第二十二話 ① 懐中時計
なんやかんやで宿に戻ってきたのは夜になってからだった。
部屋に戻るなりソフィはベッドに倒れこんだまま動かなくなってしまう。
「疲れました……」
と、ソフィがベッドに顔をうずめたままつぶやいているのが聞こえた。
正直なところ、俺はあまり疲れていない。
肉体的な疲労は少ないはずなのだが、おそらく精神的に疲れてしまったのだろう。
俺としては聞きたいことが山ほどある。
律さんとソフィが姉妹だということも知らなかったし、
その二人の間にあるらしい確執も当然知らない。
律さんは前回、何かとソフィを気にしているそぶりを見せていたが、
いざ本人を目の前にすると気まずそうに黙り込んでしまった。
まぁ、今日のところは疲れているみたいだし、あまり追求せずに寝かせてやろう。
俺はソフィにかまわずに寝る支度を整える。
「ちょっと……ちょっといいですか?」
ソフィが話しかけてきた。
俺はベッドに入り、まさに目を瞑って眠りに着こうとしていたときだった。
「どうした?」
俺は仰向けのまま、宿の天井を見つめて言う。
「見て欲しいものがあるんです」
ソフィはうつ伏せで肘をついた体制のまま、ぽふぽふと俺の布団を叩いてきた。
シングルベッドは部屋の奥に少しの隙間をあけて並べられており、
手を伸ばせば届く位置にある。
俺はしぶしぶ体を起こして、ソフィの方を見る。
「……何してんの?」
見ると、ソフィは今まさに寝間着のボタンをはずしているところだった。
……いやマジで何やってんの?
さらにソフィは胸元をはだけさせて、
「これです」
言ってソフィが胸元から取り出したのは、見覚えのある懐中時計だった。
……あぁ、それね。
なんだ、何とは言わんが勘違いしてしまった。
「話せることが増えたので、まずはこれについて話しておこうかと……」
「いや、それは良いからまず服を戻せよ」
ああ、とソフィは自分の胸元を見る。
一度手を胸元にやるも、何を思ったかちらりと俺の方を見てくる。
「……気になりますか?」
俺は渋々頷く。嘘は吐けない。
ソフィは口元を緩ませながら、上機嫌に胸元を閉めた。
「確か、襲撃の日にその話題が出たよな。
本物は盗まれてて、その手に持ってるものは偽物だっていう話」
ソフィは頷く。
「その時の話に加えて……一応先輩に話しとかないといけない事があって」
ソフィはぽんぽんと枕もとをたたいた。
同じようにうつ伏せになれという事らしい。
言われた通りうつ伏せになり、肘をついてソフィの隣に寝転がる。
すかさず身を寄せて来るソフィに、あえて体を引くようなことはしなかった。
「では、ここで練習の成果を見せてください。今日の午前中に習得した、魔力感知です」
なんだ急に。
戸惑う俺を急かすように、ソフィは「はやく」と言って肩をぶつけてくる。
魔力感知は、辺りの索敵や、魔術師必須技能である追尾に必要な、
汎用性の非常に高い基本技能である。
自らの魔力をコントロールして行使する魔法と違い、
魔力感知は周囲の魔力に意識を傾けることが必要になる。
言葉で説明するのは簡単なのだが……
自分の事は分かっても他人の感情は分からないように、
周囲の魔力と自分の魔力では勝手が全く違う。
自身の存在そのものが世界を構成する一要素だと考えて、
世界と自分の境界線を無くすイメージ。
自分と世界が一体になり、自身を拡張していく……
教わったイメージに忠実に魔力感知を発動させる。
すると、ぽうっと淡い魔力を感知することができた。
それは、ソフィの手の上の懐中時計からゆらゆらと立ちのぼっているものだ。
俺が魔力感知を発動させたのを確認し、ソフィは懐中時計を渡してくる。
右上にある小さなボタンを押すと表蓋が開き、文字盤が露わになった。
「よわ~い魔力が見えましたよね?」
俺は頷く。
「これがですね、本物はびっくりするくらい複雑で重厚な術式がかけられてたんです。魔力感知を覚えたての先輩が見たら卒倒してしまうくらいの」
大げさにソフィは言うが、確かに前にもそんな話をしていた。
この時計を身に着けていると落ち着くとかなんとか……
「そういえば、今は大丈夫なのか?
アルネの街の市場もそうだけど、ギルドなんかは結構混雑してたみたいだけど」
「一応、なんとか解決策は見つけました。
自分の魔力をこの時計に移してやって、それで周りの魔力をかき消すようにしてるんです」
そんなことが出来るものなのかと少し驚いたが、
昼間の話を思い出すにこれはソフィが魔力の扱いに長けているせいなのだろうな。
再三言われたが、こんなことが誰にでも出来たら魔法使い職は廃業になってしまう。
「とにかく。これはわたしが肌身離さず持っていた時計とは、
外見は同じだけど内包されてる魔力が全く違うってことですね」
「一応確かめておきたいんだけど、劣化しただけ……とかじゃないんだよな?」
「んーとですね、徐々に弱まっていく魔術の類は確かに存在はします。
ただ、無機物にかけられた魔術が外部からの干渉もなしに、
数時間であれだけ減衰することはまずないです」
なるほどな。じゃあやっぱり外から何かをされてる可能性が高いわけだ。
「偽物ってことは……誰かが意図的にソフィの時計をすり替えたってことになるよな。
あらかじめコピー品まで用意して、計画的にやってるって……
盗まれる心当たりみたいなのって、ないのか?」
「それが……良く分からないんです。
父からは大事にしろと言われていましたけど、
わざわざ盗まれるほどのものだとは思ってなかったので」
ソフィは言って考え込む。
凄い魔力が込められているという、
ただそれだけの理由でソフィはこの時計を身に着けていたわけだが、
それにどんな価値があるとかは良く知らなかったらしい。
「それでですね。
せっかく先輩のスキルが使えるようになった事ですし……
ここは力を借りたいと思ったんです」
なるほど、そうか。
今までそういう使い方をしてこなかったせいでそこまで頭が回らなかった。
「私がお父さんの話を覚えていれば話は早かったんですけどね」
「お父さんの話?」
「この時計を身に着けるようになったのって結構小さいころで、
その時に話を聞いた気もするんですけど。
でももう忘れちゃいました」
当時父の書斎からこの時計を持ち出したロリソフィは、
一度持ち出したことを父に怒られたという。
それでもソフィがこれ以外は嫌だと駄々をこねて、
娘に甘い父は結局与えることにした……とそういう事らしい。
まぁ忘れてしまったものはしょうがない。
気を取り直して。
「そもそも、俺たちが知りたいのはこの偽物の事じゃなくて、
本物の懐中時計の事なんだけどな」
偽物しか手元にない場合、スキルに訊くときはどうすればいいんだろう。
「いいんじゃないですか? それも含めて訊いてけば」
ソフィは楽観的だった。
誰が何のためにこの模造品を作ったのか、そこまで分かればいいけど。




