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ないものねだり  作者: 伊藤園
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第一話「嘘八百」

 治療失敗、癌の治療は大失敗、余命後一年と宣告された津畑柿つばたかきは、病室でチューブにつながれる制限された毎日を送っていて、誰しもが彼を見ては、かわいそうだと口にしていたが……


 「ひまぁ~」


 そこまで思い詰めていなかった。


 「意外と余命までやることなくね」


 正直、俺は思っていた。

 余命あといくつだからって、本当のところどうしようもないし、特別なことをしようって思っていてもそんな技術も持っていない未熟な二十二歳に何ができるんだと。


 「あ!」


 何かを思い出しかのように手をたたく。

 彼は、花が置かれた横にあるノートを取り出し、誰もが余命一年の中で、これをしようなんて思うことがないようなことをし始める。


 「嘘をつこう」


 それから、彼は定期的に検診にくる看護師に嘘をつき始める。




 一人の看護師が、カーテンをめくる。

 ほとんど年が同じ、よく趣味の話などプライベート話で盛り上がる大学の研修看護師の人が昼に点滴の交換をしに来た。


 「十歳の時、友達をいじめから救ったんだよね」

 「えぇー、すごいじゃない!」


 彼女はまるで疑うそぶりも見せず、津畑の話を聞く。


 「そいつもさ、何かしらの病気を持っててさ、薬せいで今の俺みたいにつるっぱげでさ、みんなから結構からかわれてたのね」

 「へぇ。そんなひどいことする人たちいるのね。私だったら、蹴ってるわ」

 「そう、蹴っ飛ばしたのよ」

 「え!?」


 相槌を打ちながら、作業を進めていた彼女の手が止まった。


 「そいつをさ、俺はさ蹴っ飛ばしたの。いじめるやつに『しょうもないことするんじゃねぇ』って、思いっきりそいつの尻をさ」

 「だめよー、柿君。そういうやつにはかかわらないのが一番よ」


 彼女は少し困った顔で津畑に注意をする。




 夜に訪れたおばちゃん看護師に違う話を津畑はした。


 「昔、テニス部で仲間外れにされていたやつがいたのよ」

 「必ず、部活とかではそういうのあるわよねぇ。柿君は、大丈夫だったの?」

 「いや、俺もわざと仲間外れにされた」

 「え?」

 「そいつが一人にならないようにさ、小学校まではみんなと仲良かったんだけど、それをやめて、仲間外れにされた側に付いたんだよね!」




 翌日、朝の検診で訪れたベテラン看護師さんに話をする。


 「だいぶ前にさ、彼氏に暴力ばっか振られてたさ女子がいたのよね」

 「わぁー、そういうやつ世の中に必ず、いるわよね。私だったら、思いっきり殴り返すし、もし友人にそんなことされてるやつがいたら、たたきつぶしに行っちゃうわ」

 「そう!その暴力彼氏にやり返しをしたんだ!」

 「え?」


 とても強い瞳を持つそんなベテラン看護師の見たことない拍子抜けた瞳を見た柿は興奮して、その話をさらにつづけた。


 「そいつが彼女によくない薬を進めようとしたことがあったんだけど、間一髪のところで、その暴力彼氏をやっつけたんだよね」

 「そ、そうなんだ……」


 その時の彼女の顔は、津畑にとって少し怖い顔をしていた。

 眉間にしわを寄せた顔だが、怒りではない。どこか、心配そうな瞳があった。

 しかし、津畑はそれをやめなかった。




 次は担当医だ。


 「最近の調子はどう?」

 「とても、いいです!」

 「本当に?どこか、痛いとかない?」

 「全然、大丈夫ですよ!まるで、大学二年生の時みたいになんでもできる!」

 「え?」

 「そうだ。大学二年生の時にね、ある先輩が彼女に振られて、自暴自棄になっちゃったんですよ」

 「うん」


 担当医は何か真剣な眼差しを向けて、津畑の話を前のめりになって聞き始めたため、少し津畑も『一体、どうしたんだろう?』と疑問に思ったが、話をつづけた。


 「その彼氏が自暴自棄になったのはね、それだけが原因じゃないの。いっぱい、不幸が重なって、自暴自棄になったの。親が事故に巻き込まれたとか、親友と疎遠になったとか。それで、彼は誰も知らないところで自殺しようとしたんだけどね」

 「……うん」

 「俺が間一髪、その自殺を食い止めたんだ」

 「……柿君……すごいね。あなた、ヒーローよ」

 「でしょ!」


 担当医は津畑の手に優しく触れて、そう褒める。

 しかし、どこか担当医の瞳は喜んでいるような感じはしなかった。




 お見舞いに家族がやってきた。

 家族が津畑柿という存在はよく知り、長い時間をともにした存在なため、津畑自身がつく嘘は見破られるだろうと柿自身は思ったが、でもそれを辞めることはなかった。


 「大学三年生の時さ、あるサークルでさ男女関係の事件があったんだよね」

 「へぇ、それはどんな事件なの」


 優しい瞳を向けて、聞き返す母親の隣にどこか悲しい瞳を向けていた父がただひたすら、その話に耳を傾けた。


 「ちょっと、大人のドラマみたいなドロドロの関係。異性の問題っていうのかな。浮気的なやつ。それでさ、めちゃくちゃ、仲が良かったそのサークル仲間たちが邪悪な仲になってさ、どうしようもなくなってたんだけど、そこにまったく関係ないね俺が間に入ったの」

