第二十一話 ④ クソデカ魔力
ただ魔力感知をしただけなのに、何でこんな……。
目をつむってリラックスした状態から、急に耳元で爆音を流されたような感覚だ。
「お判りいただけましたか?
この通り、この湖にはスライム以外にもたくさんの魔法生物が生息しているので、判別がつかないのです」
デュオさんはそう説明するが、今はそういう話じゃない。
「……今先輩が感じたのは、隣のお二人の魔力です」
ソフィがため息交じりに言う。
当の二人はきょとんとしていた。
「あのですね……デュオさんも姉様も、
感知するだけで心臓が止まるような魔力を持ってることを、
自覚した方がいいですよ?
先輩が心臓発作か何か起こしたりしたらどうするんですか」
「そう……ですね。申し訳ありません、失念しておりました」
デュオさんは俺に頭を下げる。
それはそれで俺の方が申し訳なくなるからやめてくれ。
……でも律さんが何も言わないのはどうなんだ。
あの時は結構ずけずけ話して来てたのに、ソフィの前だと本当に無口になる。
照れてんのか?
「てか、この魔力感知って人間にもできるんだな」
「それはそうです。でなければ追尾になりません」
言われてみれば確かにそうだ。
あれ?でも……
「今までソフィの魔力って感じたことがないような……」
今もそうだが、昨日の練習から一度も感じていない。
「あぁ、私は魔力の扱いに慣れてますから。感知されないようにすることもできます」
ソフィは得意げに言う。
へー。そういうこともできるんだ、と感心していると、
デュオさんがたしなめるように口を挟んできた。
「そう簡単におっしゃいますが、
私どもを含めたほとんどの冒険者はできませんよ。
それが簡単なことなのであれば、世の剣士が魔法の追尾にここまで苦しめられることはありません」
確かに。
それはそうと、今は目の前の問題をなんとかしなければ。
今のところ、討伐対象であるスライムの位置が全然把握できていない。
一度はスキルに訊こうとしてみたが、
平坦なダンジョンならともかく湖には深度というものがあるせいで
スライムの位置を正確にはつかみづらいことが分かった。
こいつは本当に大事な時に限って役に立たないな。
しかし……こうなると無理ゲーもいいところだ。
どうしたものか。
俺が考え込んでいると、律さんが口を開いた。
「……これって何待ち?」
律さんにデュオさんが応える。
「少し佐伯様が頭の体操をされていらっしゃるようなので、お待ちしております」
そう、と律さんは返す。
え?
なんだよそれ。
「……もしかして俺以外のみんなはもう分かってるのか?」
俺は恐る恐る聞いた。
ソフィは肩をすくめるが、デュオさんと律さんは当然と言いたげだった。
まじかよ。
「ちなみにどうやればいいんですかね」
俺の質問に、なぜかソフィがぷっ、と吹き出したのが視界の端に見えた。
なんだ。俺としては真面目な質問をしただけなんだけど。
「私なら……一度上空に飛んで、
すべてのスライムの位置を把握してから順に飛んで行って地上に飛ばしますね」
律さんはそれに同意という風に、黙ってうなずいている。
なんだその出来の悪い冗談は。
「でも、スライムが水中にいると肉眼じゃ見つけにくいんじゃ……」
「地上から見ればそうでしょう。
しかし波のない湖ならば、真上から見れば輪郭を把握するのはそう難しい事ではありませんよ」
真上から。ならどうやってその真上に行くんだ。
俺らの話を聞いていたソフィは肩をすくめていう。
「二人にとっては、“不可能ではない”ことと“可能である”ことは同義ですから」
……訊く人を間違えたなこれは。
「では、私がやって見せましょうか」
デュオさんがそういうと、律さんは仕事がないと悟り座り込んでしまった。
律さんが戦っているところも見てみたかったが……
それでは、とこちらに顔を向けたかと思えば、一瞬のうちに飛び上がっていた。
あそこまで飛び上がるには相当な力で地面をけり上げる必要があるのだろうが、近くにいた俺にもほとんど風は感じられなかった。
本当に羽を使って飛んだかのようだ。
飛び上がり、最高点に達した瞬間に目標の位置と数を確認して急降下を始める。
降下しながら腰に携えた剣を抜き、円を描くような振り方で斬撃を飛ばした。
スライムのいる周りの水が王冠を作るように外側に飛ばされていくのを確認し、すかさずスキル“治癒”を発動させた。
対象は今しがた飛ばしてやったスライムの周りの水。
無生物を対象とした治癒は、元の位置へと戻ろうとする挙動を見せる。
スキルの力によって治癒され元の位置に戻ってきた水は、
その中心にいるスライムを押し出すように空中へと放り出した。
水中では無敵のスライムも、空中にいれば倒すことは彼にとっては難しい事ではない。
その巨大なスライムは、真上から急降下するデュオと丁度一直線上になるように飛び上がってくる。
迫ってくるスライムのコアを正確な剣さばきでとらえ、
その実体が消える前に蹴り飛ばして再び上昇した。
そして上昇した勢いで次の対象へと狙いを定め、飛んでいく。
と、これらのことを一瞬の間にやるものだから、
見ている俺からすると何をやっているのかすらよく分からない。
自慢げに話すソフィの解説を訊いてやっと理解することができた。
一方律さんは体育座りをして、退屈そうに足元の草を眺めていた。
流れるようにスライムを空中で四散させて飛び回る。
最後の一匹を倒したのだろう。デュオは俺たちのところへ帰ってきた。
「我ながら芸がありませんね。何度も飛びあがって同じことの繰り返しでは」
デュオは剣を鞘に納めながら、謙遜してそんなことを言う。
息の一つも切らさず、服も全く乱れていなかった。
湖の中の敵と戦ったはずなのに、靴の先しか濡れていないってどういう事なんだ。
「終わったなら戻るわよ」
律さんはそう言い、既に歩き出していた。
これくらいのことは一緒に冒険していれば見慣れているのだろうか。
というか、見てすらいなかった気がする。
続いて俺たちも湖を後にする。
帰りも行きと同じく、ほとんど俺とデュオさんだけで話をしていた。
クエストの報告に言った俺たちは、スライム討伐の完了を告げると受付に驚かれた。
その場で確認のために職員がわざわざ湖に行って確かめさせたくらいだ。
クエストにかけた時間よりも、報告にかかった時間の方が長かったような気もする。
その間ずっと律さんはちらちらとソフィの方を気にしていた、
なんなんだこのふたり。




