第十八話 ③ この世界では珍しい黒髪
「まずはあなたのことを変態ストーカー犯罪者だと勘違いして、
全力で投げ飛ばしたことを謝らせてください。
人を見た目で判断するべきではありませんでした。
本当に申し訳ありません」
目の前の女の子は長尺のセリフを一息で言い切ると、律儀に深々と頭を下げた。
俺は彼女に連れられて、腰を下ろせる喫茶店のようなところに来ていた。
丁度昼時で混みやすい時間帯のはずなのだが、店内には客はほとんどいない。
木造りの内装に部屋の隅には観葉植物が飾られていたりと、静かで落ち着いた空気が心地いい。
そんなおしゃれな空間で、俺は目の前に座る彼女から、罵倒とも取れかねない謝罪を受けていた。
「いえ、気にしてませんから……」
俺は心にもない社交辞令を言う。
彼女の名前は律というらしい。
黒髪で、かつ完全に日本名となると大体素性は絞れてくる。
近くで見ると、整った顔立ちに綺麗な目、凛々しい表情でとてもきれいな人だ。
黒髪の女性というのは、いつかちらりと見かけた勇者様を除けばほとんど見た事がない。
まさか目の前に座る人があの勇者なんてことは……流石にないか。
あの時は遠くの方にいたのをちらりと見ただけだったので、こんなに綺麗な顔をしていたかどうかまでは覚えていない。
また、ソフィに近しい人間であることは確かなのだが、見た目や雰囲気が全然違う。
それでいて、俺のことは名前しか知らないようだ。
「それで……ソフィアは最近どうしてんのよ」
開口一番に話すことがソフィの話って……
「……本人がこの街にいるのになんでそれを俺に訊くんですかね」
「わたしはまだあなたがソフィアの知り合いだという事には納得してないから……
そう、その確認のためよ」
きりっとした表情で彼女は言う。
さっき謝ってくれたのは、俺を不審者ではないと認めてくれたからじゃないのか。
知り合いである証明として俺にソフィのことを話せという事らしい。
それも含めて本人に訊けば解決すると思うのだが……
彼女はすました顔である。
注文したコーヒーが運ばれてくる。
熱いうちに飲もうと思って俺はコーヒーに口をつけようとしたが、その前に話を勧められてしまった。
「ソフィのこと、ですか……」
俺が考えていると、律さんはいきなり割り込んできた。
「……あの。
さっきからずっと気になってたんだけど、
なんであんたはあの子のことをソフィって呼んでるの?」
なんでって……
「初めて会ったときに、そう呼べって言われたから?」
「それはソフィア本人に?」
俺は頷く。何がそんなに気になるんだ。
「そう、か……いや、ごめんなさい。気にしないで」
言ってテーブルに置かれたコーヒーに、砂糖を入れ始めた。
一口も飲んでいないのに、最初から砂糖を入れていく。
なら最初からブラックを頼まなきゃいいのに。
「えっと……ソフィは元気に冒険してますよ。
最近だと魔王軍襲撃の撃退に一役買ったりもしてますし」
「魔王軍襲撃の……撃退に?」
律さんは首をかしげている。
あぁそうか、この街にいる人は分からないか。
門番は知っていたようだが、そういう仕事につかない限りはあまり周辺の地域に詳しくならないものだよな。
俺もこの街の存在すら良く知らなかったわけだし。
俺は、昨日の出来事を軽く話して聞かせた。
丁度最近、同じ話を聞かせたばっかりだったので段取りはスムーズだった
まぁこの後俺は国に殺されかけるわけだが……そこまで話すのは蛇足というものだろう。
「なるほど……魔王軍の急な撤退はそういう事だったのね。
ならやっぱり、占いの通りにここに残って良かったじゃない」
律さんは、砂糖の入った壺の蓋を閉めながら言う。
結構話が進むまで、砂糖を入れ続けていたな。
想像するだけで口の中が甘くなる。
というか、占い?
