第二十三話 ① 勇者に嫌われている
ふと、目が覚めた。
寝ぼけ眼に飛び込んできたのはまぶしいほどの朝の日差し――
ではなく、至近距離に居たソフィだった。
あたりはまだ暗い。
まつ毛の一本一本が見えるほど近くにいたソフィに驚いて、一瞬言葉が出なかった。
「なに……してんだ?」
絞り出すように俺は言葉を発する。
ソフィは目をしばたたかせていた。
綺麗な銀髪がふわりと揺れる。
ソフィの白い頬がほんのりと赤く染まっているのが見えた。
うら若き乙女が青年に顔を近づけてやることと言ったら……
「す、すみません! 布団がかかっていなくて寒そうだったので……」
……布団?
確かに、俺の体には今布団がかかっている。
そうだ、確か昨夜はソフィが布団に入らずに寝落ちしちゃって、
それで俺の布団をソフィにかけて寝たんだった。
「あ、あぁ。布団かけてくれたのか。ありがとう、わざわざ」
この狭い宿では、俺のベッドの片方は壁についている。
だから布団の反対側の端っこを綺麗になおすために、
手を広げて俺に覆いかぶさるような体勢にならざるを得なかったらしい。
「い、いえ……こちらこそありがとうございます」
ソフィは体を離して、自分のベッドに座り込んだ。
「あれ、今何時だ?」
カーテンを開ける。
「丁度夜明けごろだと思います」
ソフィの言う通りだった。
陽の光こそ入ってこないものの、東の空がうっすらと明るくなってきているように見えた。
まだ心臓がどきどき言っている。
明らかにまだ早いが、二度寝は出来そうにない。
「今日はいよいよガルドか」
ベッドから体を起こして、窓を見つめる。
なんとなく、ソフィの方を見るのは気恥ずかしい。
「その前に服を買わないとです」
「あぁ、忘れてた。……ここの服屋ってどのくらいに開くんだろうな」
俺がよく行っていたユニクロは十時開店だったけど、この世界ではどのくらいに開くのだろうか。
ソフィが知っているはずもなく、返事は無かった。
「どうする? 今からでも二度寝するか」
ソフィの方を見ると、そのまま目を伏せて首を振った。
「俺も、寝れそうにないや。……ちょっと早いけど外歩こうぜ。朝の空気吸いたい気分」
◇ ◇ ◇
俺たちは昨日手に入れた金を使って朝食をとった。
やはりこの街の物価はどうかしている。
服というものは高くつくものなので、なるべく贅沢はしていられない。
例によってやっすいトーストとベーコンエッグをいただいた。
「ここに来る途中に服屋ありましたね。食べ終わったらそこに行きましょうか」
と、ソフィが言う。
俺はトーストにかぶりつきながら頷いた。
「そういえば、デュオと律さんはどうしてるんだろ」
ソフィは首をかしげる。
「あの二人もガルドに向かうんでしょうけど、流石にもう出発してるんじゃないでしょうか」
そっか。
俺たちは服を買う用事があるから遅めの朝食をとっているけど、
あの人たちからするとここに留まる意味はないもんな。
「昨日みたいに気まずくならなくて良かった……のかね」
言うと、ソフィは口の端をゆがめて頬を掻いた。
「いえ、気まずいって訳でもないんですけどね……」
誤魔化すようにはにかむが、どこからどう見ても気まずそうだったけどな。
「もしかしてなんだけどさ、律さんって昔ソフィが抜けたパーティにいたんじゃないか?」
ソフィは顔を上げて一瞬俺の目を見つめるも、すぐに視線を落とした。
「あと、やっぱり律さんって勇者……で合ってるよな?」
ソフィは俯いたまま頷く。
やっぱりそうだ。
いつか、王都の市場で見かけた二人はデュオさんと律さんだったんだ。
アルネの街のカフェ店員の態度がやけに低姿勢で、
お代を払わずに済んだのもそのせいだろう。
「今私たちが気まずい関係のように見えるなら、
恐らく私がパーティを抜けた時の事が原因なんだと思います。
実際、私は今でも姉様に対して後ろめたい気持ちがありますから」
なんだか重そうな話だ。
あまりこういう話は強制するわけにいかない。
話題を変えるべきかどうか思案していると、ソフィは口を開いた。
「私も初めは、勇者パーティに抜擢されてとても喜んでたんです」
コップに着いた水滴をなぞりながら、ソフィは話を続ける。
