第十八話 ④ はじめての隠し事
「どこに行ってたんですか? 探したんですよ」
ソフィは腰に手を当てて頬を膨らませる。
宿に戻ってきたのはいいものの、ソフィはお冠の様子だった。
わざわざベッドの上に乗って仁王立ちの姿勢で俺を見下ろしている。
何かの上に立つと逆に本人のちっこさが目立つというか、
小ささが強調されてお人形みたいに見える。
……いや、そんなことを考えている場合じゃない。
ソフィには申し訳ないが、律さんに会ったことは話さないよう言われているのだ。
「いや……ごめん。ちょっといい雰囲気のカフェがあったからさ」
嘘を通すためのコツは、真実を混ぜることだという。
もともと俺はスキルのせいで嘘はつけないので本当のことを言ってごまかすしかない。
「本当ですか? でも先輩、おさいふ持ってないですよね」
やべ。調子こいて慣れないことするからややこしくなってしまった。
あの後、俺は店員さんに事情を話そうとしたら、
あの方のお連れ様からお金を取ることなんてできませんと逆に謝られてしまった。
そんな出来事を経て、俺は律さんに対する疑惑が確信へと変わったのだが……
これは流石に言い訳には使えない。
「いや……お代は結構ですって言われちゃって……」
口ごもる俺に、ソフィは大きくため息をついて言う。
「まぁ……言いたくないならいいです」
助かった。ソフィはこういう時に物分かりがいい。
容姿も相まってソフィは子供っぽい部分がよく目立つが、
こういうところはちゃんと大人な対応をしてくれる。
「そうですよね、先輩も男の子ですもんね」
……?
何か嫌な予感がする。
「アルネの裏路地は有名ですから……ちょっと興味をもっちゃったんですよね」
わかるよ、といった風にうんうんと頷いている。
「……何の話だ?」
「そりゃあ、夜になるとえっちなお姉さんが道行く人に……」
大人な対応ってのはそういう事じゃない。
これは俺の男としての沽券にかかわる。
俺は何とか誤解を解こうと奮闘するも、
結局ソフィは俺をからかいたかっただけのようだ。
そもそもこの小さな街にそんなお店はないらしい。
曰く、先輩が本当に言いたくないのなら無理に言わなくていいですとのことだ。
ソフィ様は今日も寛大でおられる。
そういえば、とソフィは話題を変えてくれた。
本当にありがとうございます。
「『魔王軍の残党』のことなんですけど」
朝に門番が言っていたやつか。
俺達は魔王軍をほぼ無傷で撤退させたはずなのに、残党がいるという謎。
「街で噂を聞いてきたんです。
昨日の早朝? に、この街の近くで魔王軍との戦いがあったらしいです。
魔物の死骸を見つけたという証言があるみたいで……
そうでなければおかしいとは思ってたんですが、
それならそれで、どうしてこの街は無事なんでしょうね」
「なるほど、確かにそうだな……」
と、答えてから思い当たる。
この件に関して、俺はその元凶に会っているのだ。
魔王軍幹部に逃げられたとかなんとか言って悔しがっていた。
このことを話せない俺は、少し気まずくなってしまう。
この世界に来てからというもの、嘘や隠し事を一度もしてこなかったので気分が悪い。
次に律さんに会うときは、何とか説得できないだろうか。
と、俺のお腹からぎゅるると音が鳴った。
思い返してみれば、今日一日何も食べていない。
ソフィはくすくすと笑う。
「ごはん、食べに行きましょうか」
ソフィは俺が帰ってきてから昼ごはんにしようと考えていたらしく、
同じくお腹が空いているという。
俺たちは外へ出た。
「おすすめの店とかないのか?」
確かここに来るのは初めてではないと言っていたはずだ。
俺は歩きながら、隣のソフィに訊く。
「わたしもそんなにここに詳しくないんですよね。
前回来たときはこじゃれたカフェに行った記憶があるんですけど、行ってみます?」
それだけはまずい。俺は全力で断った。
もしそのカフェが俺の行ったところだったとしたら、何かぼろが出かねない。
「あとは、市場の屋台に売ってるものをつまむのもいいかもしれないですね。
当初の予定では市場で食料品を調達するつもりでしたし、
どっちも出来ていいんじゃないですか?」
市場の屋台を食べ歩く……それはちょっと楽しそうだな。
俺は賛成し、また市場へ足を運ぶことにした。
人の波はさっき来た時ほどではないものの、まだ十分ににぎわっていた。
「今朝来た時に、結構いっぱい気になるものがあったんですよね」
ソフィは目を輝かせている。
俺の知っている屋台といえば焼きそばやフライドポテト、
粉ものと肉串辺りが定番だったがここではどうなのだろう。
「ほら、これとか食べたいです」
ソフィは屋台を指さして言う。どうやら汁物の屋台のようだ。
まるで子供のようにせがんでくるが、
俺はあいにく金を持っていないので、
どちらかというと俺が買ってもらう立場になっていた。
