第十九話 ⑤ 痛烈義賊批判
「ハイドって盗賊職なんだろ?いつもは何をして過ごしているんだ?」
「ボクかい?ボクはねぇ……
日夜義賊としての職務を全うするために情報を集めたり、
建物に侵入したりして街を飛び回っているよ」
先ほどの一件のせいか、少し距離をとって座るようになったハイドは得意げに答える。
「……それって普通に犯罪じゃないのか?
そもそも盗賊が職になってる事も意味が分からないんだけど、
捕まったりしないもんなのか」
俺の質問の何がおかしいのか、ハイドは足をぷらぷらとさせながら快活に笑った。
俺たちは馬車の荷台に座りながら話をしていた。
俺達が助けた?商人からは礼を言われ、そのお礼として馬車に乗せてもらえることになったのだ。
馬車は魔物によって逆走させられていたところだったので、俺達と向かう方向は同じらしい。
だから黄色のハンカチが付いていたわけで。
足のつかない交通手段が欲しかった俺達としては願ってもない申し出だったので、ありがたく受け入れることにした。
こうして筋肉痛の体を酷使せずにいられるのは、気前よく荷台を貸してくれた商人さんのお陰なのである。
「捕まるか捕まらないかで言うと、普通に捕まるよ。盗みは犯罪だからね」
ハイドは悪びれる様子がない。
じゃあどうして……と浮かんだ疑問を先回りするように、ソフィが口を挟んできた。
「盗賊が職になるってことは、
取り締まる側よりも盗賊が上手ってことです。
例えばこの子には優秀なスキルがあるせいで捕まえられる心配が殆ど無いので」
「あぁ、社会のシステムが機能してないってことか。
でも、優秀なスキルって……?」
「スキル名と詳細は教えてくれないんですけど、
とにかく捕まえて拘束しても檻の中に閉じ込めても、
この子の前では全部無駄なんです。
捕まえた次の瞬間にはスキルを使って逃れるって言うか、通り抜けちゃうって言うか……」
通り抜けてしまう……。
確かにさっきソフィと戦ったときも、押さえつけられていた状態から一瞬で抜け出していたな。
「盗賊にぴったりのスキルだろう?おかげで毎日が楽しいよ」
ニッコニコじゃん。
確かに、盗賊が持つとかなり面倒なスキルだな。
面倒というよりも、どうしようもない寄りのスキルだ。
「どうやっても止められないので、
やろうとするなら死刑にするしか他に方法はないのでしょうけど……
自称している通り義賊のようななことをしてるので許されているみたいです」
なるほどな。
流石に盗みをしただけで死刑にはできないもんな。
そんなことしたら変な前例を作ることになる。
法治国家において前例は重要な意味を持つものだ。
「義賊って言うとやっぱり、金持ちを狙って貧しい人にそれを分配したりするのか?」
だとしたらちょっとそういうの憧れがあるんだけど。
しかしハイドは首をふる。
「一般的に義賊と言えばそうかもしれないけれど、ボクはそういうの嫌い。
金持ちだって努力をして金持ちになったんだから、妬むのはお門違いだよ」
意外な答えだ。
まぁ、確かに言われてみればそうかもしれないが……
義賊が狙う金持ちってのは裏で悪い事をしているやつなんじゃないのか。
ソフィは微妙な顔をしている。
自身が貴族の生まれのはずなので、思うところがあるのだろうか。
「ましてやそんな理由で盗みを働いて、
人の財産を配っていい事した気になるのは偽善者もいいところだよ。
思想は人によって違うんだから、
そんなちっぽけで独善的な悪事を美談として語るのはどうかなぁって」
ハイドは頬をふくらませて憤慨する。
じゃあお前はなんなんだよ。と、つっこみたくなってしまう。
俺からすると義賊なんてものは、存在自体が偽善な気もするが……
満足したのか、ハイドはふうとため息をついて、どこからともなく飲み水を取り出して飲む。
ハイドは服以外のものを一切身に着けていなかったはずだが。
俺は目を疑ったが、ソフィはそれを見ても何も驚かない。
一息ついてまた飲み水をどこかにしまうと、そういえばとハイドが話題を変える。
「聞いた? 王国と魔王軍に繋がりがあるっていう疑惑があるらしいね」
ソフィはあぁ、と肩をすくめた。
「それは身にしみて感じてます。まさにそのせいで今私たちは王都を追い出されてるので」
「そっか、そういえばそうだった」
呟くようにハイドは言ってから話を続ける。
なんか変な返答だった気もするけど。
「聞いた話なんだけど……転移して来た“廃人”の行方が、
どうやら公式の記録から消えてるって疑惑があるんだよね。
それである一説によると、魔王城へと送られてるっていう噂があって。
おもしろくない? 廃人なんて、何に使うんだろうね」
「廃人ってのは確か……
一度死を経験したことで精神が壊れて何もできなくなった転移者の事だよな?」
うろ覚えで不安だったが、ソフィは頷いた。
「そうですね。
確かに……廃人という存在自体は知ってましたけど、
その後については考えた事はなかったですね。
だからと言ってその噂を真に受けるのもちょっとどうかと思いますけど」
「情報源は明かせないけど、適当なうわさ話をしているわけじゃないよ。
