第十九話 ① スキルを封じる結界
「大丈夫……ですか?」
ソフィは心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「まぁ、何とか荷物背負って歩くくらいはできそう……かな」
言いながら手に持ったパンをちぎろうとして、腕に激痛が走った。
思わずうめくと、またソフィは心配そうに眉をよせた。
俗にいう筋肉痛である。
これは昨日、あり得ないぐらい重い荷物を両手に持たされて市場を練り歩いたのが原因だ。
朝食のパンをちぎろうとしただけで上腕二頭筋が悲鳴を上げる状況。
コップを持ち上げるのも、歩くときに手を振る動きですら多少痛むほどだった。
今日一日は休んでもいいんだよとソフィには言われたが、筋肉痛ごときで一日を無駄に過ごすわけにはいかない。
というか、追われる身なのにここに留まるのは流石に危なすぎる。
まぁ、いつかは治るだろう。
そう考えて当初の予定通り、朝にアルネの街を旅立つことにする。
流石に荷物は二人で分担して持つことにした。
俺はこれまで、女の子に重い荷物を持たせる事は無いように配慮してきたつもりだったのだが……
ソフィは冒険者として普通に高レベルなので、
筋力のいらない大魔導士といえども俺よりも余裕で力が強いらしい。
いらぬ気づかいだったとは思わないが、毎回全部俺が持つ必要はなかったな。
「じゃあ、行こうか」
未だ心配してくれるソフィを振り切るように、宿を後にする。
向かう方向は市場とは逆方向にある門である。
門には昨日と同じ門番がいた。
街を出る俺たちに会釈をして、お気をつけてと声をかけてくれた。
礼儀正しくて気分が良い。
王国からアルネの街までは一本道だったが、ここからは道が分かれている。
ガルドまで行く途中にルティスという街があるので、まずはそこを目指す。
ソフィはガルドまで一度行ったことがあるそうだ。
迷わないようソフィに従って進んでいくことにした。
「大丈夫? 重すぎないですか?」
ソフィはやはり心配そうに訊いてきた。
実は歩いているだけで結構きついのだが、弱音を吐くわけにはいかない。
大丈夫だよと言って安心させ、話題を変える。
「今はとりあえず王都から離れるためにガルドに向かってるけどさ、
向こうでは一応やることがあるんだよな?」
「そうですね。リェルド高等魔術院にいる、父の旧友に合うのが目的です」
その話は鼠からも聞いた。が、あの時の感じでは……
「その……なんだ。
魔術院に行ってもその人に会えなかったら、どうするのかなって思ってさ」
ソフィは眉を潜める。
俺の言いたいことが良く分からないらしい。
「会えなかったらですか……。
でも、探すしかないですね。
何をしてでも見つけ出して、先輩の記憶を取り戻してもらいます」
「その人が魔王城に居てもか?」
「まぁ、そうですね。もしその人がそこにいるなら」
どうしてそんなことを聞くのだろう、という顔をしていた。
俺も良く分かっていないんだけど……そうならないことを祈ろう。
朝の空気がおいしい。若草の香りと澄んだ光が体に染み渡る。
ここらは一面の芝生が広がっていて、歩いているだけで心が洗われるようだ。
今日は一日中歩きどおしになるが、こんなに心地いい場所ならいくらでも歩けそうだな。
歩いたその先が魔王城につながっているというのは、なんとも気分の落ち込む話ではあるが。
そんなことを考えながら歩いていると、俺はふと疑問が浮かんだ。
隣で楽しそうに土を蹴り上げているソフィに尋ねる。
この子はいつでも楽しそうにしてるな。いつも元気をもらえる。
「ガルド領は魔王城に近いっていうのは聞いたことあるんだけど、
向こうに行ったら誰でも魔王城に挑めるもんなのか?」
先ほどの話じゃないが、
魔王城というのは俺のような奴でも気軽に入れるものなのだろうかと気になった。
俺の知っているRPGなんかは結界なんかが張っていて、
その封印を解くために世界各地を回ってアイテムを集めたりしていたものだが。
「そうですね……一応誰でも、挑むこと自体は可能です」
「へー。なら、なんで勇者とかは今すぐ殴り込みに行かないんだ?」
「まぁ簡単に言うと、勝てないからですね」
そんな単純な理由。
存在だけで魔王軍の襲撃を食い止めてきた勇者が、
いまだ勝てないとなると相当じゃないか?
話を聞く限りではスキルのおかげで敵なしで、
いまだ世界が救われていないのは、
何かしらの手順を踏んでいないから……なのかと思っていた。
「もっと言うと魔王城には特殊な結界が張られていて、
城内では全てのスキルが無効化されるんです。だから野戦とちょっと勝手が違ってて」
スキル無効化の結界。
スキルだけってことは、攻撃とか回復とかのための技とか魔法は縛られないのか。
「それがそんなにきついのか?
俺の知っているゲームとかだとそもそも結界があると中に入れないとか、
回復魔法が使えないとか、もっと強い効果の結界があったけど」
ソフィに対してゲームに例えてどうする、と一瞬後悔したが、
気にする様子もなくスルーして答える。
「そう思うじゃないですか。
実際、もっと強力な結界も存在するんです。
本来なら、魔王城を万全な守りにしたいはずなのに、
あえてスキルのみを縛っているんです。理由、わかります?」
……なんでだろう。
「丈夫な結界だと維持が大変だから……とか?」
「そうですね、それも理由の一つです。
侵入を防ぐ結界なんて上級も上級のすごい魔法ですから、
消費魔力量はかなり大きくなります。
幹部クラスでも一人では維持し続けるのは難しいでしょう。
まぁ、使ったことないので正確には分からないですけど」
やっぱりそういうものなのか。
だけど、これは理由の一つに過ぎないらしい。
「他の理由っていうのは?」
「スキルのみを無効にする結界は、本来あまりに限定的すぎる、
効果としてはあまり強くない結界なんです。
だから他の種類の結界と比べると、
多少は維持だけじゃなくて展開も簡単になるんですよね。
術者の替えが効く、と言えば分かりやすいでしょうか。
もちろん魔王城は広いので、全域にかけるとなれば術者の熟練度は多少必要ですけど」
ソフィの説明で話がやっと見えてきた。
定番のRPGでは城の結界は各地に散らばる有力なボスを倒すことで解放されるものだ。
これは、それくらいの有力者にしかできない、任せられない仕事だから。
しかし、簡単な結界であれば代わりが効くため、攻略側としては対処がしづらいのだろう。
それでも……
「スキル無効化をかけることのメリットは分かったけどさ、
それをやった上でほかの結界も張ればいいんじゃないのか?」
「これが違うんです。
用心を重ねた方がいいのは確かですけど、
この場合はスキル無効化の結界だけで充分なんですよ」
そんなことあるか?
スキルも大事だけど、結局戦闘で重要なのって結局ステータスと技と魔法なんじゃないのか。
俺みたいな転移者はともかく、スキルに頼らない強い冒険者だってこの世界には……
いや、そういうことか。
「……それってもしかして、
この世界の冒険者の上位層が転移者ばっかりだってことに関係があるのか?」




