第二十一話 ① 山盛りの籠
街の入り口には、アルネと同じように検問のようなものが敷かれている。
魔王城に近くなると治安も悪くなるのだろうか。
それならしっかりと検問を敷いているのも頷ける話なんだけど。
俺らの他にも冒険者や旅人がチェックを受けて入っているのが見える。
「じゃあ、俺たちも並ぶか」
そう言って俺は進もうとするも……
急にぐいっと後ろから引っ張られるのを感じた。
「なんだ……よ」
振り返るとソフィは青い顔をして俺の袖をつかんでいた。
ソフィは黙ったまま、検問を受けている冒険者の方を指す。
どうしたんだ。
普通に、旅人が門番と話をしているだけのように見えるけど……
……あ。
検問を通る人が財布から硬貨を取り出し、門番に通行料を支払っているのが見えた。
普通ならなんて事のない光景だが……
問題なのは、今俺たちの手持ちが全くのゼロであるという事だ。
すなわち、通行料を払えない俺たちはこの街に足を踏み入れることすらできない。
「思えば聞いたことがあったんですよね……
魔王軍の活動が活発になるにつれて、
検問の強化と一緒に通行税を取るようになったとかなんとか……」
まじかよ。
言われてみればアルネの街の門番が言っていたような気がしてきた。
「……どうしましょうか」
「現実的なので言うと……誰かからお金を借りるとか?」
「やってみる価値はあるとは思いますけど……
通行料も払えない二人組の冒険者なんて、怪しすぎて誰も信用しませんよね……」
ごもっともで。
「あ、でも。ハイドからもらったスクロールって確か……」
高値で売れるよな、と続けようとするも言い切る前に却下された。
やっぱダメか。
そうなると結構まずい状況だな。
「最悪ここには寄らずにそのままガルドに行く……
って手もありますけど。でも服、買っていきたかったですね」
このまま外の冷たい空気にさらされ続けるというのはちょっときつい。
街に入れさえすれば、適当な商人に持ち物を売ったりすることができるのだけど。
どうにかして街に入れないものか。
「……いっそのこと商人の馬車を襲って、荷台の中に紛れ込むか?」
「ついに先輩も魔物と同じ考えになっちゃいましたね」
ソフィは乾いた笑いをしている。
冗談を言っている場合じゃない。
ここで長い時間うろうろしているのも、怪しく見えてしまう。
「残念ですけど、今日のところは諦めるしか……」
とソフィが言いかけた、その時だった。
「ソフィア様ではございませんか?」
と、後ろから声をかけられる。
振り返ると、見覚えのあるイケメンがいつの間にか背後に立っていた。
デュオファンド・ヴィクトル・シュトラウス。
いつか、王都の近くの森でヒュドラと一対一で戦っていた、王都第二の剣士。
「どうされたのですか?
門の前でまごつかれていたように見受けられましたけど」
「デュオさんですか。びっくりさせないでください」
「大変失礼いたしました。驚かせるつもりはなかったのですが」
俺たちは二人とも、声をかけられるまでデュオさんの気配に全く気が付かなかった。
普段から意識せずに、これほどまで気配を消して歩けるものなのか。
「……ていうか、手に持ってるそれ何ですか?」
デュオさんは風呂桶のようなものを、胸の前に両手でしっかりと持っていた。
本人がかっこいいだけに、そんなものを持っているとまぬけに見える。
「ああ、これですか。
これはちょっとお小遣い稼ぎをと思って、
誰もやりたがらない面倒なクエストを一つ引き受けてみたんです」
笑顔でデュオさんは言う。
風呂桶からは何か野菜のようなものがはみ出しているのが見える。
ソフィは自分で訊いたくせに、理解するのを諦めた顔をしていた。
「また変なことしてるんですね……
で、ちょっと申し訳ないんですけど……少しだけお金を貸してくれませんか?」
ソフィは手を合わせて頼み込む。
そうだ。
知人がいるんなら貸してもらうのが一番いいじゃん。
デュオファンドさんはソフィの言葉を聞いて少し驚いた様子だったが、すぐに答えてくれた。
「もちろん喜んで。今は手持ちがこれしかありませんが、足りますでしょうか」
そういって懐から袋を出す。
その袋から金を取り出して渡してくれるのかと思いきや、そのまま袋ごと渡してきた。
金を貸してと言われて、財布ごと渡すやつがいるか。
「……今渡したのって、手持ち全部ですよね?」
デュオファンドさんは何を勘違いしたのか恥ずかしそうに顔を崩して言う。
「お恥ずかしながらこれだけですね。
あまり大金を持ち歩くたちではありませんので。
足りなければ、一旦拠点に戻らせていただければ……」
「いやいや違いますって。
全部渡してしまったら今この検問を通ることもできなくなるじゃないですか」
「おや、その通りですね。
ソフィア様、どうかわたくしに硬貨を何枚かお与え願えませんでしょうか」
今度はソフィの方に向き直り、うやうやしく礼をして言った。
なんだそのコント。
◇ ◇ ◇
無事検問を抜け、三人で街に入る。
