第二話 始まり
ベンチに腰掛けていた体が大きく揺れ、暗闇だった瞼の中に強い光が差し込んだ。
眩しさに我慢できず目を開けると、知らない天井が目に飛び込んできた。
おかしい。俺はあの公園で死んだはず…なのに、生きている?病院に運び込まれて助かったのか?
「元気な男の子ですよ!」
喜ぶように言う声の主は俺を抱き抱えながら歩き始める。
「良かった…」
もう一人の女性が俺を抱き抱えた。
…???俺はやはり生きているのか?だとしたら何で生きているんだ?そもそも俺は男の子と言われる年頃でもないはずだが…
その時、フワァと優しい花のようの匂いに包まれた。上を見上げると、大きなπがあるではないか。いや、大きいには大きいのだが、サイズ感がおかしい。俺と同じくらいの大きさだ。
しばらく、そのπの大きさに圧倒され眺めていると、
「赤ちゃん泣かないですね……」
さっきの声の主が悲しそうに呟いた。
赤ちゃん?誰のことを言っているんだ?さっきから……男の子とか言ってるけど…。
不思議に思い、自分の体を見てみる。
小さくなってる…!!これじゃあまるで俺が赤ちゃんみたいで……って俺がその赤ちゃんなのか??!!
とりあえず泣いておくか、
「おっ、おっ…」
思うように声が出ない…。体が赤ちゃんのままだから言葉もまともに話せないのか…このままだと、俺が死産したと思われる。やるしかない。
「オギャーー!」
ようやく出た声に安堵していると大きなπから女性が顔を覗かせた。金髪で綺麗な顔立ちの女性が自身の母親だと何故かすぐに理解できた。その女性は疲れたのか安心したのか、俺を抱き寄せて泣き始めた。その人の胸の中は少し暖かく、花の優しい香りがした。
2年後
この世界に生まれて、2年目。少しずつ分かってきた事がある。俺が生まれた場所はルイルス家と呼ばれる辺境伯家の家系らしい。辺境伯家というだけあって、屋敷は後ろを大きな森、目の前にはだだっ広い平原。そう、田舎だ。俺は人生二周目にしてまた田舎生まれという事だ…。
カチャリ
俺の部屋のドアノブを握る音が聞こえた。
「シダー、いい子にしてた?」
優しい声と同時にドアが開いた。
「あら、お外を見てたの?今日はおひさまが出て、空が綺麗よ」
ニコニコとその女性笑顔を見せ、軽々と俺を抱き抱えて窓を開け、外の景色を見せてくれた。
そう、この人が俺のこの世界の母。ダイシャ・ルイルス。いつも花の香りを漂わせているおっとりとした人だ。そしてダイシャが呼んだ、シダという名こそ俺のこの世界の名前、シダ・ルイルス。新しい名だ。
「おかぁ様ー、どこにいるのーおかぁ様ー?」
廊下でダイシャを呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、いた!と、…シダ」
ダイシャを見つけた少女はまるで苦虫を噛み潰したような顔で俺をギロリと睨んだ。俺を睨んだこの少女はシャローネ・ルイルス。俺の一つ上の姉だ。
「おかぁ様ここにいてはダメです!外に行きましょう」
彼女は甘えるようにダイシャに近寄ると、ダイシャに見られないようにして俺を見てベーっと下を出して俺を威嚇した。
多分、シャローネは母親が俺にばかり構ってるように見えて自分にも構って欲しいのだろう。そう考えると、俺は邪魔者なのかもしれない。
ダイシャはしばらく考え込むと、こう言った。
「そうね、今日は天気がいいから外にピクニックに行きましょう!」
辺境伯家の屋敷は庭が広い。一体どこからどこまでが庭なのか分からなくなるくらいには広い。平原の奥から吹くそよ風は、まだ2歳の俺には風が強く感じる。しかし、今はその風すらも心地よく感じる。前の世界とは違う容姿、家族、土地、全てが変わってそれが新鮮で毎日が楽しく思う。
「おかぁ様ー!綺麗な花があるわー!」
遠くでダイシャとシャローネが楽しく花を摘んでいる会話が聞こえる。
そういえば、この世界はいったいどこまで広がっているのだろうか。前の世界では一番遠くまで行ったのは母方の祖父母の家までだ。しばらく会ってない従兄弟達は今何をしているのだろうか?いや、考えるのはやめよう。過去の思い出のことを考えるのはあの日、あの公園でやめたのだから。
「シダも一緒にお花摘もっ?」
ダイシャが顔を覗かせた。
さっきまで結構距離があったのに、目の前にいるダイシャに驚いた。
「うん!僕もお花、摘む〜」
頑張れる限りの可愛い男の子を演じ、声を出した。
ダイシャの大きな左手に引かれ、少し歩くと、小さな白い花の群生地に着いた。どこかで嗅いだことのある優しい花の香りを平原のそよ風が俺の鼻に運んだ。
「ほら、このお花綺麗でしょう?」
ニコっと微笑むとダイシャは俺の顔の前に花を持ってきた。
「うん!お母様、このお花綺麗!」
ダイシャの笑顔を真似て俺も、微笑んだ。
「おかぁ様、この花も綺麗でしょう!」
ダイジャと俺に割り込むように立つとシャローネは黄色い花をシャローネに自慢げに差し出しす。
「えぇ、そのお花も綺麗ね〜」
ダイシャに褒められ、頭を撫でてもらうと、こっちに振り向きドヤァと自慢げに黄色い花を見せびらかした。
しばらく花を摘んでいると、屋敷の方からメイドが慌てながらこちらに走ってきているのが見えた。
そのメイドは息を切らしながら、俺たちの前に立つと、
「とっ、当、当主様が、はぁ、、お帰りになりました。」
そう告げた。