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第三話 ① 前人未踏の隠し部屋

「……暗いですね」

 スキルに指示された通りタイルの1-0を一回、7-9を七回等間隔にたたいて現れた扉。


 ソフィはその前で、入っていいものかと逡巡している様子だった。

 中にモンスターやトラップの類がいないのは確認済みだが、それでもなんだか腰が引ける。


なかは完全な暗闇で、手に持ったメモの放つ光程度では辺りが良く見えない。

懐中電灯なんてものがここにあるはずもなく。


どうしたものかと頭を悩ませていると。


「本当は疲れるからやりたくないんですけど……」

 ぶつぶついいながらソフィはメモをしまい、ため息をついて目を瞑った。

 何かをするつもりらしい。


 一度深呼吸をしてから、すっと手のひらを前に突き出す。

 すると、肩の高さまで上げた手の平の先に、ぽうっと光が灯った。


 おお、と思わず声が漏れる。小さく拍手までしてしまったが、ソフィにたしなめられた。

 おそらくは驚く価値もない基本的な魔術の一つなのだろうが、目の前で人が魔法を使っているのはなんだか見ていて楽しい。


 ぼんやりと照らされて、隠し部屋のなかの様子が伺えた。

 思ったより空間は広くなく、共用で四人くらいが寝る病室ほどの大きさだ。

 そして部屋の中央には……


 と、辺りが急に暗くなった。


「……あぁ、もー無理です」

 隣にいたソフィは、息を切らしながら手をだらんと下げた。


 ちょっとふらついている様子だったので、手を貸して体を預けるようにしてやる。


 大丈夫か?と尋ねそうになったが、どう見ても大丈夫には見えないので黙っていることにした。

 普通に辛そうだ。

 

 素人目には光を出す魔法なんて、大したことなさそうに見えるのだけど。


 一度明かりを見てしまうと、消えた時に暗さが際立つ。

 不安な気持ちを紛らわせるためにも、ソフィに話しかけた。


「今、部屋の中央にでかい鏡みたいなのがあったな」

「……はい。綺麗な装飾の……姿鏡でしょうか」


 やはり同じものを見ていたようだ。

 それもそのはず、その空間には他に何もなかった。


 気になるものが他にないというのが、逆に気になる。

 あの鏡が本当にただの鏡だったら、ここまで来た労力は全て無駄になるわけで。


 こういう隠し部屋に鏡が一つ置いてあるとなったら……


「もしかして、鏡の中の世界がある……的な?」

「魔法の世界に夢見過ぎです」


 そんなこと言わんでも。


「いやだって……そういうの夢あるだろ?反転世界とか、ワープゲートとかさ」

「面白いとは思いますけど……空間が繋がってるとかどういう理論で出来るんですか」


 急に正論で殴ってくるじゃん。


「そんなこと言ったら、片手を目の前に突き出すだけで光を生み出すのも意味わからんけどな」

「流石にそれは理論になってます。

 光を出したり炎を出したりするのと、鏡の中に世界を作るのは別モノです」


 そうかなぁ……?

 俺からしたら全部魔法なんだけど。


「そこら辺の事を知りたいなら、勉強してみると良いですよ。

 基本的な魔法くらいなら先輩にもできるでしょうし……

 魔術への理解が進むので、やっておいて損はないと思います」


 そうか……。

 勉強は嫌いじゃないし、やってみようかな。

 何よりこの世界の常識とか、分からないことだらけだというのが気持ち悪い。

 あと、普通に手から炎とか出してみたいし。



「現代魔術論は本当に面白いですよ。

 歴史とも深くかかわってきますし、今私たちがいる世界の成り立ちも知れます」


 なんかここがダンジョンだってことを忘れて、学徒と話している気分になってきた。

 この世界に来ても勉強することになるとは思わなかったが、確かに興味はある。

 

 というか、現代魔術論か。

「話は戻るんだけどさ、ここって古代の遺跡なわけだろ?

 今の技術では鏡の中に世界を作れないとしても……

 こういう遺跡には、いわゆるロストテクノロジーみたいな、

 現代には存在しない魔術みたいなものがあってもおかしくないんじゃないのか」


 現代にそんな魔法は存在しないかもしれないが、古代の遺跡にならあるいは……

 これまた適当な事を言って反論をしてみたが、今度は笑われなかった。


「……良く知ってますね。

 確かに古代遺跡には現存する知識では再現不可能な魔術の類が沢山あります。

 ただ、空間を移動したり、

 物質の中に空間を作り出したりするような魔術はあまり前例がないです」


 なんか適当こいたのが当たってたらしい。謎に感心されてしまった。


「まぁ、その鏡が何なのかは見てみればわかると思います」

 そう言って笑いかけてくる。



「ありがとうございます。もう大丈夫です」

 しばらくの休憩の後、ぐっと力を入れてからソフィは立ち上がる。

 

