第十八話 ① アルネの街へ
ふわぁ、と隣のソフィが小さくあくびをした。
俺たちは今、王城から逃げるようにして遠方にあるガルド領に向かって歩いている。
昨晩から夜通しで歩き続けて、そろそろ夜が明けそうだ。
息を吸い込むと、夜明け独特の冷たい空気が肺に流れ込んでくる。
「流石に疲れたか」
俺の言葉にソフィは首を振る。
「んん……大丈夫です。街まではもうちょっとですから……」
強がりなのは見て分かるが、本人が頑張る気なら俺は何も言うことはない。
「疲れてんならおんぶでもしてやろうかと思ってたけど、それならいいか」
言って足を踏み出すと、体が急に重くなるのを感じた。
「あぁ、なんだか眠気がぁ……もう一歩も動けないかもです……」
ソフィが大げさに寄りかかってきていた。
いや、全然冗談なんだけど。
まぁソフィも分かって乗ってるのだろうが。
「この先って確かアルネの街って言ったよな。そこってソフィは行ったことあるのか?」
俺は話題を変える。
ソフィは軽くあしらわれたのが気に入らないのか、ふくれっ面をしているのが横目で見えた。
「……ゆっくり過ごしたことはないかもですね。
せいぜい通り掛けに一泊していくぐらいでしょうか」
そんなもんか。
今回もゆっくり過ごすわけにはいかないが、一応一泊するつもりではいる。
「ここで一応必需品の補充をするんだよな。ガルド領までの旅路の備えとして」
ソフィは頷く。
買い物をする以外のことは特に予定があるわけではないが、なんだかんだ知らない土地に行くのは楽しみだ。
気が付くと辺りは徐々に明るくなってきていた。
もう日が昇るころだ。
「そういえば、ここまで全然魔物に遭遇しなかったな。
夜に外を歩くと危険な魔物がうろついてるってのはRPGの定番だと思ってたんだけど」
「まあ……それはあんまり珍しい話じゃないです。
こういう道路は魔物が少ないところを選んで作ってるんですから。
商人が移動するたびに魔物に遭遇してたら商売にならないでしょ」
ごもっともで。
俺としては、あまりに何事もなく目的地に着きそうだったので張り合いがなかったのだ。
「せっかく覚えた魔法を実践で使ってみたかったんだけどな」
変なストーカーに対してじゃなくて。
俺が独り言を言うと、ソフィは安全に越したことはないと諭してきた。
それもそうだな。活躍の場面がないのはいい事だ。
長時間歩いているせいで、見積もりより少し時間がかかっている。
ソフィもふらふらしてきているように見える。
「ソフィは身体強化の魔法とかって使えないのか? 定番の補助魔法だと思うんだけど」
そもそもそんなものが存在するのかは知らないが。
「あぁ……使えますけど、その分魔力が減って疲れるんですよ」
そういうもんか。
言われてみれば、確かに俺も魔法の練習をしているときはかなり疲れた記憶がある。
「じゃあ、魔法を使わないでこのまま歩くのと、
歩かなくていいから魔法を使うのとではどっちが楽だ?」
一瞬きょとんとした表情を浮かべたソフィは、すぐに俺の言いたいことが分かったのか、うきうきで俺に身体強化の魔法をかける。
体に活力が満ち溢れ、持っていた重い荷物が一気に軽くなった気がする。
こんなにすごいなら早めにこの提案をすればよかったと後悔するくらいには衝撃的な体験だ。
俺が初めての感覚に感動していると、ソフィは俺の後ろに回り手を広げておんぶをせがんできた。
「はやくー、しゃがんでくださいよ」
なんだか庇護欲のそそられるソフィをもう少し見ていたかったが、俺は素直に背中に乗せてやった。
迷宮攻略の時以来だ。
バフがかかっているので全然軽い。
ソフィが寝てしまうと話し相手がなくなるので、それだけが問題だった。
◇ ◇ ◇
しばらく俺は無言で歩いていく。
辺りはすっかり明るくなっていた。
肝心の目的地はいまだ見えない。
もうすぐ見えてくるはずだと自分に言い聞かせて30分くらいはずっと裏切られ続けている。
背中のソフィは寝ているはずなのだが、たまに笑いをこらえて体を震わせているような……気がする。
俺の気のせいなのだろうか。
振り返ってみても、実は起きていて笑っているのか、ただ幸せそうに寝ているのかは分からない。
まぁ、どちらにせよ幸せそうで何よりです。
「あれです!」
耳元でソフィが大声をあげる。
うるさい。
確かに遠くに目を凝らすと、街らしきものが見えてきていた。
「やっぱ起きてんじゃねーか」
俺がつっこみをいれるとソフィはしらばっくれる。
たまたま目を覚ました時に町が見えたという。
「ほら、もう着きますよ」
いつの間にか大きな門が見えてきていた。
ソフィがもぞもぞしていたので背中から降ろしてやる。
「いやーよく寝ました。おつかれさまです」
そう言ってソフィは伸びをする。
疲れた。
早く街に入って宿のベッドに倒れこみたい。
何せ今日は徹夜で歩きっぱなしなのだ。
俺のげっそりした顔を見て、ソフィは何を勘違いしたのか申し訳なさそうな顔になる。
「すみません、わたしばっかり楽しちゃって」
別にソフィが気にすること無いのに。
「まぁなんだ。ソフィが気持ちよく寝れたなら良かったよ」
強がりでも、そう言って笑いかけてやる体力は残っていた。
ソフィはすこしきょとんとしてから、大きな目を細めてくすりと笑った。
喜んでくれたなら良かった。
「……初めての時はへたくそで全然気持ちよくなかったですけど」
お前それ、周りに人のいるときに絶対言うなよ……?
