第二十話 ① 盗まれました。全部。
瞼越しにやわらかな朝の日差しを感じる。
目を開けると、辺りは明るくなっていた。
体を起こし、伸びをする。
気持ちのいい目覚めだ。
辺りを見わたすと、なんだかテントが広く見えるような気がした。
どうしてだろうと一瞬考えたが、単に俺がテントの端の方で寝ていただけだった。
そういえば、昨晩はソフィだけじゃなくてハイドとの3人でこのテントを使ったんだったな。
ジーっとテント入り口のジッパーが空けられる音がした。
「おー。おはようございます」
ソフィはいつも通り、俺より先に起きていたようだ。
髪を後ろに結わえていて、いつもよりすっきりした印象を受ける。なんだか新鮮。
「おはよう……それ、似合ってるなぁぁ……」
あくびを噛み殺す。
ソフィは一瞬小首をかしげたが、すぐに髪型のことだと気づいたようだ。
照れ隠しのように口をとがらせて言う。
「……この髪、先輩に見せたことなかったですか? 朝はいつもこうなんですけど」
そうだったのか。
いつも俺が起きるころにはソフィは大体朝ごはんの準備を終えているので分からなかった。
「ハイドは……もういないのか?」
辺りを見回しながらソフィに尋ねる。
ソフィはおもむろに手を後ろにやり、髪をほどき始めた。
どうやら丁度朝ごはんの準備ができたらしい。
「私が起きたころにはもういませんでした。早いですね」
俺の知る限りソフィはかなりの早起きなのだが、それよりも早いのか。
部屋の隅には、ハイドが布団代わりに使った布類がきちんと折りたたまれている。
自由人にみえて几帳面なところもあるんだな。
「起きたばかりみたいですけど、今食べます? 準備はできてますけど」
丁度お腹が空いていたところだ。
俺はありがとうと言って立ち上がる。
と、枕もとに固い感触を感じる。
なんだこれ。銀色のボディに数個のボタンのついた手のひらサイズの機械。
……ICレコーダー? なんだ。盗聴でもしてたのか。
手に取ってみたが、電源は入っていないようだった。
なんだコレ。ハイドが忘れて行ったのだろうか。
ソフィは気づいていないようだ。あとで訊いてみよう。
俺はパンを片手に干し肉のスープを飲んでいた。
実は先ほどからスープのいい匂いがしていたので、楽しみだったのだ。
スープは期待通り、朝の乾いた体に染み渡るうまさだった。
固いパンもスープに少し浸らせるとふやけて柔らかくなり、違った味わいが楽しめる。
この世界の保存食は本来、安くて質が悪いものが多い。
それでも、工夫次第ではかなりおいしくもなるみたいだ。
「筋肉痛、治ったみたいですね」
「言われてみれば……確かに。全然痛くないな」
固いパンをちぎっても腕は痛まない。
おかげ様で、と俺は頭を下げるとソフィは少し笑った。
そうだ、とソフィは話を切り出した。
「いいニュースと悪いニュースがあるんです」
ベタなやつが来たな。
この言い回しは絶対この世界特有のものじゃないだろうな。
「どっちか選べってか?」
俺が尋ねるとソフィは首を振った。
「いや、悪いニュースから言います」
なんでだよ。それって選ばせるところまでがセットじゃないのか。
どうやら微妙に文化の継承がうまくいっていないようだ。
それで? と俺が促すとソフィは一呼吸おいてから言う。
「悪いニュースは……わたしたちが無一文になった事です」
ぱちぱちぱち……とソフィの手をたたく音が広い野外に空虚に響く。
「……は?」
思わず声が出た。
「無一文って……お金が全部無くなったってことか?」
ソフィはこくりと頷く。
「……なんで?」
「簡潔に言うと、ハイドに盗まれたからです」
ハイドに……?
確かに彼女は盗賊だが、そんなに直接的に知り合いからも盗むものなのか。
いや、俺がゲームの世界の味方キャラの盗賊に慣れすぎていたのか?
盗賊なんてものはいわばただの泥棒なんだから、信用する方がおかしいのかもしれない。
「それで、なんでソフィはそんなに落ち着いてるんだ?
