表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/170

第十九話 ④ 正体不明

「こんにちはぁ」


 目の前の行商人に声をかける。

 あえて道の真ん中を歩き、馬車を止めざるを得ない状況。


 行商人は青い顔をして後ろを気にするそぶりを見せながら、申し訳なさそうに眉を寄せた。

「すみませんが、今ちょっと急いでいまして……」


 そこをどいてくれというのを言外に含めた言い方だ。

 後ろにいる奴らの指示で、余計なことをせずに街まで行けと脅されているのだろう。


「そうはいきま……いかないんだなぁ」

 俺の隣のソフィは、精一杯の悪そうな声を出して言う。

 別に悪そうに聞こえないけど。


「ほら、痛い目に会いたくなければ荷物を置いてきな」

 と、刀を抜いて行商人に突きつける。


 俺たちは深くフードをかぶり、顔が見えないようにして追いはぎを演じていた。

 我ながら演技が下手なのが分かる。


 俺は嘘が吐けないので、なんだか良く分からない感じになっている。

 ソフィに至ってはおままごとにしか見えない。

 それでも正常な判断力を失っている行商人は、おのれの不運を嘆いて泣きそうになっていた。

 ごめんよ、でもあんたのためなんだ。


「早く荷台を開けろ」


 行商人は怯えながら、荷台にまわった。

 荷台を開けると、全部で6人の子供が震えて縮こまっているのが見えた。

 魔物は五匹だけのはずなので、

 奴らは俺達の会話を聞いて機転を利かせて姿を変えているらしい。


「こいつらはお前の子供なのか」


 怯えた様子で首を縦に振っていた。

 おそらく街の検閲でも同じことを言うようにあらかじめ言われていたのだろう。

 そうなると魔物の目的は、街への侵入だったってことになるな。


「じゃあ今から荷台を漁らせてもらうが、その間に何かされると面倒だ。

 お前、こっちにこい」

 子供のうちの一人を指さす。


 もちろんこの女の子が唯一の人間だ。

 適当な一人を選んだように見せかけたが、スキルで容姿を細かく確認してある。

 人質を取って動けなくする手口に見せかけて、女の子を魔物から遠ざけることができる。


 これで戦いに巻き込まれることはないだろう。

 子供は言われた通りこちらに歩いてくる。

 よし、これで5体の魔物相手にソフィが安全に戦える状況が整った。


 ソフィの顔がフードの下で緩むのが見えた。

 ひとまずは作戦の成功に安堵し、こちらに来た女の子を安心させようと、

 俺が頭に手をやろうとしたその瞬間。


 俺の体は、投げ飛ばされていた。

 その女の子によって。


 俺の頭は真っ白になっていた。

 間違いなくこの子は人間のはずなのに……

 なぜ?

 なぜなんだ?


