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第八話 道

「すいません。聞いていませんでした」


「ちゃんと聞いてないと練習できないよ?」


そう言い終わると、結局何を言っていたのか教えずに女は去っていった。


「ひぇぇ、やっぱ怖えよなあの先輩」


俺の脇の隙間からひょっこりと顔を出すと、ニヤニヤと笑みを浮かびながら俺に抱きついてきた。


「お前、何したんだよ……。あんなに松崎先輩怒らせて」


「すまん、ボーっとしてて忘れてたわ。てか、離れろ」


少し強引に引っ張ろうとすると、すんなりと自分から離れた。


「わりぃ、てか今日の最終下校六時半だから部活できる時間少ねぇし、はやく打たねぇと練習の時間なくなっちまうぞ」


部活、やっぱりか。どうりで、体育館の中にいて俺の手の中にバドミントンのラケットが握られてるわけだ。


「三河ー、おせぇぞー」


遠くで聞き慣れた先輩の声が聞こえた。


「いいよなぁ。お前はダブルスのペアの喜智(きさと)がいて。俺は寛人(ひろと)先輩と今から基礎打ちだぜ…。寛人先輩、ドロップとスマッシュの時だけ本気で打ってそれ以外ヘラヘラしてまともに基礎打ちできねぇんだよ」


羨ましそうに言いながらラケットを振る三河の背中を見て久しぶりの部活というのに心は喜ばない。


「みーーーかぁーーわーーーー!!!早く基礎打ちするぞー!」


「お前、呼ばれてるんだから早く行かねぇと面倒だぞ」


俺の背中から、三河を注意する声が聞こえた。


「わぁったよ。いって来るよ!喜智も早く打たねぇと時間ねぇぞー」


拗ねるように言うと、三河は先輩の方に走って行った。


「なんだ、もう喜智も来ていたのか。お前、委員会の仕事はもう終わったのかよ」


体育館の冷たい床に座り込み汗を拭きながら喜智に声を掛けた。


「おう!今日は担当の先生たちがいつもみたいに面倒なこと聞いてこなかったからな」


俺の横に座り込み水筒を飲み干すと喜智が基礎打ちをしようと言ってきたので基礎打ちをすることにした。



体を弓を引くように構えて、後ろに引いた肘を前に持ってくるのと同時に前に出している肩を下げるように後ろに引けば自然とラケットが前に出ようとする。後は簡単で、足の動きとシャトルの落ちてくる位置を合わせて、手首に力を入れすぎず素早く振る。


パァーーーンンッ


ラケットがシャトルを弾く音が体育館に響いた。


ネットギリギリを責めるように打ったシャトルは放たれた矢のごとく床へと一直線に突き進む。


タァーーン


喜智はフットワークをこなしてレシーブを綺麗に返した。


「こんなもんかぁーー!!もっとスピード出してみろよ!!」


喜智はコートの上に立つと性格が変わる。それは俺も同じだ。


「お前もさっきのレシーブギリギリじゃねえかよっ」


打ち返され、高く上がったシャトルに食いつくように高く跳ねる。


パアアァーーーーーンンン!!!


さっきよりも威力を上げようと打ったジャンピングスマッシュは鋭くそしてより速く喜智の足元に落ちた。


「やっぱお前のスマッシュ速いな。俺もそんぐらい打てればいいんだけど」


顔のいたるところからダラダラと垂れる汗を拭きながら喜智は俺を褒めた。


「そうでもないよ。あんぐらいだとこないだの大会のペアに簡単に打たれてしまう」


「あーーあの、決勝で当たったペアね。名前なんだったっけ?」


龍西(りゅうせい)・田中ペアな。負けた相手なんだから覚えとけよな」


俺がそう言ったのをかき消すように


「集合ーーー」


部活の活動時間の終わりを知らせる呼びかけが聞こえた。


まだ学校に残っている生徒の帰宅を促す放送が流れ、ネットやシャトルを片付けて部員全員がバラバラに帰り始めた。


「ありがとうございましたー」


残っている先輩達に頭を下げたその時、また頭を鈍器で殴られたような感覚が体を支配した。


頭の中に記憶が溢れるように流れ込む。ズキズキと痛む頭を抱え込むように、その場に屈むと、徐々に痛みはおさまった。


ふと我に返る。どうして俺はここにいるんだ?俺はたしか異世界に新しく産まれて、ここは前の世界?なんで学校にいるんだよ。それに俺はもうこの場所には来ないと誓ったはずだ。こんな場所にはあいつが、あの女がいる。俺は絶対にもう近寄ることもないと、話すこともなく、関わることはないと決めた。あの女には…。