「占いがどうかしたんですか」
「あぁいや、この街には有名な占い師がいて。
その人が言うにはこの街に一晩とどまれば良い事があるという話だったから……」
話が見えてこない。
「それで、その占いは当たったんですか?」
俺が訊くと律さんはきょとんとした顔をする。
「そりゃ……当たるでしょ。占いなんだから」
そんな顔をされても、俺はこの世界の常識なんてわからない。
話を聞くにどうやらこの世界の占いというものは元居た世界のような、バーナム効果によるまやかしとは一線を画すものらしい。
システム的な能力の一部として占いは存在するため、告げられたことは必ず起こる。
そのかわり、自分の知りたいことを知りたいときに知れるのではなく、限定的な情報しか手に入れることはできないという。
必ず当たる占いなんてものが存在していいのだろうか、なんて考えていたが俺のスキルもたいがいなのでそこは飲み込んだ。
「昨夜、魔王軍がこの街の近くに来ているって聞いてね、
気が向いたからちょっとだけ散歩がてら遊んでたんだけど……
そっか、わたしの不在を狙った襲撃が失敗して、撤退している所だったのね」
それはうかつな事をしたな、と言って恥じらうように頬に手を添える。
楽しそうに語る彼女をよそに、俺は思考の整理が追い付いていなかった。
「それでなんだか慌てていたというか、急いでいたのね。
おかげで大将の幹部サマには会えずじまいで……」
口惜しそうに律さんは言う。
何からつっ込めばいいんだ?
散歩がてら遊んでて? 魔王軍幹部に逃げられてしまった?
俺があっけにとられていると彼女は軽く咳ばらいをしていそいそと話題を変えてきた。
「いや、わたしのことはどうでもいいの。それよりもあの子のことを」
律さんは膝に手をそえ、姿勢を正して言う。
全然どうでもよくないのだが。
しかし彼女は俺にかまわず話を続けた。
正直に言うと、律さんの質問はそれこそどうでもいい事ばかりだった。
ご飯はきちんと食べているのかだとか、よく眠れているのかだとか、ちゃんと体は動かしているのかなどといった、一人暮らしを心配するオカンのようなことを訊いてくる。
明らかに最初に言っていた、俺がソフィの知り合いかどうかを確かめるという趣旨から逸脱している。
それでも彼女は俺の返答に顔を綻ばせ、良い返事が聞けるとだらしなくにまにまとしているときもあった。
基本的にはきりっとした表情をしている律さんが表情を崩して笑うと、どこかソフィの面影を感じなくもない……というのは思い込みのせいだろうか。
ソフィとは一切関係のない、ただのソフィ大好きストーカーなのではないかという説が俺の中で浮上してきているので、見た目に繋がりを見つけるのはやめておこう。
しばらく質問攻めが続き、俺はたまらなくなって律さんに言った。
「そんなに気になるなら本人に訊けばいいじゃないですか」
俺の指摘に彼女はあわてた様子だった。
くるくると、冷めきったコーヒーをティースプーンで混ぜ続けている。
「わ、わたしは気になってなんかないから。あくまで、会話のついでに、訊いてみただけのこと、だからね」
ここまでくるとその言い訳は苦しくないか。
ソフィとどういう関係なのかは知らないが、心配なら本人に言えばいいのに。
めんどくさい人だ。
長らく話した末に、律さんはコーヒーをついに飲み干した。
何度も飲もうとしては断念していたところを見ると、かなりの猫舌らしい。
そこまで苦手なら最初からアイスを頼めばよかったのに。
「……今日のところは忙しいから帰るけど、またいつか会ったらよろしく。それと、ソフィアには風邪に気を付けるよう言っておいて」
律さんはこちらの目を見ようとせずに言葉を続ける。
「あと……今日のことは絶対にソフィアには内緒だからね?」
思いっきり矛盾したことを去り際に頼まれてしまった。
俺は店から出ていく彼女の後姿を見送る。
謎の多い、変な人だったな。
何かと理由をつけてソフィのことを訊き出して、明らかにソフィのことがかわいくて仕方がないという風だった。
それなのに本人には会おうとしないというのも不思議だ。
……俺も宿に帰るか。
ソフィに心配をかけてしまう。
ここで律さんと話していたことはごまかさないといけないわけだが……
正直者のスキルを持つ俺に隠し事なんてできるのだろうか。
カップに残った紅茶を飲み干して俺は立ち上がる。
あの人、会計をしていかなかったな。俺におごらせる気でここに来たのか。
真面目そうに見えて意外とちゃっかりしている。
と、そんなことを考えながら会計に行く。
しかし、その時になってやっと俺は、致命的なことを思い出した。
俺、財布持ってきてないんだった――