「元々子供の頃から一人で色んなダンジョンを潜っては、
そこに残されたアーティファクトを収集することを趣味にしていたんです。
当時持っていた金等級も、意識して取ったわけではありませんでした。
それでも、その実力と将来性を期待されてパーティに入ることになりました」
なんだかさらりと天才エピソードが出てきたが、話の本題はそこではなさそうなので黙っておく。
指先に着いた雫を眺めるようにして、ソフィは続ける。
「当時の私は、素直に喜んでいました。
あこがれの勇者であるおねえちゃんと一緒に戦って、世界を救う。
自分が頑張った分だけ、多くの命が救われる。尊い役目です。
でも、現実はもっと……濁っていました」
独特な言い回しだな。
「濁ってたって……?」
「まぁ、そこは色々です。
とにかく、それ以上この役目を続けられないといつに日か思うようになったんです」
憎々し気に呟いてから、ソフィは続ける。
「それでも、私に期待して勇者パーティに加入させた大人たちは、
そう簡単に脱退を許してはくれませんでした。
それで、最終的には先輩に魔法を使えなくしてもらうんです。
魔法さえ使えなければ、魔術師としての価値は無くなります。
そして、冒険を続ける意味もまた」
「そうか……。じゃあ律さんとの仲たがいは、さっきの“色々”の部分に含まれてる訳か」
「いえ、姉様との関係についてはむしろその後の事です。
さっきも言った通り、私は姉様にあこがれてました。
それは今でも変わりありません。尊敬してますし、好きなままです」
ならなぜ。俺がそう尋ねる前にソフィは続けた。
「簡単に言うと、私が沢山迷惑をかけたからです。
私をパーティに入れたかった理由も今なら分かりますし、
それなりの期待もあったはずです。
その私が加入して間もないころに適当な理由で、
勝手に脱退してるんですから……正直合わせる顔が無いです」
「……そっか、なるほどな。
律さん側からしたらあんまり気分のいい話じゃないな、確かに」
ソフィは肩をすくめる。
なんというか、過去の俺、普通にやばいことやってんな。
勇者パーティの一員を戦闘不能にするって普通に考えたら大戦犯だ。
いよいよ人類に対する反逆行為と言われてもおかしくない。
「それでも、魔法が使えなくなったことは、
そのまま世間に伝えることは出来なかったんです。
ただでも注目を浴びる立場だったので」
そもそも、今まで使えていた技能が手違いで使えなくなるなんてこと自体、前例が無いらしい。
それに加えて、勇者パーティの一員が魔法を使えなくなったなんてうわさが世間に流れてしまうと平和に対する信頼も下がり、多大な迷惑をかけることになるという。
「まぁそういう事で、先輩に責任を取ってもらうことにしたんです。
表向きの理由としては、
配偶者が見つかったからその人との時間を確保するために、
一度冒険から身を引くってことに……」
「……はあ? 今、配偶者って言った?」
「ち、違います。これはあくまで偽装結婚のようなものですから。
一応法的に婚姻は結んでありますけど、先輩が嫌でしたらいつでも……」
「いや、そうじゃなくて。
なんでそんな理由になったんだよ、他になんかなかったのかって」
一時的にでも勇者パーティに所属したものとして命を狙われるリスクがあり、
他に冒険から身を引く理由が必要になったってのは分かる。
でも、なんでその理由になったんだ。
他にも色々やりようはあっただろ。
言いながらも、俺が初めて律さんと出会ったときに言っていた“ソフィアの婚約者”というワードを思い出していた。
あれってそういう意味だったのかよ。
「まぁ……その時は丁度お父様に結婚のことについて、
口うるさく言われてた時期だったので、そのための偽装結婚も兼ねてってことで……」
訊けば、この世界の結婚というのは現代ほどロマンスにあふれたものではなく、親にしろと言われればしなければならないものらしい。
自由恋愛なんてのは二の次どころかほとんど尊重されることは無く、特に霜月家は勇者の血筋の貴族のため、世間体やらなんやらがうるさいという。
「でも、その時って俺とソフィは会ったばっかりだったんだよな?
