第十九話 ③ 馬車と違和感
「もう昼ですね。そろそろご飯にしましょうか」
ソフィは目を細めて空を見上げる。
太陽は真上に昇っていた。
正午、お昼の時間だ。
ソフィは座れる場所を探してうろうろしている。
俺たちの今歩いている道は、もちろんアスファルトで整備されているわけではない。
たくさんの人や馬車が通り、赤茶けた土がむき出しになっている状態になっている。
道の脇は草が生えており、綺麗な緑の芝生で覆いつくされている。
俺たちが歩いてきた方を見ても、もうアルネの街は見えない。
地平線というものはかなり遠くまで見えるものなのだが、それだけ歩いたという事なのだろうか。
そうでなければそもそもこの星の大きさが地球とは違うとか?
いや、そうなると重力に違和感があるはずだが……
それでも万有引力は質量によるから、小さくても物質構成が地球より質量の大きいものなら……
「ここがいいんじゃないですか?」
ソフィは道から少し離れたところで俺を呼んだ。
俺がどうでもいい事を考えている間にソフィは休む場所を決めてくれていた。
「いい眺めだな」
そこは少し高い丘のようになっていて、見晴らしがよかった。
綺麗な緑の芝生で、確かに腰を下ろすのに丁度よさそうな場所だ。
「よいしょ……っと」
ソフィは荷物を下ろす。
俺も背負っていた荷物を下ろそうとすると、腕に激痛が走った。
「いっっ……」
うめき声を噛み殺しながら俺は座る。
話ながら歩いているときはあまり意識していなかったが、やはりまだ腕に負担をかけると痛むな。
ソフィはバッグの中を探り、食べ物を取り出している。
昼飯はサンドイッチだ。
「これが最後のまともな食事になるので、大事に食べてくださいね?」
そんな大げさなことを言いながらソフィはサンドイッチを渡してくる。
実際、今日の晩飯からは固いパンと干し肉のみの食事になるのだから間違ってはいない。
礼を言って受け取る。
サンドイッチと言っても、俺が食べたことのあるふわふわの食パンのサンドイッチではない。
どちらかというとこの世界ではポピュラーな、丸くてかたいパンをスライスしたものに適当な野菜と燻製肉をはさんでいるだけのものだ。
俺の知る限り中世にサンドイッチを作る習慣はなかったので、これまたどこかの転生者がドヤ顔で布教したのだろう。
それでも十分おいしいので文句を言うつもりはないが。
隣を見ると、ソフィはうまそうにサンドイッチをほおばっていた。
「……足りなかったですか?」
ソフィは手を止めて聞いてくる。
俺がソフィをみている理由を勘違いしたらしい。
「いや、うまそうに食うなーって思って」
「……食べづらいです。あんまりじろじろ見ないでください」
素直に答えたら顔を赤くして拒絶されてしまった。
まぁでも食べるところをじろじろ見られるのは不快に思うのはあたりまえか。
俺は食べるのが早いのでいつも食事をするときは人を待つ側になる。
辺りの景色を見ていると、遠くの方に馬車が走っているのが見えた。
どうやら俺たちの向かう方から来たらしい。
「商人みたいですね」
馬車はかなりのスピードで道を進んでいた。
黄色いハンカチが御者の座る部分に結び付けられていて、ひらひらと風になびいていた。
「商人って俺達でも買えるものとか売ってるのか?」
「まぁ、買えないこともないですけど」
ソフィは最後のひとかけを口に放りこむ。
金は多少持っているし、気になるものがあったら買ってみてもいいな。
と、隣のソフィを見ると、首をかしげながら馬車の方を見ていた。
何かを訝しむような眼だ。
こぼしたパンくずを払い落としてソフィは立ち上がって言う。
「馬車の荷台に魔物は?」
……魔物?
『荷台には魔物が五体、人間が一人います。全て下級に分類されるものです。』
おっと。
「魔物が荷台にって……あれは魔物を運んでるところなのか?」
「いえ、違います。御者さんは人間で、恐らく脅されて走っている所でしょう」
「……なんで分かるんだ」
ソフィは御者の座る部分を指さす。
「御者台に結んである黄色いハンカチです。
黄色のハンカチは東方向へ進む馬車の目印ですから……これだと方向が真逆です」
聞くと、商人の間では荷物が混ざるのを防ぐために、
方角によって色で識別できるようにするというルールが定められているらしい。
真逆の方向へ走る馬車の荷台に魔物が五匹。
確かに、それは妙だな。
。
「それに、明らかに馬車の速度が早いです。
ルティスとアルネの街って相当離れてますから、
そんなに飛ばしていたら馬が持たないはずです」
徒歩で三日以上かかる場所を急ぐとなると、それ相応の理由があるはず……か。
言われてみれば確かにそうだ。
そこに違和感を覚えて、スキルを使ってみたらドンピシャだったと。
なかなか偉い。
「状況からして、御者の商人が五匹の魔物に脅されて走らされている……
と考えるのが自然でしょうか。早く助けてあげないとあの人が危ないですね」
異常事態だということは分かったが、俺達にできることはあるのか?
もちろんできることなら困っている人がいれば力になってやりたいが。
「……どうしましょうか」
と、ソフィは俺の顔を見て訊いてきた。
そんなこと、俺に訊かれてもな……
馬車からはまだ距離があるが、あまり時間があるとは言えない。
早く決断しなければ救えるものも救えない。
「御者は人間で、荷台にも人間がいるとなると……
御者だけ逃がしても解決にはならないな。
人質さえいなければ荷台をふっ飛ばせば済む話なんだけど」
「それはそれで商人さんに怒られます」
「何はともあれ一度馬車を止めさせて、
みんなを外に出してから……そこでなんとかする必要があるな」
「そうですね。
荷台にいる人間と魔物を分けてあげないと、
人質を取られて面倒な事になりそうです」
普通に物を買いたいと持ち掛けても、おそらく急いでいるだのなんだの言われて躱されてしまうだろう。
商人の物である馬車には傷をつけたくないので、馬車を止めさせるだけではどうしようもない。
なんとかして御者も含む7人を外に引っ張り出さなくてはならない。
普通に考えて、荷台にいる人を下ろす口実なんてあるか?
なかなか難しい問題にぶち当たってしまったことを実感する。
「でも、もし戦闘にもちこめたとして戦えるんですか?
先輩今、筋肉痛なんですよね?」
あ。
俺は少し黙った末に絞り出すように言った。
「戦えないです……面目ない」
「魔法も……ですよね」
魔法を行使するためには、魔力を体中に巡らせる必要がある。
それに伴って血流が異常に良くなるらしく、筋肉痛の腕が刺激され、死ぬほど痛くなる。
ソフィはため息交じりに言う。
「相手が魔物だという事しか分かってないので何とも言えませんけど、
戦闘は私が何とかします。……ただ、人質を使われるとまずいですね」
意外にもソフィの言葉は心強かった。
じゃあ、荷台にいる人さえなんとか保護できればいいわけか。
馬車は徐々に近づいてきている。なんとか解決策を出さなくては。