 一瞬ふらついたようにも見えたが、頭を振ってこちらに笑いかけて来た。

 健気過ぎて泣きそうになる。嘘、全然真顔だけど。


 少し休憩したおかげか、また目が暗闇に慣れてきた。

 そこに何があって何が無いのかさえ分かっていればそう怖がることもない。

 僅かな光を頼りに、先ほど見た鏡の前までくる。


 ソフィは鏡に触れるように指で突つく。

 すると鏡には実態が無く、指が沈んでいくのが見えた。


「凄い……当たってます」

 何故か小声で、ソフィはつぶやく。

 

 とはいえ。

「これに入ったら二度と出られないとか、入った瞬間即死トラップとか……あったら怖いな」

 鏡を覗こうとしても、向こうを見通すことはできない。


「絶対に無い……とは言い切れないかもですね」

 そこは否定してくれよ。


「結局はスキルで先を見通せばいいだけの話なんですけどね。

 とはいえ、このダンジョンの成り立ちからすると即死トラップの類は考えづらいと思います」

 

 俺が良く分かっていない表情をしたのが分かったのか、ソフィは続ける。


「ほら、ここシァトナはそもそもただの貯蔵庫として使われてた遺跡に、

 あんまり知能の高くない魔物が住み着いただけのダンジョンなわけです。

 となると、この隠し部屋を作ったのは古代の人間ってことになりますよね」


「そっか。ただの貯蔵庫にわざわざ即死トラップを仕掛ける意味は……確かに薄いな」


 と同時に、この先に何がすごいものが眠っている可能性も低くなるのでは……

 いや、今は忘れよう。


 一応スキルでクリアリングを行ったが、予想通り危ないものは無さそうだった。


「じゃ、私が先に……」

 既に手を沈めていたソフィは、あっという間にその全身が鏡の中に呑み込まれていった。


 俺は後を追うように鏡に入る。


 ――強い光。

 そこは、暗闇に慣れた目には厳しい、白い光に包まれた空間だった。


 ◇ ◇ ◇


 広い。


 等間隔に建てられた柱は高さ五メートル以上あるだろうか。

 それらが天井を支えるようにして立っており、その果ては遠くの方に見えた。


 陸上競技場のトラックくらいはあるのじゃなかろうか。


 そして、何より気になるのが。


「くっさ……」


 思わず声に出るほど、ひどい悪臭が辺りに充満している事だった。 

 この空間は整然と並べられた無数のコンテナで埋め尽くされている。


 ソフィの言っていたことが正しければここはかつて食糧庫だったらしい。

 となると、もしかしたらその中の食べ物が腐ってこの匂いに繋がってるのかもしれない。


 ……

 あれ……?ソフィはどこだ?

 悪臭やらなんやらのせいで失念していたが、ソフィの姿が見当たらない。

 俺は後から鏡に入ったのだから、この空間のどこかにいることは間違いないはずなんだけど……

 

 振り向いてもそこには壁しかなく、通ってきたはずの鏡などどこにもない。

 このまま帰る方法が見つからなければ、ここは実質即死トラップになってしまう。

 

 いや、こういう時こそ落ち着いて、全知のスキルを使うときじゃないのか。

 流石俺。冷静だなぁ。

 などとふざけながらスキルを使って帰り道を調べようとしたのだけど……


「……反応しないな」


 どうやら俺一人では何の情報も得られないらしい。

 

 このスキルはあくまで、人に何かを尋ねられた時に反応するスキルのようだ。

 

 一人寂しく “ここの帰り道は?” “鏡の場所は?” “出るためにはどうしたらいい?” “ソフィがどこにいるか知ってる?” などと呟いていたのに、結果収穫はゼロだった。

 誰も聞いていないからいいものの、正直恥ずかしい。

 

 何でも知れるチートスキルとはいえ、一人では何の役にも立たないというのはどうにも情けない。

 やはりソフィを見つけない事にはどうしようもないらしい。

 ……自力で探しに行くしかないか。

 


 見渡す限りのコンテナの山と、圧倒的な広さの空間。

 地面は大理石なのか、白く冷たい床になっている。


 足音を響かせて、奥へと進む。

 初めは非日常な光景にちょっとだけわくわくしながら歩いていたのだが……

 どこまで行ってもコンテナしかない。

 流石に飽きてくる。

 あと、めっちゃくさいし。

 

 何処までも続く単調な風景に違和感を覚えはじめたのは、歩き続けてうんざりし始めたころだった。

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