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ネット記事その他で色々と思うこと  作者: 氷見


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20/23

未だに「ウソをウソと見抜く」云々言ってるバカども

 まさかお前らはエラそうに他人「ウソを以下略」言ってないよな?恥ずかしいからやめた方がいいぞ。バカの言う事を真に受けんなよ。

 初めて雑記で扱ったのは2007年になる。もっと早く反応すべきだったかもしれないが。その時はその言葉をまだ善意で捉えていた。


「そもそもが、『ウソをウソと見抜けない』の意味ってのは『ウソと真実を見分ける事が出来る』事ではなくて『ネットとは何か』『匿名掲示板とは何か』を理解して『常に疑ってかかる姿勢』な事でないか?…見分ける事が出来るって、あんた等どんだけ優れてんすか?」


 つまり、「ウソを見抜くなんて無理に決まってるだろ」というのが当方の主張。なのにホント、バカの言葉を真に受けてそれをまるで自分の言葉のように語る輩が多くてイラっときて書いたもの。それを言ってる奴らはほぼ確実にウソを鵜呑みにするタイプ。だって、「ウソを見抜ける」とホントに信じてるバカだもの。簡単に騙せるよね、こんな事言う人達なら。


 ネットの記事で毎度毎度思うのは「何で一方の言い分を信じる?」というもの。割と最近の記事だと、事件自体は2年ぐらい前だっただろうか。

 遠足で「お茶を買うのを認めなかった」「母を呼ぶのも認めなかった」

 最初この記事を読んだ時はヒドい話だなと思った。そしてその直後から、「さて児童側の言い分だけ鵜呑みにしていいものだろうか」と考え始めた。

 けど、ネットのニュース系のコメント欄は9割以上が「学校ふざけるな」「教師失格」「考えが古い」というもの。こんな奴らが違う場面では「ウソをウソと見抜…」とやってるかと思うと笑うしかない。


 この遠足の記事の場合、あまりにも記事内容が未だに一方的。が、ようやく学校側の「反論」内容が出てきた。もはや、ネットではその反論も「言い逃れ」「何故認めないのか」で染まっているのだけど、中立の視点で見ろ。

 あくまでも私個人の意見だけど、この件に関しては学校側の言い分に理があるかなと思ってる。


 まず最初に思ったのは「前日に買わせてくれと頼んだ」とはあっても、学校側が「それを了解した」かどうかは記述されていなかった。「頼んだ」けれど「拒否された」なら、前日の頼もうが関係がない。

 古臭いとかどうとか以前に学校は集団生活のルールを学ぶ場、親が出て来て「例外を適用しろ」は普通、「モンスターペアレンツ」と呼ばれるんですよ?ネットで今学校叩いてる側も、事件内容が違えば、この母親の対応を「モンペ」を揶揄したのはほぼ確実なんですよ。ネットの人達は自分達の意見なんて無いから。


 もちろん、これは私自身の意見としては「喉が渇いたなら飲ませてやればいいじゃん」なんだけど、学校側にだって事情はあるだろうって事ぐらい、普通の社会人ならわかるよね?医者の診断書があるならともかく、そうでないなら「他の子と遠足以外では変わらない対応」をしてる中、「遠足の日は特別喉が渇く」みたいなバカな事言われても困るだろう。それを受け入れるのは教師の仕事じゃあない。というかそんな権限を教師は持ってないと思うのだ。教師は例外を認めるためにいるんじゃなくて、例外を認めずルールを守らせるためにいるんじゃあないのか?臨機応変なんて言葉を都合よく使うなよ、ここで?


 学校側の反論含め、学校側の対応に不手際があったのはおそらく間違いない。それでも、学校側にほぼ責任はないなと思える。ただ、こんな個人の見解はどうでもよくて、ここで大事なのは「学校側は言い訳をしている」という勝手な判断だ。

 「教師は医者か」的な発言は多いけど、じゃああなた達は「真偽判断のスペシャリスト」ですか?人の発言の真偽を見抜けるのか。それは便利な能力をお持ちでいらっしゃる。是非、犯罪捜査に活用して欲しいところだ。そんな事を出来る人間がいないから、「証拠」が必要なのだろう、何が正しいのかを確認するために。

 こんな奴らがいるから冤罪が生み出されるんだろう?ネット民は本当に懲りないな。お前らの勝手な判断で一体何人がネット上の冤罪で苦しめられたか。


 自分に関係の無い事がらであれば、まずは中立の視点を持つ事を出来る限り心がけて欲しいところ。


 ウソをウソと以下略はホントいつまでも言い続けているバカが多くて、何度も雑記で扱っている、「それを言うお前こそウソを真に受けるタイプなのだ」と。


1:

とはいえ、先の「騙される要素はない」と考える人は「騙されない」の考え方はどこにでも通用するというわけでもなく、「ウソをウソと見抜ける云々」は「それを言い出す人」は「見抜けていない」可能性が高い。簡単に言えば「ネットの情報」を「ウソか真実か」見抜くのは不可能に近い。その上で「ウソをウソと見抜く」には「真実かウソかの2択」ではなく「真実」か「真実かウソかわからない」の2択が基本。もちろん、ウソだとわかるものも多いが、それはそれとして、大事なのは「数少ない真実を拾う」事で、ウソかどうかなんて見抜く必要は無いのですよ。情報ソースが提示されていたとして、その「情報ソース」を信じるか否かという事にもつながる。ところが「ウソをウソと以下略」を他人に対して使っている方は「自分は見抜ける」とした上で「それが出来ない人間をバカにする」形で使う事が多い。つまりは「見抜けるはずのないものを見抜ける」と「信じている」。…こんな人は簡単に騙せるんじゃないですか?