 どう、と俺は背中から地面にたたきつけられる。



 その少女は即座に身を翻して俺の元を離れ、ソフィに襲い掛かる。

 ソフィもそれに反応し、相手に向かって右手を払う仕草をした。


 一瞬少女の動きが遅くなるのがわかる。

 行動鈍化の魔法。


 しかし次の瞬間には解除され、少女はソフィに右手を伸ばす。

 行動鈍化の魔法はそんなに早く切れることはないはずなのだが、これは少女の何かの技なのだろうか。

 少女はそのまま右手でソフィの肩をつかみ、軽い身のこなしで体重に乗せて投げ飛ばそうとした。


 しかし、つかまれたはずのソフィの右肩はもろく砕け散り、

 少女は投げようとしたものが急になくなった感覚に戸惑って転がってしまう。

 そして転がった先で一度受け身を取り、体制を取り直そう……とするも、

 今度は手をついた地面が沈み込み、さらに体制を崩してしまった。


 ソフィは自身に移動速度のバフをかけ、

 一瞬で畳みかけるように体勢を崩した相手に近づき拘束してしまった。


 強い。

 俺はこの世界で初めて対人戦を目の当たりにしたが、明らかにソフィの戦い方は洗練されている。

 今の戦いも、行動鈍化、相手の目測を誤らせる光学魔法、地盤を緩める泥沼魔法、移動速度強化と、全て攻撃魔法ではなく補助魔法のみで戦っているのに勝ってしまった。



「……強いと思ったらキミだったのか。

 魔導士は近接攻撃に弱いなんて真っ赤なウソだねぇ」


 予想外の親し気な口調に、思わず少女の顔を覗き込む。

 みすぼらしい布に体を包んでいた少女は依然小柄な体躯のまま、見た目がだけが大きく変わっていた。

 中性的な顔立ちに、機能的で身軽な装備を身にまとった少女。

 頭にはグレーのハンチング帽がちょこんと乗せられている。


「それを言ったら盗賊はそもそも積極的に戦う職じゃないでしょ」


 ソフィはあきれたように言いながら彼女を押さえつけている。

 お互いに顔が見えたらしく、口調が知り合いに対するものに変わっていた。


「ちょっと痛いから離してくれよ。

 ボクだって不埒な追いはぎを懲らしめようとしていただけなんだからさ。

 何も悪いことをしようとしたわけじゃないんだ……よっと!」


 彼女は弾みをつけたかと思うと、がっちり押さえつけられていた状態から一瞬で抜け出した。

 身のこなしで抜け出したというより、本当に通り抜けたように見えるのだが……


「あーあ。ボクのお気に入りを土で汚しちゃってさ……」

 言いながら、帽子についた土を払い落とす。

 俺はいつものごとく置いてけぼりを食らっていた。


「……この人は誰なんだ?」


 俺がソフィに尋ねると彼女が口を開く前に本人が答えた。


「ボクに名前はないよ。

 そういう、正体不明の義賊ってかっこいいだろ?

 だから僕は名を名乗らないようにしてるんだ」


 そういうロマンは分からんでもないが……普通に不便じゃないのか。


「ただまぁ、僕のことはハイドって呼ぶ人が多いから、

 追いはぎ君もそう呼んでくれてかまわないよ」


 なんだこの人。

 ソフィの知り合いには変な人しかいないのか。


「ところで、どうして君は追いはぎの真似なんかやっているんだい?」

「それは後で説明しますから、今は魔族の方を何とかしないと……」

「あのねぇ。ボクが魔族なんかをほったらかしにしてると思う?

 もうとっくに手は打ってあるんだよ」


 5人の小柄な少女たちがいたはずの馬車の傍には、

 醜悪な外見をした魔物が転がっていた。


「生け捕りにしておけば何かに使えるかと思ってそのままにしてるけど、

 気に入らないのであればいつでも言ってくれれば」

「いや、それはいいんですけど……」


 女の子の姿に化けた状態で俺を投げ飛ばした後でソフィと戦い、拘束されている間にはどう考えても魔族の方に手をかけられるタイミングがあったわけがない。

 ならいつの間にそんなことをしていたんだ。


 俺たちはハイドと行商人に追いはぎのフリをして助けようとしたことを説明する。

 俺たちは結果的には何もできなかったのだが、行商人には助けてもらった礼を言われた。

 この世界で善行の礼を言われたのも、初めてのことかもしれない。


「それで?どうして魔物なんかと一緒に荷台に入ってたんですか?」

「なんでって……魔族が悪事をしていたらそれを阻止するのは当然のことじゃないか」


 ハイドは胸を張って答える。

 こんな感じなのに意外と正義感が強いのか?