真実かどうかは置いといて、君たちの耳に入れておいて損はないかなって思ってさ」
「……確かに損はしないけど、得になるものか? それって」
「どうだろうね。キミたち次第じゃないかな」
まぁなんにせよ国を抜けてきて正解だったな。
国ぐるみで変なことをしているとなれば、あのまま王国にとどまっていてもどうしようもなかっただろう。
「ほーんと物騒な世の中になっちゃったよね。
近頃だと国の宝物庫からもまたなにか大事なものが盗まれたみたいで……。
いや、ちがうよ? ボクじゃないってば、ほんとに。ほんとうに!」
◇ ◇ ◇
日が暮れかかったころになって、ついに俺たちの快適な馬車旅は終わってしまった。
別方向へと向かう商人と別れて、ここからは徒歩で旅を続けることになる。
かなりの距離を馬車に乗せてもらったので、頑張れば明日にでも次の街ルティスに着くそうだ。
かなり嬉しい誤算になった。
日が沈んだ後も、ご無沙汰だった暗視効果のある忍びマスクをつけて歩き続けた。
ハイドは盗賊職なので特技として暗視は習得しているらしい。
「ボクは暗視効果Maxまで習得してるからね。
効果発動時は今が昼か夜かも分からないくらいだよ」
「それは流石に盛りすぎでしょ」
冷静にソフィがたしなめる。
「こういう効果レベルって何レベルで最大なんだ?」
「それこそ効果によってまちまちだけど、
こういうどの職業でも習得可能な特技は10が最大値になっていることが多いかな」
レベル10か。
確か俺たちの持っているマスクはlv5だったから、Maxともなると相当なんだろうな。
ふわぁ、とハイドがあくびをする。
「キミたちはそろそろ休まないのかい?」
少し眠そうな目をしていうr。
そろそろとは言うけど……まだそんなに遅い時間ではないと思うが。
標準時にして夜7時半といったところだ。
ソフィと俺はまだ起きていられそうだったが、
少し多めに休んでも予定はそんなに変らないとみて今日はここらで休むことにした。
俺たちは一つの二人用テントしか持ってきていないのに、そこにハイドも加わって寝ることになった。
ハイド用の寝袋は当然ないのだが、ソフィはハイドに自分の寝袋を譲っていた。
ハイドに対しては当たりが強い言動が目立つが、ソフィは基本的に誰に対しても優しい。
流石にそこまでしてもらわなくていいよとハイドは断り、衣類を毛布代わりに掛けて寝ることになった。
そこそこ広いはずのテントも、三人が並んで寝るとなると流石に少し手狭に感じた。
「盗賊のくせに相変わらず寝るのが早いです」
寝袋には入らずに、その上でゴロゴロしながらソフィはからかうように言う。
「それこそ盗賊って夜に強いイメージだったんだけどな」
ハイドはもう、布団(仮)に入って目をつむっている。
「どうして? 盗賊だってできるなら早くに寝たいよ」
まだ起きてたんかい。
「どうしてって……みんなが寝ているうちに盗んだ方が安全だからじゃないのか」
「まったくもって無駄な先入観だと言わざるを得ないね。
見張りがいようが、人が起きていようが盗むのは同じく容易な事だよ。
ゆえに、眠い夜は早めに寝て、好きな時間に盗むに越したことはない。おやすみ!」
言ってハイドは布団を深くかぶり、動かなくなった。
「それはできる奴の言う事であって、先入観なんかじゃないと思うけどな」
俺の言葉はもう、眠りについたハイドの耳には届いていなかった。
ソフィはハイドの寝顔を見てつぶやく。
「夜に盗みに行かないのだったら、暗視効果は何のためにとったんでしょうね」
俺は笑ってしまった。確かにそうだ。
「わざわざレベルMaxなんかにしてるしな」
ソフィはくすくす笑った。
夜の静けさの中に、わずかにハイドの寝息だけが聞こえる。
「不思議な子ですよね。つかみどころが無いっていうか」
「まぁ、今日会ったばかりの俺が言うのもなんだけど……
この感じだと長くいても分からないだろうな」
「そうですね。私もそこそこ前から知り合いではあるんですけど、未だ」
「名前も教えてくれないようじゃあなぁ……」
極度の秘密主義の割には明るく活動的な性格をしているのもミスマッチな感じがする。
まぁ、盗賊職はミステリアスでなんぼっていうところあるしな。
そうじゃなきゃ張り合いが無い。
「明日はどうするつもりなんだろうな」
今日一日だけ一緒に行動するという話だったのだが、
進む方向が同じなら別にわざわざ別れなくてもいい気するんだけどな。
「先輩が起きるころにはもういないと思います。この子、早起きなので」
「そうなのか」
盗賊らしい引き際というべきかもしれないが、それはそれで少し寂しいな。
「あと、もしかしたら……」
そう言いかけてソフィは口をつぐむ。
「……なんだよ」
俺が訊いても、ソフィは何でもないですと首をふる。
「このままだと気になって眠れないだろ」
「悶々と悩むといいですよ。人生にはそういう夜も必要です」
よく分からない返しで煙に巻かれてしまった。
「明日になればわかります。おやすみなさい」
ソフィはランプに手をのばし、火を消した。




