魔王城にて ① 第三階層東区拾壱会議室
「あのね、柊おにいちゃんがね、ちょっとおくれるからごめんなさいって、言ってた」
大げさに身振り手振りを交えながらティネは言った。
「そうなの。ありがとう」
シアが腰をかがめてお礼を言うと、ティネはえへへと照れたように笑う。
丁度部屋に入ってきたばかりのシアは部屋を見渡した。
ティネは報告を終えた後も、反復横跳びをするようにシアの目の前でぴょこぴょこしていた。
ソファには……最近姿を見せていなかったハイドが寝転がっている。
「……どうしようかしら」
呟きながらも、シアはとりあえずいつもの椅子に座る。
なんだか今日はティネが元気だ。
どたばたと部屋中を走り回っている。
「久しぶりね、ハイド。最近見なかったけど……どうしてたの?」
ソファの上に寝転がるハイドは片腕で目を隠すような姿勢で動かない。
まさかこんな時間から寝ているわけでもあるまいと、そう思って声をかけたのだが。
「ハイド……?」
声をかけても返事はなかった。
「ハイドおねぇちゃんはね……なんか疲れてるみたいなの」
シアの座っている椅子の後ろから抱き着くようにして、ティネは言う。
「そうなの……ティネちゃんは元気そうね」
「うん!モルテおにぃちゃんに元気になる魔法教えてもらったから!」
「モルテに……?」
長机の奥に座る男に目をやる。
モルテはあいかわらず無表情で部屋の隅を見つめていた。
「これをかけるとね、体をうごかしたくてたまらなくなるんだよ」
嬉しそうにティネは笑う。
元気になる魔法……
自身にかける魔法で似たような効果を持つ魔法はいくらか知ってはいるが……どちらかというとこれは精神に作用するタイプの魔法のようだ。
精神に作用する魔法の分野は未開拓なので、これもモルテの自作なのだろうか。
「気分を、昂らせるのに、使える」
部屋の隅に座っていたモルテが、しかし目線は天井を見つめたままで呟いた。
「モルテ君って先生が居ない所でも喋るのね……」
シアが感心したように目を丸くして、失礼なことをつぶやいた。
「用途としては、死地に赴くときに、怖気づかないようにだとか、緊張を、無くしたい時だどか……」
モルテはシアの言葉が耳に入っていないかのように続けた。
へえ、とシアは感心したような声をもらした。
「便利じゃない、それ。戦闘をする前とかに使えそうで」
自分で魔法を研究して作り出すというのはそう簡単なことではないのは、他ならないシアが良く知っている。
分野はシアの得意な攻撃魔法とモルテの研究分野である補助魔法で違えど、理論が複雑であるということは変わらない。
「これ、どのくらい持続するの?」
微笑ましくティネの方を眺めながら、モルテに尋ねる。
優秀な魔法も、戦闘中に効果が切れてしまってはいけない。
そういう意味でも持続時間は重要な要素だけど。
「一日」
たった一言だけ、モルテは呟く。
「それって……今かけたら夜もずっと続くってこと?」
「そうだ」
「いやいや、そうだじゃないのよ。ティネちゃん、今夜寝れないじゃない」
モルテは考え込むように口に手を当ててから、口を開く。
「大丈夫、心を落ち着かせる、方もあるから、すぐに眠れる……」
「効果時間は?」
胡散臭いものを見るような眼でシアは言う。
「一日」
はぁ、とため息をつきながらシアは訊いた。
「それで、次の朝はちゃんと起きれるの?」
「……効果が切れるまでは、何があっても、起きない」
「それじゃダメでしょ」
シアのダメ出しを受けて、モルテはふさぎ込んでしまった。
「どうしようかしらね」
そう、シアはティネに話しかけると、ソファの方から声が上がった。
「ティネちゃん、こっちこっち」
先ほどまでぐっすりと寝ていたはずのハイドが、
いつのまにかソファの上で胡坐をかいて手招きしている。
ティネがとたとたと足音を立てて元気よく走り寄ると、
ハイドはどこからともなく首飾りを取り出す。
「ほら、かけたげるー」
そう言ってハイドは首飾りを掲げると、ティネは目を輝かせ、喜んで首を前に出した。
首輪をかけてもらう間も足をバタバタとさせていたティネは、
首飾りをかけた瞬間、足の動きが止まった。
「……それ、何?」
思わずシアが尋ねる。
「これはねぇ、失われた王妃のペンダントって言う名前のお宝で……」
ハイドは、いかにもきな臭い名前のペンダントについて語り出す。
興味のない歴史の部分はおいておくとして、
昔の腕利きの職人が王室の依頼で腕によりをかけて作った渾身の作らしい。
「とにかくこれは、あらゆる特殊効果の類を無効化できる優れものなんだ。
呪いとかの、体に長くとどまって効果をもたらすもの全般に効くからすごく便利なのだよ」
そのおかげでティネは、魔法をかけられているにもかかわらず、落ち着いていられているようだ。
「それで……そんな物をどこで?」
シアは怪訝な様子で尋ねる。
「さぁ……どこだっていいじゃんね。
ティネちゃん、それは効果が切れるまでつけてていいから、
終わったらおねえちゃんに返してくれる?」
ハイドの言葉に、眼をとろんとさせたティネはゆっくりと頷いた。
とその時、会議室のドアが音を立てて開いた。
「すみません、遅れました」
柊が息を切らして入り口に立っている。
おかえり、とまばらに声が上がる。
柊は周りを見渡し、息を整えるようにしてから部屋に入ってきた。
「やるべきことは終わらせたつもりだったのですが……少し急用が入りまして」
言いながら柊は頭を下げる。
「緊急招集なんて言うからびっくりしたわ。……忙しそうね。大丈夫?」
息を切らせて入ってきた割には、その額に汗の一つもない。
「ホントだよね。ボクも眠かったのに、話を聞いて飛んできたんだから」
ソファの上でティネに視線を落としながら、ハイドは同調した。
「あんたは呼ばれてないでしょ。
このところずっといなかったくせに、何で忙しい時には来るかなぁ……」
「ご挨拶どうも、手厚い歓迎は喜んで受けさせてもらうよ。
でもせっかくここまで来たからさ、
もうちょっとだけ、ここでちょっとごろごろさせてもらうね」
柊は、どうぞごゆっくりとハイドに微笑みかける。
と、テーブルに座っていたモルテが立ち上がり……
そのまま何も言わずに歩いて部屋を出て行った。
先生に呼ばれたのだろうか、と柊は考えた。
いつもの事だ、特に気にする必要もない。
モルテが椅子からどくと、その奥の席にもう一人、女性が座っているのが見えた。
先ほどまで一度も口を開かずに、静かに座っていたようだ。




