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ないものねだり  作者: 伊藤園
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プロローグ


 気づいたら、小学生以来の友人が殺人犯になっていた。


 何もわからない。

 なんとなく、高校受験失敗して、併願校に入学して、親に迷惑をかけながら、またもや併願校となる大学に入学した後、高校時以上の大迷惑を親にかけながら、なんとなく就職。

 そんな就職先で揉まれる毎日と言える程、充実はせず、なんとなくお金を稼ぐだけの毎日送りながら、カードの借金返済のための賞与を待つだけの人生を送っていた。


 「なんで、なんで、なんで、俺ばっか不幸なんだよ!」


 そんなくだらない毎日の中に訪れてしまった、大好きな先輩社員を刺して発狂をしながら、輝きのない闇に包まれた瞳を向けてくる友人との再会という奇怪。


 「高校受験も失敗して!」


 彼も失敗したらしい。


 「大学受験も失敗して!」


 大学も自分と同様に彼は失敗したらしい。


 「親に迷惑をかけた上に免許もまたもに取れないで!」


 彼も免許持ってないらしい。


 「借金も作って、家出して!」


 彼も借金があるのか......


 「なにも親孝行できないで、親から中途半端な人間と見限られて!」


 あ、そうだ。実家に何年も帰ってないや。

 自分と同じく彼も親孝行が出来てないらしい。


 「それで、なんとなく就職しても、失敗で皆んなに迷惑をかけて!」


 彼も成長のやり方に戸惑ってるのか。


 「それで、ギャンブルに費やして!」


 彼もパチンコ前の椅子をよく温めに行ってしまうのか。


 「俺は、俺は、もうこうするしかなかったんだよ!」


 好きな先輩の血が着いた刃物を振り回して、彼は僕にそう叫ぶ。

 それと同時に警棒を片手に構えながら、僕たちを包囲する警察官が動揺の表情を見せながら、額に着いた水滴を光らせる。


 「だから、だから、だから......」


 彼は刃物を強く握りしめながら、ゆっくりと刃先をこっちに向けてきた。

 ただ、僕の瞳はそこにない。

 そもそも、自分の瞳はその子にないし、瞳の中にはその場の光景は何一つも映っていない。


 多分......


 「君より、暗いよ」

 「は?」


 今まで沈黙を貫いていた僕の唐突な言葉に彼は拍子抜けした顔をした。

 さっきの眉間に皺を寄せ、怒りを露わにした顔とは少し違う、何か懐かしい、あの頃の顔......そう、清掃時誰にも通じないゲームの話を2人だけでしたあの瞬間の時のどうでもいいけど、なんとなく楽しかったあの時の顔。

 でも、そんな顔ができるのは彼だけ。

 僕にはもう、出来ない。

 したいのに。


 「多分、君より僕の方が暗いよ」

 「は?」


 ここでわかった。

 彼は覚えていない。

 僕のことを。


 「殺人だとか、犯罪行為とか、そこら辺のことわからないけど、多分みんなは批判するけど、今の自分には、それさえ、行動するだけで偉いなって思っちゃうほどさ」

 「何を急に言って......」

 「僕は面白くなくなったんだと思う」


 そう言って、彼の方へゆっくりと一歩一歩すすむ。


 「殺すって言ってくれたよね」

 「な、なんだよ!本当にこいつのように刺すぞ!」

 「だから、本当にそうしてくれるんだよね」

 「お、お前、な、なんなんだよ!?」

 「ちょうどいいって言ってんの。殺される方が」


 多分、あの日負けてしまった徒競走より、あの日やる気がなかった体力測定で走った50メートル走よりも、卒論を期日ぎりぎりで教授の研究室に駆けつけた時よりも、突如倒れてしまった友人のお見舞いよりも、早いスタートダッシュだと思う。

 相手も反応出来ていなかった。


 この後、ニュースでどこぞのよくわからないことを専門と自称する専門家に『この子は社会に殺された可哀想な人だ』と癪に触るようなことを言われるのは、僕は知らない。

 知ることは出来ない。


 その日、僕は好んで殺人犯の狂気に飛びついた。


 ———水仙黄(みずやまこう)、三十六歳、死亡。


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