◇ ◇ ◇
アルネの街は人が乗り越えられないくらいの高さの、砂色の壁に囲まれていた。
魔物の存在がそうさせているのだろう。
王都と同じように大きな門があり、人の出入りが管理できるようになっていた。
門は王都のほど重厚なものではないようだ。
俺らが入ろうとすると一度門兵に止められる。
「失礼ですが、出身国と行先、滞在日数をお願いします」
入国審査みたいな質問だ。
後ろについてきていたソフィが前に出て、俺の代わりに答える。
「出身は王都です。ガルド領に行く途中、一日だけここに滞在する予定ですね」
偽りなくソフィは答える。嘘を吐かなくても大丈夫だと判断したのだろう。
門番は頷いてソフィの言うことをメモしている様子だった。
「こういうの、前来た時にもありましたっけ? 何かあったんですか?」
ソフィの質問に門番は申し訳なさそうに頭を掻きながら答える。
「最近魔王軍の襲撃がありましたでしょ。
その影響で、魔王軍の残党の目撃の報告が相次いでいまして……
一応ここの警備も強化しているんですよ」
「あぁ、なるほど。それはご苦労様です」
それにしてもそんな質問をするだけで警備になっているのだろうか。
通行料をとったりするのならともかく。
明らかに魔物の姿の奴は通れないだろうが、少しでも頭がまわるやつなら適当な嘘をついて通ってしまいそうなものだ。
現に王都を追われている罪人が今二人、街に入ろうとしているのに止められることは無かった。
ザル警備を後にしながら街へと足を踏み入れる。
外と中では空気が違う気がする。カラッと乾いた風に砂が混じっている。
「襲撃の影響って近くの街にも出るんだな。当たり前っちゃ当たり前だけど」
「そうですね。魔王軍だって瞬間移動するわけにもいかないですから。
周りに被害が出るのは当然なんですが……」
ソフィはそこで言葉を切り、少し考えこむ。
「どうかしたのか?」
「んー……。さっきの門番ですけど彼、『魔王軍の“残党”』って言ってませんでした?」
残党?
「まぁ、たぶんそんなことを言ってたと思うけど……それが?」
「“残党”っていうのは“打ち漏らし”っていう意味ですよね。
大将が打ち取られたとかで戦いに負けて、命からがら逃げて生き残っているやつらのこと」
確かに言葉の意味はそうだな。
……と、ソフィの言いたいことが分かったような気がした。
「俺たちは戦いに勝ったどころか、大将のシアナ?さんを無傷のまま帰らせたんだよな。
ただ撤退させただけなら残党なんてものはできないはず……ってことか」
ソフィは頷いた。俺は続けて聞く。
「じゃあ……どういう事なんだ?」
「どうでしょう、分かりません。
でも、魔王軍の残党の報告そのものが勘違いだったりするかもですね」
まぁ、それもあるだろうが。
ソフィは自分で言っておいて納得していない様子だった。
◇ ◇ ◇
俺たちは街の宿に来ていた。まだ朝なので部屋は十分に空いていた。
にもかかわらずソフィは一緒の部屋がいいと駄々をこね、結局二人部屋に泊まることになった。
「お前なぁ……受付の人が苦笑いしてたぞ」
俺は諭すもソフィは悪びれる様子がない。
「せっかく二人で旅をしてるのに別々の部屋とかつまんないじゃないですか」
つまるかつまらないかでそんな軽率なことをするな。
旅に出てからソフィのテンションがちょっとだけおかしい。
千鶴さんと離れることになったせいか?
ちなみに二人部屋にはツインとダブルがあり、ベッドの形式が違う。
ツインには一人用ベッドが二つ置いてあり、ダブルは二人用ベッドが一つ置いてある。
基本的にはダブルの方が料金は安くすむが、普通は恋人でもない限りツインを選ぶ。
俺はダブルを提案してくるソフィをはねのけ、何とかツインの部屋を手に入れることに成功した。よくやった俺。
部屋は値段の割には最低限そろっていて文句はない。
そこそこ広く、寝具も下宿の物よりかは良いものを使っているようだ。
俺は半日歩き続けた疲労がたまっており、目の前のベッドに倒れこんだきり動けなくなっていた。
俺が動かないのを見てソフィは言う。
「先輩はここでひと眠りしててください。わたしは眠くないのでちょっと市場の下見に行ってきます」
「あぁ……いってら」
俺はベッドに顔をうずめたまま生返事をする。
まだ時刻は朝だというのが、二度寝をしているような気分にさせてくる。
控えめに言って最高だ。
通りを歩く活発な人々の声が聞こえるなか、俺はまどろみの中へ落ちていった。