 「そんなことして、柿は大丈夫なの?」

 「最初は、めちゃめちゃ、拒絶されたけど、しつこくコミュニケーションを取り合ってたらさ、最後最後に最悪な殺人まで起こそうとした女の子がいたんだけど、それすらも起こすことなく、見事に解決に導いたんだよね」

 「柿はみんなの希望だね」

 「でしょ!?」

 「あぁ、俺はお前も息子にもって誇りだ」

 「まぁね!」


 暖かい言葉を送る二人の顔を津畑は確かめたかったが、しっかりと見ることはできなかった。

 視界がぼやけていたのだ。

 なんでかわからない。

 少し話をしただけで、津畑柿は息を吐きながら疲れてしまう。




 数日後、一人の友人が来た。

 その時の光景は死んでも忘れなかった。


 「おい!柿、大丈夫か!?」


 その友人は誰よりも大きな声でベッドに横たわる津畑に言葉を投げかける。


 「来てくれたんだ」

 「来るに決まってんだろ!」


 その友人は、力の入らない津畑の骨のように痩せてしまった手を強く握りしめた。


 「冷たい」

 「あ、ごめんな!」


 そう言って、彼は手を離すと自分の手のひらに息を吹きかけ、ズボンに何度も手をこすりつけて、もう一度津畑の手を握った。


 「外は雪降っててさ、めちゃ寒かったんだ。でも、今摩擦で暖かくしたからさ」

 「雪?」

 「あ、あぁ!外はめっちゃ雪だらけだぞ!お前も見たくないか?」

 「み、見たい……」

 「あぁ、見せてやるよ!だから、元気出せ!」

 「ありがとう……あ、そうだ……」


 津畑はあることを思い出したのか、ベッドの前にある机へ手を伸ばそうとする。

 その机の上にあるノートを取ろうとしていることに気づいた津畑の母は、急いでそのノートを取り、その細々とした弱った手へ渡す。


 「ほら、柿」

 「……ありがとう」

 「ねぇ、聞いてよ」


 津畑はそう言って、一枚目のページを開いて、額に大量の汗を輝かせる友人に向かってある話をした。


 「俺がさ……小学生の時にね……」

 「あぁ」

 「運動会の時、独りぼっちで弁当食べてたやつがいてさ」

 「え……」

 「そのぼっちさ、いじめられててさ……親が作ってくれたお弁当をさ、ある子に取られそうになったのをさ……助けたことがあるんだよね……」

 「お、お前……」

 「いまだに覚えている……鮮明に覚えている……忘れもしない……絶対に忘れもしない大切な思い出なんだ……」


 隣に座っていた母親が何か友人に耳打ちをしたのか、そのあと友人は瞳から大量の滝を流しながら、何度も津畑に向かって、何かを呼びかけた。

 しかし、その声はもう津畑柿の耳には届いてなかった。

 津畑の頬に当たる生暖かい水滴は、最後の力を振り絞る原動力となり、灰色に染まり始めた唇を必死の思い津畑は動かす。


 「君に俺から言わなきゃいけないことがあるの……」

 「無理すんな!柿!」

 「君だけじゃない、みんなに……」


 もう瞳は上がらない。

 気配で感じるしかない。

 周囲の人たちの向ける視線を。


 「今まで、嘘ついてたの……ごめんね……」

 「うんうん。わかってたよ」


 母の暖かい言葉が右から脳へと流れていく。

 そのまま、包まれて最後を迎えそうだと津畑は思っていたが、ある事実を何としても口にしなければと振り絞る。


 「今までの話はね―――」


 しかし、そこで彼の生命いのちは力尽きてしまう。


 ―――津畑柿。二十二歳、死亡。


 と、俺の人生は終わったと思っていた。が、目の前にまた新しい景色が映りだしたことに驚きの雄たけびを上げる。

 しかし、聞こえてくるのは、小児科で聞くような赤ちゃんたちのけたたましい鳴き声だけだった。


 (あれ?)


 叫ぶの自ら辞めると、その鳴き声は止まる。


 (どういうことだ)


 見覚えのない、見知らぬ天井。

 しかし、城に染まるその天井はどこか、今までいた場所に似たような天井だった。


 「お母さん、無事あなたの息子さん生まれましたよ!」

 「やった!よく、やったぞ!」

 「あなた、そんな騒がないで……」

 「あ、あぁ、すまない」


 もう一度、言葉を出そうとするとまたもや、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。

 これは、もしや……


 「ありがとう、この世の中に生まれてきてくれて」

 「あぁ、君はよくやったよ。ほら、僕がぱぱでちゅよ~」


 疲れた瞳。

 少し、おちゃらけた瞳。

 優しい瞳を持った二人の男女が俺のことをのぞき込む。


 (俺、もしかして)


 そう、俺はまたもやこの世に生まれてきてしまった。

 二度目の人生。


 (やった―――――――――――!)

 「おぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「すっごい元気な子ですよ、奥さん!」


 次は、死なない。

 次はなれる。

 あの憧れヒーローに、友人に。


 「とても元気な子。あなた、名前は何にするの?」

 「そりゃ、希望だ!」

 「なにその、何もひねりのない名前」

 「ひねりなんか、なくていい。まっすぐでひねりのない男。希望だ」


 元津畑柿こと、成希望なりきぼうはゼロ歳ゼロ秒にして決心をする。

 前世でまるで自分の送ってきたストーリーのように語ってきたその話の本当の主人公である友人の人生を送ると。

あいつが俺をいじめから救ってくれた。

 あいつが色々な人たちを救った。

 運動神経抜群、努力家、イケメンで紳士的なあの友人みたいに、ヒーローのようになる。

 水仙黄みたいになると。


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