「それにしてもデュオさん、まだこの街に滞在してたんですね」
確かに、俺達よりデュオさんたちは先に出発しているはずなのでまだこの街にいるのはちょっとだけ意外だな。
「ええ、姫が少し遅れていらっしゃるので到着を待とうかと思いまして」
そうなんだ、とソフィが相槌をうつ。
姫って誰なんだ、とは聞き出せなかった。
一つ前のアルネの街は市場が栄えていて、活気がありどこか泥臭い感じがしていた。
対してここルティスは、落ち着いた雰囲気の街だ。
綺麗に整備された道路の脇には、等間隔に街灯のようなものが立っているのが見える。
歩いている人の服装も、どこか小綺麗なものが多いようだ。
そんな綺麗な街道にデュオファンドさんのような長身のイケメンが歩いていると、それだけで絵になる。
……と言いたいところだけど、
彼の持っている野菜の入った風呂桶のようなもので台無しなんだよな。
ほんとに何なんだそれ。前回あった時も同じようなことがあったような。
「私はこれから依頼人さんにこちらを届けて、クエストを終わらせてきますが……お困りの事がありましたらいつでもお声がけくださいね」
デュオさんは街道を歩いて行った。そっちの方向にギルドがあるのだろうか。
「ちょっと気になったんだけど、あの風呂桶って何だったんだろ」
俺はソフィに訊いた。
「あれですか。
確か……サンジーバニーとかいう名前の薬草?だったと思います。
かなり貴重なもので、馬鹿みたいに高価で入手難易度も相当高いはずなんですけどね……」
「なんかあの人、風呂桶一杯にとってなかった?」
俺のつっこみにソフィは肩をすくめる。
「しかもまだ昼前だから、たぶん昼食前の軽いバイト感覚でとってます、あの人」
なんというか、あまりに規格外すぎる。
それでいて天然と言うかなんというか、不思議な感性を持ってるんだよな。
「とりあえず、ちょっとお金を作りに行きましょう。宿決めはそれからです」
そうだった。
このままでは泊まる場所どころか昼飯にもありつけない。
俺達はとりあえず、持ち物を買い取ってくれる店を探して歩くことにした。
辺りを見渡してもおしゃれな店しか並んでいない。
流石に一軒もないということはないだろうけど、探すのに苦労しそうだ。
俺たちは苦心の末に見つけた店に入るも、
持っていた魔物の素材を出すと明らかに嫌な顔をされた。
RPGではどんなゴミでも快く買い取ってくれるというのが基本なのだが、相手は普通に人間だ。
王都ではえり好みをする人は見なかったが、需要の良く分からないものをあまり在庫にしたくないのは当たり前だよな。
それでも、一応はなんとか交渉してお金に換えることができた。
ちなみに、ここに入る前にソフィにはスクロールの話はするなと釘を刺されている。
もし見せればこの商人の態度は一変するのだろうな。
「これくらいだと、ちょっとしたらまたすぐ一文無しに戻っちゃいますね」
俺たちの手元の売れるものは想像以上に少なかった。
「ガルドに着いたら何とかして日銭を稼がないとな」
元々冒険者なんてものはそういう生き物だからいいんだけど。
俺たちは手に入れたお金を握り締めて、宿を探す。
おしゃれな雰囲気のある町なだけあって、いわゆる安宿がどこにもない。
どこも快適そうではあるのだが、値段の方が高かった。
俺はどこでも寝られるたちだし、ソフィも宿については文句を言わない。
だからある程度の治安さえ保証されていれば値段は安い方がありがたいのだが……
「ここら辺になると高レベルの冒険者が多くなりますからね。
お金を持ってるのが分かっててこの値段設定なんだと思います」
と、ソフィが教えてくれた。
この世界で商売をするときは、お金を多く落としてくれる高レベルの冒険者を相手にした方が儲かるのだろう。
貧乏人からするとたまったもんじゃないのだが。
しかし興味深い現象だ。
日本もそうだが、普通物価というのは都市に近ければ近いほど高く、離れるとそれだけ低くなる傾向にある。
しかし、この世界では王都から離れ、魔王城に近くなればなるほど物価が上がっていく。
この理論で行くと、この国の中心は王都ではなく魔王城ということになるな。
経済を活発にしているのは結局のところは魔王側、ということになるのかもしれない。
俺たちはまたまた苦心の末に宿を決め、それから昼食をとったが、
これまたお高いものしかなかった。
「これ……このままいくと二人分の服、買えないかもですね」
ソフィは、メニュー表の中で一番安かったホットドックを口に運びながら言う。
「なるべく安い服屋を探すとして……最悪俺の分は良いよ」
「いや、それは悪いです。やっぱり、何かクエストを受けた方がいいですね」
クエストか……
王都にいた時でさえ一度しか受けていないけど、この地域にはどんなものがあるんだろう。
「じゃあ、それ食べ終わったらギルドに行ってみるか」
俺はテーブルの上の水をちびちびと飲みながら、ソフィが食べ終えるのを待つことになった。
王都以外のギルドに行くのは初めてだ。




