第六話 この世界の言葉
「シャローネお姉ちゃんどこに行くのー?僕、疲れちゃったよ」
「………………」
と言っても無駄か。この調子だと、シャローネの気が済むまで付き合わされるな。別にそれは問題ないのだが、少しぐらい優しく手を握って欲しいものだ。
「ん」
シャローネはそれだけ言うと扉を指さした。無言のシャローネに連れてこられた場所は、
「シャローネお姉ちゃん、書物庫になにかあるの?」
書物庫には一度だけ入った記憶がある。その時はダイシャが読み聞かせ用の本を探しに来た時だった。読み聞かせ用の本は部屋の入り口近くにあったから奥の方まで見ることができなくて、どんな本があるかなんて詳しくは分からないけど、書物庫にある全ての本を読むには俺が一日中籠り続けても気が遠くなるほどの日付がかかる。つまり、知識の宝庫なのだ。書物庫で一日中過ごすだけでもこの世界のことが結構分かるはずだ。
「でも、シャローネお姉ちゃんここにはお母様とお父様に子供だけで入るなって言われてるよ」
そう、この部屋には俺達子供だけでは入ってはいけない。というかこの世界の言葉を書くことすらままならない俺がこの部屋に入ったところで何も読めずに終わる。それはシャローネも同じでこの部屋に入ったところで意味はないはずだが。
「ほう、二人で先に来ていたか。二人には今日からここで授業を受けてもらう。く失礼ないようにするのだぞ」
ジンガの声がシャローネの握る力をより強くした。
「お父様。案内は終わられたのですか?」
「あぁ、ここの紹介で最後だ」
ってことは今から授業が始まるのか?
「よろしくねシダ君、シャローネちゃん!」
そう言うシルビオットの手には数冊の本があった。この本が授業で使われる本なのだろうか。
「それでは、こちらへ」
ジンガが書物庫の扉を開けるとシルビオットを中に誘導した。
「ほら、二人ともこれからシルビオット様の授業だ。入れ」
シャローネはジンガの顔を見向きもせず俺の手を引っ張て書物庫に入った。
「それと、さっきここにいたのは二人で俺達の目を盗んでここに入ろうとしたのではあるまいな」
後ろで俺達の行動を疑うジンガの声が聞こえた。
あははは。まさかそんなことするわけないじゃなないですか。そうだよねシャローネ。俺はこの世界では面倒ごと起こしたくないからね。シャローネも面倒ごとは嫌だよね。そうだよね…?何とか言ってくれ、後ろからなんかヤバいオーラが迫ってきてるんですけど…。え?シャローネさん?早く返事しないとヤバそうなんですが。
「そんなことありませんよ。僕達はお父様とシルビオット様を探して、屋敷中を歩いていたのです」
「そうか、ならいい。二人ともシルビオット様の教えをよく聞いて正しく学ぶのだぞ」
何とかごまかせて良かった。ていうか俺が答えちゃったから俺がシャローネをこの部屋に連れて来たみたいじゃん。それにしても、さっきのあれは子供に向けていいものではなかった。子供相手にあそこまで感情的になるものかね。
「二人をよろしくお願いします。シルビオット様」
頭を下げて礼を言うと書物庫の扉を静かに閉めた。
「それじゃ!二人とも席に着いたから授業に、といきたいところだけど。まずは自己紹介をしようかな。私はシルビオット・カノン。今日から二人の家庭教師で主に言語学を教えて欲しいと言われてるから、今日から言語学の授業をする予定だよ」
ここまでは知っている情報だ。
「じゃあ、二人に自己紹介してもらおうかな。まずはシャローネちゃんから」
「私は、シャローネ・ルイルスです。よろしくお願いします」
シャローネ、もう少し会話を続けてもいいじゃないか。そんなさっきも聞いたようなことじゃなくて、もっと好きなものは~とかでも言えば話が広がるだろ。
「うん!ありがとうシャローネちゃん。それじゃシダ君」