「悪事を阻止するのに一緒になって荷台に乗り込む必要はないですよね?」

 ソフィの正論にハイドは目を泳がせて言う。

「それはぁ……ねぇ?人間に変身して街に潜入するとか、なんか楽しそうだなって思っちゃって……」


「楽しそうとかそういう問題じゃないでしょ……」

 呆れたようにソフィは目頭を押さえる。

 なかなかの自由人のようだ。


「じゃれてるところ悪いんだけど、ハイドはこれからどうするつもりなんだ?」

「そうだねぇ。

 本当はアルネで何かめぼしいものを探すつもりだったんだけど、

 どこかの追いはぎのせいでできなくなったからなぁ」


 正しい事をしたのに泥棒に文句を言われてもな。


「私達は何も悪い事をしてないです。

 結果的には魔族の侵入を防いだうえに、意地汚いコソ泥(・・・・・・・)の侵入も防いだんですから」

 ソフィの余計な発言に、ハイドは眉を吊り上げる。


「あのねぇ、ボクはちゃんとした理念に基づいたまともな義賊であって、

 そこら辺の馬鹿で意地汚いコソ泥とは一緒にしてほしくないんだよ」

「泥棒にまともも何も無いでしょ」


 にべもなくあしらうソフィに対し、ハイドは声を上げて反論する。

 なんだか楽しそうだな。子供の兄弟げんかみたいで。



「今、魔王軍襲来のせいで街の検閲が敷かれてるっていうじゃん?

 それだとボクは確実にはじかれちゃうんだよね。

 だからアルネに向かうことができないわけで……」


 口をとがらせてハイドは言う。


「それくらい本気出せばどうとでもできるくせに」

「まぁ、とにかく僕は今向かう場所も食料もなくて非常に困っている訳だよ」


 見たところ、確かに荷物は何も持っていないように見える。

 これでは一日と持たずに餓死してしまうだろう。


「俺たちのパーティに加えてあげたらどうだ?」

「駄目です。今は困っているだのなんだの言ってるけど、

 これはお得意の都合のいい嘘なんですから、真に受けないでください。

 この人に限っては、何もない砂漠に一か月放置したところで死なないんですから」

「そんな人をゴキブリみたいに言わないでくれよ」


 肩をすくめるソフィに、ハイドは目を細めて笑った。

「……そんなこと言って、二人きりで旅をするのを邪魔されたくないだけなんだろ?」

 ハイドはソフィを肘で小突く。


 しかしソフィは意外に強い人間なのだ。

 こういう質問にたじろぐと思ったら大間違い。


「その通りです。だから邪魔者はさっさとどっか行ってくれると助かるんですけど」

 そうバッサリと切り捨てる。


「あれ……?」

 ハイドはぽかんと口をあけている。


「あなたは知らないかもしれないけど、私達は一緒のベッドで寝る仲なんです」

 ソフィはわざとらしく腕を絡めてくる。

 ハイドは口をあけたまま、声も出ない様子だ。


 実際には一緒のベッドで寝た事は無いが、割と近い事はあった。

 まぁ、言い方も相まって過激に聞こえてしまうが。


「それこそおとといなんかは一晩中寝かせてくれませんでしたし、先輩のうえに乗って気持ちよく……」

「ごめんごめんごめん、ボクが悪かったからもうやめて……」

 顔を真っ赤にしてハイドはうずくまる。


 マジで誤解を招く言い方はやめてやれよ。

 おとといは確かに一晩中寝られなかったけど、ただ単に歩き続けていただけだ。

 後半はおそらく俺の背中に乗る、

 つまりおんぶをして気持ちよく眠ったというだけの話なのだが……


「でも、本当にそんな関係だなんて知らなかった……。

 もしかしたらボクが知らないだけで、皆も裏では大人なことしてるのかな……」


 ハイドは強烈なカウンターを食らってたじたじになっている。

 これは相手が悪かったな。



「いや、ごめん。さっきのはちょっとボクの計算ミスだったよ。

 降参するから、今日一日だけでも行動を共にさせてくれないかな?

 手持ちの食料が心もとないのは事実なんだよ」


 しばらくハイドはうずくまって行動不能に陥っていたが、回復すると今度は素直に頼み込んできた。

「俺たちはこれからルティス経由でガルドに行く予定なんだけど、それでもいいのか?」

「うん。ボクはガルドに用はないけれど、方向は一緒だから」


 切実なお願いとあらば、断るわけにもいかない。

 結局今日一日だけ、ハイドと行動を共にすることになった。

 ただ……とハイドはこちらをちらちらと見ながら口を開く。


「ボクはソフィアと違って、貞操観念はしっかりしているからね。

 キミが変なことをしようとしたら、すぐに逃げるから」


 びしっと人差し指を突き立てて俺の方へ宣戦布告をしてきた。

 ……初対面の相手に、おかしな誤解をさせてしまったみたいだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