第四話 出会い①
明日から初仕事!緊張はするけど、多分何とかなるはず、はず……。色んな人に家庭教師をやらせてくださいとお願いしたけど、ここまで多くの人に断られるとは正直思わなかった。それでも、初仕事に無事に辿り着くことができた。どんな子が相手でもきっちり教え込んで仕事をこなしてみせる!
「お客さーん。もうすぐ目的地に着くぜー」
馭者のおじさんが、荷台に乗って妄想を膨らませている私に声を掛けた。
荷台から顔を覗かせると、草原が地平線の先まで広がっていた。この草原はいったいどこまで続くのだろう。コトコトと揺れる荷台から見るこの土地の景色は今まで見てきた景色とはどこか違って、キラキラと輝いているように見えた。
「お客さん、着いちまったぞー」
「ありがうございました!」
馭者のおじさんに賃金を渡すとおじさんと分かれて、ルイルス辺境伯家へ向けて歩き始めた。
初めての自分の生徒はどんな子なんだろう。初めての仕事場はどんな場所なんだろう。少し不安はあるけど、きっとうまくいくだろう。だって私はシルビオット・カノンなのだから。
と、思っていた私は馬鹿だった。乗ってきた馬車が草原の端に見えなくなってしばらくしたけど、草原の先に見える景色は一向に変わらないし、地図も風に飛ばされてどっかに行っちゃったし、あれ?私、もしかして迷子?もう空も赤く染まってきてあと少しすれば日が暮れる。今日のうちに周辺まで行って、明日ゆっくりと余裕をもって屋敷に到着する予定だったのに…。もし遅れでもしたら…。
ひとまず今日はここに野営して体力を温存して明日頑張ろう。流石に暗くなって動くのは体力と体温が奪われる。ここは風が強いし、早めにテントを張っておけは楽だ。
風に倒れて飛ばされたテントに、焚火は風でまともに火がつかずに散らばったまま。うん、どうしてこなった…。おかしいな?うまくいくと、ついさっきまで思っていたのにこの有様。しょうがない、テントは諦めよう。今夜はこのまま地面に寝転がって寝てしまおう!食料は残ってるし、なんとかなるでしょ。
「綺麗だ」
思わず口からそんな言葉がこぼれていた。草原のど真ん中で見上げる夜空に綺麗な宝石の様に輝く星々。星たちのおかげで、この真っ暗な草原が照らされて夜でも昼の様に明るく感じてしまう。そんな星々の中でも一際に輝く月があれば今夜はランタンがいらないだろう。テントを張っていたら見れなかったかもしれない景色に魅了されているうちにそっと目を閉じると、しばらくして聞こえてくる草原を駆け抜ける風の音。あぁ、こんなに素晴らしい夜はいい夢が見れそうだ。
鳥たちの明るい合唱で目が覚めた。
「イタタ…」
体中が痛い。昨夜は素晴らしい思いをして眠ることができたのに、疲労と寝床の悪さで体が悲鳴をあげている。それでも、初仕事の為だと思えば、あるはずのない力が漲ってくる気がする。
「さて、今日も一日頑張りますか!!」
闇雲に歩きはじめて、ちょうど太陽が頭の真上に着いた頃。ようやく、屋敷が見えてきた。あと少し、あと少しと自分に言い聞かせて進んできたが、それでも体に疲れは残っている。屋敷、屋敷、屋敷、あぁ。気がつけば、仕事ではなく屋敷に着くことが全てになっていた。正気を保つんだ私。ほら、屋敷はもう目の前に…。
ううーーーんと……?屋敷に着いたはいいものの、入口はどこにあるのかな?目の前の壁と睨み合いながら歩いてはや数十分。今も睨み合いは続いている。もういっそのこと、壁をよじ登ってしまおうか。流石に、初仕事の場所に壁をよじ登って侵入ってのも良くない気もするが。が、今は水も切らして喉が渇きに渇ききって長くは立っていられない。よし……。
「ふぅぅーーーーん」
届かない。手があと少し、あと少し手が伸びさえすれば。
「あっ」
ズッドオォ――ン
痛い。痛すぎる。木から落ちるだけでこんなに絶望するなんて初めてだ。でも諦めたら、仕事に間に合わないかもしれない。まだ体は持つはずだ。それに時間だってまだある。もう一回やってみるしかない。
「ふぅぅーーーーん」
届かない。そりゃ、こんな短期間で体が急成長して手が伸びるなんて、期待してないけども。少しぐらいさっきより近づいたりしたっていいじゃないか。
「あっ」
今日二度目の落下。もはやこの時間すらも長く感じる。
ズッドオォ――ン
「ううぅ」
こんなに情けない声を出したのはいつ以来だろうか。でも諦めちゃだめだ。
「ふぅぅーーーーーーーんんんん」
よし!さっきより近づいてる!あとは掴むだけ。
「よし!!」
この希望、絶対に離したりはしない!!あとは体を持ち上げてっと。
「ふぅ」
キタアアアアアア!!ここまでの道のりは人生で忘れることはないだろう。
それで、ここは屋敷のどこなんだろう?花が沢山咲いてるけど花園?色とりどりの花々が陽の光に照らされて自由に咲き誇るここに立つと、パレットの上に立っているようだ。すごく綺麗。見たこのない花が沢山咲いている。きっと、この場所を管理をしている人はよっぽど花が好きなんだろう。って花に見惚れたままじゃダメだ、屋敷に行かないと。
花に囲まれた道を歩くと一人しゃがんで花を見ている男の子を見つけた。その子の背中はどこか、大人びていてそれでいて何かに飢えていて寂しく悲しい雰囲気を感じた。
なんて言葉を掛けるべきなんだろう。怪しまれない方がいいよね。それと屋敷への行き方も聞かないといけないし。まぁ、とりあえず話掛けよう。他のことはそれからでいい。そういえば今日から担当する子もこの男の子と同じくらいの歳で、確か名前は....…
「あなたがシダ君?道に迷ってしまって良ければ屋敷までの道を教えて欲しいのだけれどぉ」
男の子はゆっくりと振り返ると遅れてほんの少し驚くように目を見開いた。
「ごっごめんね。驚かせたよね。私は今日からこの屋敷で家庭教師として働くシルビオット・カノン。私のことはシルビオットと呼んでほしい」
しまった、自己紹介を先にしないから怪しまれたかも。
「そうなんですね!僕はシダ・ルイルス。よろしくね!」
自分を怪しむこともなくシダ君は挨拶をしてくれた。この子はきっと良い子だ。ちゃんと挨拶もして、しかも笑顔で返してくれるなんて。長い道のりで疲れた私の心を癒してくれる。これで私の長き旅は終わるのだ。早くフカフカのベットでぐっすり、といきたいとこだけど今日は初仕事!あと半日頑張ってみせる!!
あと、体をじっくりと怪しむように見られている気がするが、気のせいだろう…。