そんなどこの馬の骨ともわからん奴と、偽装とはいえ結婚なんて……」
「あのですね、前にも言ったと思いますけど、
この世界では転移者という肩書はかなりのステータスなんです。
なんならそこらの小さい貴族の跡取りと結婚するよりも、
適当な転移者と結婚する方が大変だし外面は良いわけです」
俺たちの常識からすると考えられないが、
前時代的な価値観のこの世界では割とあることらしい。
世知辛い情報がどんどん出てくる。
これ以上聞きたくない。
「冒険から離れるとは言ったものの、
結局はその後も先輩と一緒に冒険することになったんですけどね。
一生魔法が使えないままというのもなんですから、
何とかして魔法を再び使えるようにすることを目標に掲げて頑張ってたんです」
スキルの効果によって消されたものを取り戻すことが、
スキルの成長によっていずれできるようになるかもしれない。
そうソフィは考えて俺と冒険を始めたらしい。
実際には、その目的が達せられる前に俺は死ぬことになるのだけど。
「……で、何の話でしたっけ」
ソフィはすっかり食事を終えて、ナプキンで口元をぬぐう。
なんだか話が脱線してしまった。
「ほら、ソフィと律さんの関係についてだろ」
「そうそう、そうでした。
今ギクシャクしているもう一つの要因としては……
その後連絡を二年間取ってなかったこともあると思います」
連絡を取らなかった理由としては、俺の死や親のごたごたが重なってとても人と話せる精神状態じゃなかったからだという。
「先輩が亡くなった時は、一週間くらい何も食べられなかったです」
ソフィはうつろな目で店内の照明を見上げる。
まぁ、笑い事じゃないよな。
言葉を交わした人が死んでしまうというのは並大抵のことではない。
重く沈んだ空気を打ち切るように、話題を変えた。
「昨日の律さんを見てると、
ずっと黙りこくって何もしゃべろうとしてないみたいだったけど……
一緒のパーティに入ってた頃はどうだったんだ? ずっとあんな感じ?」
「あぁ……でも、そうですね。
私がパーティに加入したころからちょっと他人行儀というか……
嫌われてるのかな? と思った事はありました。
昔はもっと親しかったはずなんですけどね」
「昔?」
二人はかなり歳が離れているように見えるので、あまり交流は無さそうだと思っていたのだけど。
「小さいころにはたまに合っていたみたいです。
その頃は特別何かかわいがってくれたわけじゃないですけど、
私が甘えても嫌な顔をしないで、
むしろ喜んで遊んでくれたような記憶があるんですよね」
親にはあんまり甘えられない家庭だったので、こちらも嬉しかった記憶がありますと付け足す。
ソフィは昔の記憶を懐かしんでいるようだ。
それにしても、やはりソフィの認識には齟齬があるように思う。
ソフィの話を聞いているときのあの緩み切った顔を見るに、
律さんは今でもソフィのことを気にしているし、
心の中ではめちゃくちゃにかわいがっているはずだ。
ソフィが小さいころはそれに接する律さんも幼かったが、
成長をするうちに思春期を迎え、
素直に感情を表すのが苦手になっていったのではないだろうか。
そのせいもあって態度が変化し、
律さんはソフィの事を嫌っているという認識を植え付けたのではないか……と勝手な推測を立ててしまう。
それにしても、避けられていると相手が感じるほどの態度というのは普通じゃない気もする。
何か理由があるのだろうか。
なんにせよ、おそらく律さんがソフィを嫌っているというのは誤った認識であることは確かだ。
「……なんていうか、律さんとは距離を取らないで、
どんどん話しかけてあげた方が喜ぶと思うけどな」
嫌がる体は取りつつも、心の中では絶対喜んでくれているはずだ。
俺はそうアドバイスをしてみたが、言いたいことはあまり伝わっていないようだった。