屋台のおっちゃんは親子連れですかと訊いてきたが、
子供に金を出させる親がどこにいるんだ。
ソフィは夫婦ですと答えていたが、おっちゃんには笑われていた。
出されたものはスープの中にもちのようなものが入った食べ物だった。
二人分を受け取り、近くに腰をおろす。
俺は恐る恐る口を付けたが、これが想像以上においしい。
もちの触感はあまり良くなく、どちらかというとぼそぼそしていたのだが、
他でもなくスープがうまい。
淡白なだしのスープで、一切無駄のない味付けと口に広がるうまみが最高だった。
「これ、うまいな」
俺はおもわずソフィに言う。
当のソフィは熱がってなかなか飲めていない。
さっきから口を近づけては放してと苦戦している様子だった。
何度もふーふーと冷まし、ようやくソフィはスープを飲む。
「……ん。おいしいですね」
ソフィも気に入った様子で食べている。
俺からするともちの方はそこまでだったがソフィはもちも気に入ったらしく、
幸せそうにほおばっている。
俺はとっくに食べ終えてソフィの食べる様子を見ていたが、
彼女の食べっぷりを見ているともう一杯行きたくなってきた。
「もう一杯食べたいからちょっとお金もらっていいか?」
「気に入ったんですか?」
言ってソフィは財布を渡してくれた。
俺が屋台に買いに行こうとしたとき、ソフィの独り言が耳に入る。
「あんな見た目してこんなにおいしい出汁がでるんですから、不思議です」
俺は思わず固まる。
“あんな見た目して”……?
「……?どうしたんですか?」
急に足を止めた俺を見てソフィが訊いてくる。
俺は迷っていた。ソフィの言う、
“あんな見た目”とやらの正体を聞いてもいいものか。
知りたいのは確かだが、俺はもう一杯を飲み干してしまった。
もし、仮にだがそれが……。
「……ちょっと参考までに聞いておきたいんだけど、このスープの出汁って……?」
「あぁ、出汁のことですか。びっくりですよね。こんなにおいしいのに頭が十本あって、めんたまが飛び出ててかなりグロテスクな……」
続ける前に俺はソフィの口をふさぎ、無言で彼女の手に財布を戻した。
……世の中知らない方がいい事もある。
全ての命に感謝を……
悟りを開いたような顔をしている俺を尻目に、また残っていたスープを飲み始めた。
おいしいです、と呟くソフィは幸せそうだった。
「次は何がいいですか?」
ソフィは歩きながら元気に話しかけてくるが、俺はあまり食欲がわかなくなってしまった。
「ソフィの好きなものを食べな。俺は見てるだけでいいから」
そうですか?とソフィは首をかしげたが、すぐに食べ物の屋台を物色し始めた。
市場をまわり、屋台の物を食べつつ食料品の買いだめをする。
「……ちょっと買いすぎじゃないか?」
しばらく歩き続けた末に、俺の両手は買いこんだ食料でふさがってしまった。
重くて手がしびれてきている。
「五日分は欲しいですから。保存がきくものは多く買って損はないです」
それもください、とソフィは置いてあるパンを指さす。
「アルネの街出た後って、もしかしてしばらく街無いのか?」
俺の疑問にソフィは頷いて肯定する。
「ガルドまではもうひとつ街があるだけですから、これから数日は野宿です」
そうか……
ここまでは気楽にやってきたがこれからはつらい旅になるかもしれないな。
そう思うと今度は、俺が持てるくらいの食料で大丈夫なのかと不安になってくる。
「あと、ガルド地方まで行くとまともな食事がなかなか食べられなくなるので。
美味しいものを今のうちに食べといたほうがいいですよ」
「それって、ガルド地方が魔王城に近いのと関係ある……とか」
「多分それもあると思います。
魔王城ができる前のガルド地方を知らないから正確には分からないですけど。
ガルドに常人は住めなくなったってよく言われてますから」
わざわざそんなところに今から苦労していくのか。
なんだかちょっと憂鬱になってきた。
荷物も重くて限界だし、今日のところは早めに宿に戻ってゆっくり……
「さ、行きますよ。あとこの二倍は買わないといけないんですから」
そういってソフィは歩き出す。
この二倍……?
俺は両手いっぱいの荷物を見下ろす。
俺には生まれつきこの二本の手しかないのだが、ソフィはそのことを知らないのだろうか。
俺たちが買い物を終えて宿に戻ったころには、
俺は疲労で一歩も動けなくなっていた。
ソフィと同じ部屋で寝るのは初めての事ではないにしても、
あまり健全な事ではない。
それでも今日の所は疲労のせいでちゃんと寝られそうだ。
「あと……そうだ。風邪ひかないようにだけ気を付けろよ」
布団を体に掛けて寝ようとするソフィに、律さんからの言葉を伝える。
何の脈絡もなく言ったせいか、ソフィは首をかしげながら頷いた。
そうだよな。急に言っても意味わかんないよな。
でも、これが約束なんだ。