「なにしてんの?邪魔なんだけど」


この声は……。


キィィ――ン


耳鳴りが頭の中に響くと目の前が暗闇になり、次第にドクドクと心臓の音が耳鳴りをかき消すように大きくなっていく。



体の感覚がじわじわと鮮明になって目が覚めた。


「大丈夫?シダ、あなたうなされていたのよ」


ベットの横でダイシャが心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫ですよ!お母様。僕はこの通り元気です」


あぁ、今俺の顔はきっと上手く笑顔を作れていないだろう。そんなこと、今のダイシャの顔を見れば分かる。何か、ダイシャを落ち着かせるものは…。


「というか、どうしてお母様がここに?」


こういう時は話を逸らす戦法でいくしかない。


「シャローネとシダがちゃんと寝れいるか心配でいつもこうやって見に来ているのよ」


「僕はちょっと怖い夢を見ただけなので大丈夫です!!」


もう一度笑顔を作ると安心したようにダイシャも少し笑った。


「あなたは大丈夫よ。何があっても私と家族、この屋敷のみんながあなたの味方なんだから」


俺の頭を一頻り撫でると満足して、部屋から出て行った。


窓を開けると流れるように夜のひんやりとした風が部屋の中を満たした。今夜はもう眠れないだろう、さっき眺めた時よりも少し上にある月を眺めて夜を過ごすことにした。


まさかこの世界でもあの女達に悩まされるなんてな。俺は前世の親友、菊池と田中に誘われ中学で部活をしていた。最初の頃は楽しかった。先輩たちに追いつくのに必死でがむしゃらに先輩たちの真似事をして家に帰っても部活のことを考えていた。そんな幻想が壊れ始めたのは部活を始めて二ヶ月経ったときだ。


俺は努力が実り始めて先輩達の練習に少しだけついていけるようになった。だけど俺は馬鹿で幼かった。自分の成長ぶりに自惚れ、先輩達をあと数ヶ月もすれば追い抜けると思っていた。いや、それ自体はたぶん正しい。


実際に先輩には既にある程度点は取れて、その一ヶ月後には試合で勝っていた。問題はそれを自慢気に語ったことで、女子の先輩達を怒らせたことだ。あの時の俺は次第に先輩達に対して敬意が無くなっていった。自分は努力して必死に追い抜いた存在が負けたことに言い訳をし、次第に嫌がらせや暴力をするようになったからだ。そんなことを受け止めれなかった。それに返すように先輩達を自分に負けた存在と思い、悪態をつくようになった。


そんな俺でも勝てない相手はいた。女子の先輩達だ。男子の先輩を倒したところで彼らはしょせん市の大会でもまともに戦えないような人間だ。でも女子の先輩は違う。彼女らは地方の大会で優勝するような猛者たちだった。俺がどれだけ家で素振りをしてもいくら走ってもどんなメニューをこなしても勝てない。絶対に届かない存在。


女子は強豪校という理由で部員数が男子の数倍いてそこに少人数の男子が一緒に部活をしていた。女子達の権力は絶対だ。コートを自分が使っていても女子がコートを使うと言えば譲るしかない。男子に配布されるシャトルなんて羽の掛けたシャトルばかり。入りたての後輩が使うシャトルなどボロボロのやつをありがたく思う程だ。


そんな中で悪態をつき権力のある女子の先輩に意見を言えばどうなるかなんて、今になれば分かる。だけど、昔の俺は分からなかった。そうして、男子と女子の先輩との対立は始まった。三河たち同級生も先輩達の態度にイラつきをを見せ少し日がたてば一年男子とその他のような構図になっていた。お互いに味方がいることで気を大きくし相手の近くでわざとらしく愚痴を言ったりとエスカレートしていった。


そうしていると新人戦の季節になった。男子の団体には俺も喜智とペアで出て全員が団結してなんとか地区の大会まで出場した。でも俺は恐れていた。初めての大きな大会でニ年の先輩達に惨敗し、そのせいで負けた試合もあった。


地区となればもっと強い相手がいる。また同じように負け、誰かの足を引っ張ることは耐えがたい苦痛だった。今まで自分の成長は一番だと思っていたのに自分よりも才のある存在に負けたことで俺は不安定になっていく。そのことを先輩達が指摘し、さらに不安定になり狂っていった。





俺は新人戦地区大会から逃げた。


その日男子の団体戦は予選で惨敗した。





体調が悪いと嘘をついて大会に出なかった。部活に行けば女子からの愚痴や嫌がらせに男子たちからも責め立てられると思った。菊池や田中、三河から責められ自分の居場所は消えると思った。一番信用すべきペアの喜智も信用できず俺は逃げた。


数日して菊池と田中が家に来て学校に来いと説得にし来た。小学生からの付き合いの二人からの願いに渋々行くことにした。


やはり女子からの嫌悪感は増していた。大会直前に体調を崩して団体戦を負かした奴が部活に来たのだ。責めて当然だ。喜智はそれ以降シングルスをするようになった。俺は完全に居場所がなくなった。頼れる相方を信用せず、一人で逃げ、団体戦を負かした人間。女子の先輩はそんな事をした人間が目の前にいることを不快に思ったのだろう。俺を集中的に嫌がらせをするようにした。でも、仕方ない俺は罪を犯したのだから。