路銀はどうするつもりなんだよ」
「まぁ、ハイドと行動を共にした時点でこうなるのは分かってたことだったので。
定められた運命みたいなものです」
「分かってて、なんでどうにかしようって思わなかったんだ?」
俺の質問攻めにソフィはまぁまぁと落ち着かせようとする。
「それは良いニュースを聞けば分かりますから、とりあえずスープを飲んでください。冷めちゃいます」
俺の内心は全然穏やかではないのだが、一旦ソフィを信じて矛を収めることにした。
あんなに楽し気に話していたのに、何の躊躇もなく全財産を持って行ったのか。
自分の使った布団はきちんと畳んでいたのに……
あと、スープは普通にうまい。
燻製肉に、野菜のうまみが足されていて味わい深いコクが感じられる。
「では次に、いいニュースですね。これです。スクロールが手に入りました~」
ソフィは大げさに手を広げて言うが、俺にはよく分からない。
しかも三枚もです!と、喜んで見せびらかしてくるソフィに、適当な反応をする。
「――で、それの何がすごいんだ?」
「これはですねー、貴重な貴重な白紙のスクロールなんです。
悪いニュースが吹き飛ぶくらいの」
と、ソフィは目の前で広げて見せた。
確かに何も書かれていないようだ。
どうやらこの白紙は俺たちが盗まれた全財産以上の価値はあるらしい。
……で?
「一から説明するとですね……」
ソフィは俺に促され、説明を始める。
卒業証書のような感じの丸められたこの紙は、魔法を記録することが出来るものらしい。
記録した魔法はいつでもどこでも好きなタイミングでそれを使うことができる。
魔法使いではない人が何かしら魔法を使いたい場面で使うモノらしい。
が、発明されたはいいものの制作時にコストがかなりかかるため、
なかなかに高価であまり市場には流通しなかった。
そのため今では物好きのコレクターが買い占めている状態だという。
「それにですね、このアイテムは白紙のまま保存することが難しいんです。
ですから世に流通しているモノで魔法が込められていないものはとても珍しいんですよね」
楽しそうに語るな。
しかしなるほどな、だから貴重なのか。
説明を終えると、ソフィはいそいそとスクロールを筒の中に戻した。
いよいよ卒業証書みたいだ。おそらく出しっぱなしは良くないのだろう。
「でも……それの価値が高いのは良いんだけどさ。
何も記録されてないスクロールなんて使い道があるのか?」
「まぁ、使い勝手っていう意味ではあまりなんですが……
場合に応じて好きな魔法を使えるようにできるってのはすごい事です。
特に先輩のスキルとのシナジーはあると思いますよ」
俺のスキルか……確かに、確かにシナジーはありそう……なのか?
ふと、一つ思いついたことがある。
「この白紙の状態って、敵の魔法を吸収出来たりしないのか?」
「まぁ、できないです」
ばっさり切られてしまった。
そういう事が出来るのかと思っていたが。
「このスクロールに魔法を記録する手間って結構大変なんです。
とてもじゃないけど戦闘中に使えるものじゃないと思います」
ちなみにスクロールに魔法を記録する手順はこうだ。
まず、白紙のスクロールに魔力を込める。
この段階では一気に魔力を注ぎ込むのではなく、
ゆっくりと魔力を注がないと破れたりなど、破損することが多いらしい。
そしてゆっくりと魔力を注いだら、
その魔力が逃げないうちに魔法をその紙に打ち込むことが必要になる。
補助魔法であっても攻撃魔法であってもその紙を対象にすれば良いという。
もし仮に戦闘中に相手の魔法を吸収するとなると、
わざわざ戦闘中に魔力をスクロールにじっくりと注ぎ、
注ぎ終えたらすぐに相手に魔法をこのA4サイズの紙にきちんと当ててもらう必要がある。
まぁ、実践ではそんな暇はないだろうな。
「それに、スクロールはあくまで魔法を記録するもので吸収はしません。
やったことは無いですけど、
これを盾みたいにして防いだところで持ち主は普通にダメージを食らうと思います」
「じゃあ……どうやっても無理か」
「適当な弱いモンスター相手に、
しょぼい魔法を記録させることくらいはできると思います。
ただ……上級の奴らは平気で多段の魔法で追尾をつけてくるからまず無理ですね」
ソフィは淡々と現実を突き付けてくる。
最強の魔法に対してこの紙一つで無効化する……
みたいなシーンを想像してたんだけど、そう簡単にはいかないみたいだ。
……まあそれは置いといて。
「――で、その貴重なスクロールはどこで手に入れたんだ?」
「ハイドです。ハイドが置いていきました」




