5
けれどそれは悪魔の囁き。
真っ白な修道服に身を包むのは、聖母の顔をした悪魔。
何故、わたしは悪魔だと思うの?
…ああ、そうか。
わたしは、取り引きをしたんだった…。
復讐をする代わりに、自ら命を……。
「あああっ…! そっんな…そんなっ…!」
「―やっぱり『黒い十字架』がキーワードだったか」
コウガの呟きが、ひどく遠くから聞こえる。
「オレの声は聞こえているね?」
「えっええ…」
頭を抱えながらも、それでも絞り出すように声を出した。
「それじゃあ続けるね。ナナオの通う施設はオカルト的なモノだった。しかも残念ながら、邪教と言えるモノ。そこのヤツらはナナオのように、心に傷を負った子供を意図的に集めていたんだ」
「何のっ…為に?」
「…自らの主に、その体を捧げる為にだよ」
バチンっ!
頭の中で、強い衝撃が響いた。
それと同時に…思い出した。
わたしは…あの施設の裏にある、海に面した崖から飛び降りた。
だってあの悪魔が言った。
―あなたがここで身を捧げれば、必ず願いは叶うわ―と。
そしてわたしは飛び降りたのだ。
けれど落ちていく中で、わたしは見てしまった。
海の中から、わたしを見上げる不気味な異形のモノ。
それはとても大きくて…わたしは一口で飲み込まれてしまった。
「…そう、だった。わたしは…あの海の中にいた化け物に…自ら身を捧げてしまったんだった…。そうすればわたしの願いは叶うからって…言われて」
ポタポタと涙が膝に落ちる。
ああ、涙を流せるんだな、なんて妙に冷めた気持ちで思う。
「ナナオ、お前にそれを言ったのは誰だ?」
マカの鋭い視線が、わたしを射抜く。
「…わたし達、施設に通う子供達はシスターと呼んでいたわ。白い修道服を来た、とても美しい女性…の皮を被った、悪魔よ」
わたしは顔を上げ、目線が定まらないまま、ぼんやりと呟く。
「悪魔、か…。確かにそう言えるかもね」
コウガは手を組み、その上に自分の顎を乗せた。
「そいつらは施設に通う子供達を、次々と自らの主に捧げていった。しかもその後、子供達の願いを、歪んだ形で無理やり叶えさせていったんだよ」
「っ!? それじゃあわたしの他にも?」
「ああ。残念だけど、ほとんどの子が、だね」
「…ああぁっ!」
かすれた悲鳴が喉から溢れ出た。
…あそこには、まだ幼い子供もいた。
無邪気にわたしに懐いてくれたコもいたのに…。
わたしは自分のことばかり考えて、そのコ達のことを…守ってあげれなかった。
「キミの悲しみは分かるよ。けれどキミはキミ自身のことを、ちゃんと知るべきだ」
「わっわたしは…」
取り引きをした。
自らの肉体と引き換えに、憎いアイツらを不幸にすることを。
…けれどそれだけじゃ、すまなかった。
疑問は確かに感じていた。
何でわたしは憎い相手を殺したのに、存在し続けるのだろう…と。
そこでコウガはわたしから視線を外し、ハズミを見る。
「ハズミ、どこまでナナオに話した?」
「ん~っと。とりあえず、ナナオが今まで殺した人間の種類と、殺される条件は簡単に」
テーブルセットにはハズミとセツカが座っていて、こちらの様子を見ている。
「そうか…。ならナナオ、オレが調べ上げた真実を、今から隠さず語ろう。キミには衝撃的な真実が多いだろうが…どうか受け入れてほしい」
真剣なコウガの視線を受け止め、わたしは頷いた。




