魔王城にて ② 第三階層東区拾壱会議室
女性は俯いていた。
染めた黒髪をおかっぱのようなボブヘアーでまとめ、全身は暗めの色でそろえている。
前髪が長いせいで、うつむいているとその表情が分かりづらい。
柊が微笑みかけても、彼女は目線を泳がせながら口の前で両手を小さく動かしているだけだった。
「テト様もいらっしゃるということは、私が最後のようですね」
柊の言葉にシアは頷く。
「……緊急招集という形でお呼びしたからには、
かなり面倒な状況にあるということは分かっていただけていると思います」
柊はシアとテトに向き直る。
シアはいつになく真剣な表情だが、テトの方は相変わらず良く分からない。
「先ほど、ルティス支部からとても聞き逃せない報告が入りまして。
どうやら、彼らと勇者が行動を共にしていたらしいのです」
シアの口から、聞きなれない擬音が漏れる。
驚きすぎて言葉にならない様子だった。
「私も報告を聞いたときは驚きました。
我々にとって最悪のシナリオと言っても過言ではありませんので」
「……なんで?
私の持ってる情報だと、あの姉妹は仲が悪くなったせいで
連絡もまともにとってなかったはずなんだけど」
「そこまで細かい情報は分かりませんね……
報告では、ルティスの近くの湖に二年前から大量発生していたスライムを掃討するというクエストを共に受けていたという話でした」
シアは腕を組んで、考え込んでいる様子だった。
柊自身、どうして今になって彼らが手を組んでクエストを受け始めたのか計りかねている。
「あ、あの……」
と、テトが口を開いた。
柊がそちらを向くと、テトはびくっと体を震わせて目を逸らした。
「何か、分からない事がございましたか?」
「その……全体的に、何を言ってるのかがわからなくて……」
柊は一瞬、面食らったような顔をしたが、すぐに聞き返す。
「全体的に、というと?」
「ご、ごめんなさい、わたしの理解力が乏しいばかりに……
シアちゃんは一回話を聞いただけですぐに理解できるのに、
わたしはいっつもいっつも人の時間を奪ってばっかりで……」
「いえ、そのようなことは有りませんよ。
えーとですね。もし宜しければ、どこが分からないを教えていただけると嬉しいです」
「テトちゃんはつい昨日ここに帰ってきたんだから、
勇者がこっちに向かってきてる事とか、
彼が戻ってきたこととかも全く知らないのよね?」
テトは顔を明るくし、そうですと首を縦に振った。
「考えてみればそうでしたね。
そこから話さなければなりませんでした。申し訳ありませんテト様」
「い、いえ……そんな……こちらこそ時間を取らせてごめんなさい……」
しおらしくするテトの姿に、柊は歩み寄るようにして説明を始めた。
◇ ◇ ◇
「……なるほど、そうだったんですか。
そうですか……今すぐ逃げ出したいですこわいです帰りたいです」
柊の説明を聞き終えたテトは、自らの身を抱くようにして青ざめた顔をしていた。
「そうおっしゃるのも無理はありませんが……
今は貴女の力が必要でお呼びだてさせてもらったのです」
「わ、わたしの代わりなんていくらでもいるじゃないですかぁ、こんな面倒な状況……」
泣き言を言うテトに、シアはお構いなしという風に話の続きをうながした。
「それで? 今がまずい状況だってのは分かったと思うけど、
その報告だけってわけじゃないんでしょ?」
泣き言を言っている場合ではない、とばかりに建設的に話を進めようとする。
「ええ……そうですね。
今懸念される問題としてあげられるのが、
我々の最後の砦である四階層守護獣のソルネラの件です。
現在の勇者にはソルネラを倒す手段がない事は明白ですが、
今想定される最悪の状況は、彼のスキルをその突破に役立てられる事です」
「そうよね……。
今はまだ勇者が”属性武器”を手に入れてないからいいものの……」
柊は頷いた。
「で、でも、その男の子って、何でもわかっちゃうスキルを持ってるんですよね?」
おずおすとテトが口をはさんできた。
「そう。だからあそこが今すぐ協力して属性武器が向こうの手に渡れば……まぁ終わりよね。あと五日なんて絶対にもたない」
「そういうことです。ですので、先生から指令が下っております。
彼のスキルを使って攻略される前に――」
「ね、ちょっといい?」
振り向くと、ハイドがソファに寝っ転がってお菓子つまんでいるところだった。
「あの、現在会議中でして……」
「そう。大事な会議中なんでしょ?このままだとボクに筒抜けなんだけど」
からかうような口調でハイドは言う。
柊の対面に座るシアは一瞬面食らったような表情になったが、
すぐに不機嫌そうに顔をゆがめた。
しかし、シアが口を開く前にハイドは機先を制して立ち上がる。
「いや、そうだね。ボクが空気を読んで出て行けばよかった話だったよ」
もーちょっとだけごろごろしてたかったけど、と呟く。
ハイドはどこからともなく布を取り出すと、
お菓子で汚れた手を拭いて、部屋の隅のくずかごにお菓子の空袋を捨てた。
おじゃましましたーと言いながら部屋を出る。
ソファの上のティネだけが、またねと手を振っているのが見えた。
「……そうかぁ、どっちも大変なんだねぇ」
ハイドはそう呟いて、下の階に続く階段とは逆の方に歩いていく。
かと思えばその次の瞬間には、行き止まりの壁の中に消えてしまった。