「僕はシダ・ルイルスです。好きなものは花と虫です!」
完璧だ。いかにも二歳の男児が好きそうなものを答えれた。
「そうなんだ凄いね!虫は何が好きなのかな?」
えぇ…虫の名前?パッと思いつくのはカブトムシとかてんとう虫だが、この世界に前の世界の昆虫がいるかも分からないし。
「ごめんね。名前とか難しくて分かんないよね」
考え込む俺を見て、察したようにシルビオットが言った。
「はい!二人とも自己紹介してくれてありがとう!それじゃあ、授業に入るよー。まず、ここルイルス辺境伯家はどこの国にあるでしょう?」
ゼイウス王国と正直に答えたいところだが、俺以外にシャローネも授業を受けている以上ペースを合わせるしかないな。
横目にシャローネを見ると意外と困ってなさそうだ。流石にシャローネもこのくらいは知ってるのか。なら俺が答えてもよさそうだ。
「はい!ゼイウス王国です!」
「正解。それじゃあゼイウス王国がこの世界地図のどこにあるでしょう!」
そう言うと机を覆う程の大きさの地図を広げた。
広げられたこの地図には既視感がある。ジンガの部屋に「お父様の仕事見せて―」とか言ってゴリ押して入った時に壁に貼られてたはず。その時に珍しくジンガが自分から話をしてくれて、たしか、
「ここがゼイウス王国です!」
「よく分かったね!正解。ここ、ゼイウス王国はミラジェルト大陸の西部にあるんだ」
「それで、げんごがく?っていうやつとこの地図がどう関係するんですか?」
退屈そうに肘をつくとシャローネはシルビオットを指さした。
「良い質問だね。この世界には物凄く昔、二人が生まれるよりも、もっともっともーーっと前に大っきな種族間の戦争があったんだよ。それで戦争は良くないからやめようねってことで世界を幾つかに分けた。それでその一つがこの世界、人間界だよ。そしてこの地図は人間界の地図」
古代の大戦争?世界の分断?幾つもの世界?面白そうだ。こういうのは全世界の男の子が好きなものだろう。
太鼓のようにドンドンと体中に響き渡る心臓の鼓動が体を支配する感覚。ワクワクともドキドキとも違うこの感情は――、
「ちょっと、シダ君話聞いてる?」
その一言で正気に戻った。そうだった今は授業の最中。ちゃんと話を聞かないと。
「すいません。ボーっとしてました」
「もうダメだよちゃんと授業を受けないと。授業の態度とかは全部ジンガさんに報告するように頼まれてるんだから」
それはマズい。ジンガが怒れば大変なことになるなんて想像するだけでも地獄だ。
「それじゃあ話を戻すよ。この人間界において使われる言語は主に三つに分類できる。一つは共通語。今私たちが話してる言葉だね。そして二つ目は共通語以外の地域それぞれの言語。これはゼイウス王国ではそこまで使われてないね。そして最も重要な言語、それが最後の三つ目。魔法言語だ」
なるほど、いろんな言葉があるんだなぁ。魔法言語ね。魔法言語……………………………。魔法……………………?魔法?
「魔法があるんですか!!!!??」
「うわっ!!驚いたよ。落ち着いてシダ君ちゃんと説明するから。席に着こうか?」
つい興奮して立ち上がってしまった。だけど、それよりも魔法があることが驚きだ。これは俺の人生に大きな変化が起きる予感がする。
「うるさい、シダ」
ボソッと言うと、隣に座る俺の横腹に肘を食い込ませた。
「……グッ……ッ」
幼い体ながらこれ程の力、さすがシャローネ。
「魔法言語がなぜ重要かというと、魔法がこの世界にはなくてはならいものだからだ。ここからは少し魔法の話になってしまうけどいいかい?」
全然問題ない。むしろ一日中話を聞きたいぐらいだ。
シャローネを見るとシャローネも興味ありげに目をキラキラと輝かせている。
俺たち二人はコクリと頷いた。