ある時、俺と喜智でシングルスをしているところに女子の先輩の橋本が来てこう言った。


「ねぇ?ここそろそろ使いたいんだけど?いつまでやるの?」


こう言われたら仕方ない。


「あと二点で終わります」


仕方なく十一点で終わることにした。あと二点となればお互いに本気を出す。そうすると必然的にラリーが続く白熱した試合になる。足が疲れフットワークが乱れていく。お互いにあと少しそう思った時、今でも鮮明に思い出せる声が聞こえた。


「ねぇ!!いつまでやってんの!!!やりすぎだよ!!周り見えないの!!!」


シャトルが飛び交うネットの横で今まで聞いたことのないような女子の怒鳴り声が体育館に響き、それまで騒がしかった体育館が静まり返った。


コトッ


シャトルが俺のコートに落ちる音がハッキリと聞こえる程に誰もが動きを止めていた。


声が聞こえた方を見ると顔を真っ赤にした菊池の姉が立っていた。


ここまで怒られるとは思わなかった俺と喜智はこれ以上怒らせないようにすぐにコートを離れた。


男子の荷物置きに水筒とタオルを取に行くと三河達がさっそく菊池の姉の真似をして笑いあっていた。俺もその場に入り皆で愚痴を話していると今度は後ろから怒鳴り声が聞こえた。


「おまえらさぁ!!言いたいことあれば言えよ!!そもそもお前がずっと使ってたのが悪いんだろ!!」


後ろを振り向くと女子で一番強い肥後(ひご)と高野が立っていた。


俺達は今までずっと松崎を目の敵にしてきた。ここで肥後に怒鳴られるのは想定外だった。


「そんな言うなら先謝れよ!!!」


また肥後が怒鳴った。


「すいませーーん。おれがわるかったでーーす」


三河がふざけて言った。


それに続くように


「はいはい。俺が悪かったです。コートを譲ると約束して約束を守っていただけなのに怒鳴られてすいませんでした」


煽るように言い返した。


キレた肥後はそれはそれは憤怒の感情を顔に出し真っ赤にして暴言を吐き続けた。それを煽るように三河や俺も言い返し。途中で高野も言い返すようになり地獄となった。結局怒り疲れた肥後は拗ねて帰って行った。



結局このままでは良くないと思った橋本と高野が肥後と菊池の姉に謝って欲しいと頼みに来た。高野は自分も暴言を吐いていたのにしれっと仲裁役のように立ち回りをしていた。


その日の夜にメールで謝罪を伝え。後日しっかりと頭を下げて菊池の姉に謝った。俺としても菊池の姉である以上愚痴を言うのは躊躇していたし、勘違いは誰にでもあると反省した。菊池の姉は勘違いだと分かったらしく謝罪を伝えてくれた。


あとは肥後だけと思いいつも遅れてくる肥後を待つと予想通り肥後は遅れて来た。「昨日はすいませんでした」と深々と頭を下げた。頭を下げて十数秒しても返事は帰ってこず、頭を上げると肥後は既に遠くで高野と仲良く話していた。


肥後にそもそも話をしようと思った自分が馬鹿馬鹿しく思った。どうやら三河は肥後に謝った時に、「いいよ」の一言だけ貰えたらしい。俺達は暴言も吐かず約束を守っただけなのに怒鳴られ暴言を吐かれた。その暴言を吐いた本人は誤りもせず目の前でヘラヘラとふざけているのを見にすると、怒りが心の奥底から湧いてきた。一時期はその顔を見ただけでその憎い顔に一発拳を入れてやろうと思った。でもそれと同時に冷静になった。


このままでは俺が傷つくだけだ。暴力を振るう男子の先輩と暴言を吐いても周りが味方だからと謝りもしない肥後の近くにいても良いことなど一つもない。俺は学校にまた行かなくなった。



今思えば肥後も俺も幼い子供だったのだ。お互いに自分の幼さに目を逸らし相手の事ばかり批判し、そうすることで自分を正当化した。結局何が正しいのかも考えることができない程盲目になり相手に変化を求める。何故なら自分を正当化している以上自分が間違っていたと謝ることができないからだ。相手が感情的になっていると思っていたけど本当は自分も感情的だったのだ。


過去の人間に変化や謝罪を求めても過去は変わらない。昔の俺は正しい答えを知らなかった。だけど今の俺は正しい答えを知っている。人生の歩いてきた道に残る足跡は消せない。けれど次に自分が歩く道は変えられる。


夜空に浮かぶ月を隠す雲が去り、いつものように月は美しく輝きを放った。

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