンに問いかけた。
「あんたは気付いた?昨日招待されたのは、全ての令嬢なんかじゃなかったことに」
フラーエンの認識では、全員だった。皆そう言っていたはずだ。
「私、端の卓だったから見えたんだけど、あの青い封蝋の招待状。全員には届けられていないわ」
「どういうこと?」
「何も持たない娘が、青マントの騎士に追い返されるの、端では見えてたの。追い払われるあの娘達の顔…なんか見てて辛かったわ…」
フラーエンは驚いて、言葉が出なかった。ロザリードは確かに初めの印象は怖かったが、とても優しかった。
ヘレネッサやリリアンとのやりとりは難解だったが、あれはヘレネッサから仕掛けてロザリードが返り討ちにしたんだとフラーエンは思っている。
カリネの見た出来事が事実なら、行われたのは"選別"なのだろうか。
一度収まったはずの胸騒ぎが再び始まった。
「は、入ろうよ。カリネ」
「そうね。お友達作りましょうか」
フラーエンが中に入ると、令嬢達の会話が一瞬静まり、またひそひそとざわめき始めた。
ロザリードやヘレネッサといった、あの円卓にいた令嬢達はここにはいないようだった。
フラーエンの背筋が固まったの察して、カリネが明るく話しかける。
「あーららどうしましょ。空いてる席ないじゃない。みんな朝早いわね」
座れる場所を見つけるため部屋を見渡すと、北部を蔑むエラナ・アリーシュと、取り巻き二人の姿を見つけた。
だが三人はフラーエンと目が合うと、さっと視線を外し、絡んでくる気はないようだった。
「天気良いし、中庭行こっか」
そう言って外に出ようとしたその時、扉が開いた。
「あら、おはようフラーエン」
逆光を背に、にこりと優雅に微笑んだのは、十人ほどの令嬢を後ろに引き連れたロザリードだった。
アレイン・ギースと、青いドレスの令嬢達。その中に一人混じり、乳白色のリリアン・ベティオルがロザリードの隣に立っている。
「…おはよう、ロザリード」
フラーエンの挨拶を最後に、談話室の会話はぴたりと止まる。
「残念。これじゃ座るところがなさそうね。また外に卓を出しましょうか」
ロザリードがそう言うと、窓辺の席に座っていた一人の令嬢が声を上げた。
「あ、あの!よろしかったら、ここ、どうぞ…」
「まあ、譲ってくださるの?そんないけないわ。まだ茶を入れたところでしょう?」
「い、いえ。そろそろ出ようかと思ってましたの。ね?」
その令嬢は、同じ卓にいた者達に同意を求める。
「え、ええ!そうなんです」
「ちょうど良い頃合いでしたわ」
そう言うとまだかなり熱そうな香草茶を急いで飲み干し、五つの席が空いた。
「親切なのね。ありがとう」
「あ…ゼリア・トワーズと申します…!昨日はご招待いただきありがとうございました!」
「こちらこそ、来てくださってありがとう」
席を立った令嬢達は、ゼリアに続き名を叫んだ。
空いた席は五つ、ロザリード一行は十一人。誰も何も言わずとも、周辺の席がさらに六人分空いた。
「何だか申し訳ないわね」
アレインが引いた椅子に腰を落としながら、ロザリードは瞬きする。
続いてリリアンが座り、他の者も座った。
フラーエンはその様子を、扉の前に立ったまま黙って見ていた。
「どうしたのアレイン?」
リリアンの綺麗な声が響く。
アレインが座らず、ロザリードの隣りが空いていた。
「父を手伝う用事を思い出しました」
アレインがそう言うと、ロザリードがちらりと見上げて言う。
「悪いわね」
他の青ドレス達に目配せして、アレインは扉に向かう。談話室中の令嬢達が、その様子を凝視する。
フラーエンの横を通り過ぎる瞬間、アレインが小声で囁いた。
「あなたの席です」
振り返る間もなく、アレインはいなくなった。フラーエンは一瞬カリネと顔を見合わせ、アレインが空けた椅子を見た。
ロザリードと目が合う。彼女は少し微笑み、何も言わなかった。
フラーエンが行けば、歓迎されるのだろう。
だがフラーエンは行けなかった。
そこにカリネの席はなかった。今ロザリードの隣に座れば、より親しくなれるだろう。だがそうすれば、カリネはここで一人になる。
カリネのことだからすぐに他の卓に馴染むだろうが、そういうことではない。
不思議と迷いはなかった。
フラーエンはロザリードの目を見て微笑み、浅く一礼した。
座ったままで、ロザリードも微笑み返す。
「行こう、カリネ」
フラーエンは中庭に出た。太陽が燦々と煌めき、春だと言うのに少し暑い。
「あんた、多分間違えたわよ」
空を仰ぐフラーエンに、カリネが後ろから声をかけた。
「いいえ。間違ってなんかいないわ」
清々しい乾いた風が、フラーエンの心を通り抜け、青い空に舞い上がった。