2:明らかに前提がおかしな話をして、そこから結論を導き出すようなやり方をしている場合とかは「ウソを見抜く」という言葉は当てはまる。が、これもネットの奴らは騙されまくってるんだよな。

 また全く関係ない話。少し前の読売新聞で、アンケートとったら「88%が新聞必要」「77%が信頼できる」「64%が公平に伝えている」って結果になって新聞やっぱり必要だよなとわかったとか記事があって、これはヒドいなと。最低でも読売新聞は全く公平ではないだろうに。キチガイレベルの右寄り、それが読売。

 読売新聞を購読している人に「新聞必要ですか?」と聞いて88%が必要って答えたとして、それは何の意味があるんだろう?契約してるのに12%はいらないって思ってるという事の方が異常じゃね?で、新聞を信頼するのは危険なんで、信頼するなと。全部ウソだって言ってるんじゃあなくて、信頼するなと。それはどんなメディアだろうと、新聞を信頼するような愚者が「新聞が必要」と答えた、とそういう結果だろ、これ。今はネットが悪者になってるだけで、ネットの情報は信頼出来ないはYes、だからといって新聞の情報は信頼出来るがYesになるわけではない。新聞の情報も信頼出来ないが正しい。後は自分で判断するしかない。以前も書いた事だが「ウソをウソと見抜ける人」なんているわけもなくて、そんな事を言ってる奴はネットを使わない方がいい。自分だけは真偽判断出来ると勘違いしてるアホだから、そいつ。「何がウソかわからない」という状態にある事を常に意識出来る人が望ましい。そうじゃないと簡単にウソ情報をばらまく事になる。

 あのCM。チェインクロニクルの支持率がどうとか。「未だプレイを続けている人に支持するかどうか」聞いても意味なくて、「やめてしまった人」も含めて聞かないと正しい支持率にならないよねと。プレイ続けてる人に「面白いですか?」と聞いてもなぁ。つまらないと思ったらもうプレイしてないよ、普通?あのCMの印象が悪すぎて、チェインクロニクルはゴミと認識されている。そこまでして印象操作しないといけないレベルのクソゲーって事だろ。


3:信頼度とは何か。Wikipediaはブリタニカと同レベルで信頼していいわけがない。

 実際、Wikipediaのデタラメ記述はウチの雑記で何度もいくつも書いてきた。でも、Wikipedianとやらの多くはそれがウソだと気付けないんですよね。「存在しない大学」の名前が書かれていても、「大学」だの「教授」だのの単語があるだけでそれを信頼できる情報元と判断する。普段、情報ソースの事でばかり揉めてるクセにな。


 あまりにも下らない内容なんでこの記事に対するツッコミはいれるのも面倒くさい。ただWikipediaが信頼できるみたいに思ってるのがヤバいなと。

 この記事主はわからない事があったらガンガン検索しろと。Wikipediaは信頼出来ないとか言う人もいるけど、「nature誌のおこなった調査では、専門家が編纂した代表的な百科事典であるBritannicaと情報源としての正確性が同レベルにある」と。

 Natureが言うならそうなんだろ?と自分で検証もせずに信頼するのか?


 ある一時点においてはWikipediaの記述は最高級の辞書事典と同レベルにあるかもしれない。が、大辞林なりブリタニカなりが予告なくいつの間にか誰なのかもわからない人に書き換えられるなんて事はあるか?一方Wikipediaはある一時点においては正確な内容だったかもしれないが、いつ誰の手によって書き換えられ「信用出来ない情報」になるか全くわからない。平均して「高度な辞書と同レベル」にあっても、平均する意味はない。どの記事が信頼出来てどの記事が信頼出来ないか、そんなもん判断出来ない、「知らない」からその記事を見るんだろ?9割正しくとも1割間違っているならそれは多くの場合「信頼出来る情報」とみなさない。


 論文でも何でもいいけれど、参考文献として「Wikipedia」と書いて許されるものと許されないものがある…大体の場合において許されない。それが「信頼出来ないメディア」だということ。

 実際、最低でも娯楽として見る、ちょっとした調べもの程度では日本語版Wikipediaは使っても問題ないとはいえる。けれどそれが専門的な事柄になるにつれ「参考にしてはいけない」と思える内容となる。結局「割と使い物にならない」、これが現代における日本語版のWikipedia。あくまでも「参考」だ。情報量はともかく正確性は辞書事典に比べて大きく劣る。前述の通りある一時点においてはその限りでは無いけれど、どの記事が「今、最高レベルの記事になっている」かなど利用者にはわからない。辞書事典が絶対的に正しい情報を掲載しているかといえばそうではないが、最低でも「情報元」は辞書事典であり編集者はわかる。Wikipediaはそうではない。

 結局この記事主は典型的な「ウソをウソと見抜け以下略」が「出来る」と思ってるバカ。ウソを見抜くのは基本無理だと何故気づけない?何故自分だけは騙されないと思い込める?権威を信じて平気でWikipediaを正確なメディアだと断言してしまうような人間がネットでどんな正しい情報を手に入れる事が出来ると?


 「1つの検索結果」を見るものじゃないんですよ、ネットは。複数の検索結果を見て、そのいくつかを読み、内容を自分の中で精査する。そこに薄いだの軽いだの無い。ウソを見抜く事は出来なくとも同じ事柄に対して複数の情報を見ればある程度の事は見えてくる。それでも「同じ記事」ばかりのニュースにはネット民は何度でも騙されてるがな。


 ネット情報はとにかく基本信じるな。

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