第十六話 ④ 古代魔術と脱獄の秘策
「なるほど、これが伸縮自在のアーティファクト……。
確かに、古代魔術で間違いは無いな」
感心したように呟く鼠の体は、糸が切れたマリオネットのようにだらんとしている。
今、こいつの聴覚と口を動かす神経以外は、遠く離れた酒場の一室……イズの犬小屋に飛んでいるらしい。
遠くにいるイズの体を魔術で操りつつ、俺との会話は鼠の体を使って行っている。
聴覚と視覚が別々の体についているというのは気持ち悪くなったりしないものなのだろうか。
「そうだろ?
だからその伸縮自在の首輪を俺の体に付けて小さくなっちゃえば、
こんな牢屋なんか余裕で脱出できるんじゃないかなって思って」
この牢屋と廊下はスカスカの鉄格子で仕切られているだけだ。
人間にはどうやっても潜り抜けられない幅だが、小さくなってしまえば話は別。さっと通り抜けて、後はバレないうちに逃げるだけ。
我ながら完璧な作戦……
「無理だな」
にべもなく。
鼠は冷淡にも不可能を断定してきた。
「……何が無理なんだよ。そんなのやってみなきゃわからないだろ」
俺の反論に、鼠はふむと考えをまとめるように呟いた。
「坊主、お前はこの犬……名前はイズと言ったか。
イズの体を見た事はあるだろう?」
「そりゃ、何度もあるけど。
白くて長い毛が体全体に垂れ下がってて、
体のあちこちが腐りかけてゾンビみたいな見た目してる……よな」
あの姿を見て可愛いと言えるソフィと千鶴さんの気が知れない、まさにモンスターだった。
そうだな、と鼠は頷いてから続ける。
「それで坊主、お前もこうなりたいのか?
もちろんそれが望みなら、あえて止めるようなことはしないが」
……どういうことだ。
聞き返すよりも先に、鼠の体がピクリと動いた。
そのまま顔を上げて、こちらを見上げる。
「物質の大きさを自在に変えることが出来る魔術、とは一口に言うが、
話はそう簡単ではない。
この宇宙において原子の大きさというのは決まっている。
それに例外は無く、原子そのものの大きさを縮めることは出来ない。
となれば出来ることは限られてくるだろう」
分かるか? と鼠は鼻を鳴らす。
なるほど、言いたいことは分かった。
俺の貧弱な知識が正しければ、色々な制約を無視して原子を縮めることに成功したとしても、それはもう元の性質を持たないはずだ。
体の構成要素そのものの大きさが絶対なら、他に出来ることは?
その構成要素の数を減らすしかない、という事だろう。
レゴブロックの大きさが変えられない状態でスケールを小さくしたければ、ブロックの数を減らすしかない。
「あの犬の体組織がボロボロなのは、
一度小さくなってから元の大きさに戻ることで密度が小さくなり……
言わばスポンジのような状態にあるからだ。
おそらくだが、同様の事が坊主にも起きるだろうな。それでもやってみるか?」
「……そこまで聞いてやるわけねーだろ。流石に遠慮させていただきます」
それが良い、と呟いて鼠は体を起こす。
足がしびれていたようで、短い手を使って筋肉をもみほぐそうとしていた。
こいつのいう事が正しければ、これを人間が使うのは危なすぎる。
しかし、そうなれば折角の案が一つ潰れてしまったことになる。
いい案だと思ったのだけど。
「時に坊主、この首輪は明らかに古代のアーティファクトだよな。
こんなものどこで見つけたんだ?」
やっぱり気になるか。
あまり時間は無いが、軽く経緯を話して聞かせる。
正直者のスキルの下りを話すときは少し面倒臭くなるかと身構えたが、どうやら鼠にとっては既知の情報だったらしい。
話はわりとすんなりと進んだ。
「なるほど、別空間に繋がる鏡……か。
とんでもなく興味がそそられるアーティファクトだが、今は良いだろう。
しかしそんなものがあるのなら、今からそれを取ってくれば良いじゃないか。
大きくて持ち運べないというのなら、この首輪で小さくすればいい。
それを使えば脱獄は容易だろ」
これで一件落着、とばかりに鼠は胸を張る。
「いや、それは売ったから無理だな」
俺の返答に、鼠は信じられないものを見る目で見てくる。
「おいおいおい、頼むぜ坊主。
空間を移動できるようなアーティファクトにはほとんど前例は無いんだぞ?
そんなもの、値段を付けられるような代物じゃないだろ」
「そんなこと言ったってなぁ。
俺達が持っていても使い道は無かったし、
お金がすぐに必要な状況だったから仕方ないだろ。
そもそも空間が移動出来たところで別に……」
鼠はため息をついた。
「坊主、あんたはワープや瞬間移動の類がもたらす恩恵について考えたことが無いからそう言えるんだ。考えてもみろ、今すぐにでも地球にワープが出来るならいくらでもやれることがあるだろう?」
まぁ、それはそうだが。
現実世界に魔法を持ち込む第一人者にでもなれば、簡単に大金持ちになれるだろう。
「……そうじゃん。
そんなものがあるなら、何で地球にその出口をつなげたりしないんだ?」
これまた軽率に尋ねると、鼠は呆れ顔で口を開いた。
「舐め過ぎだ。
ここから地球へのワープを考えるとなると、必要な条件が多すぎる。
古代アーティファクトの空間移動装置の殆どが、
ワームホールによるワープに酷似しているとよく言われるが、
それを我々が行おうとすると沢山の障害が起きる」
「でも、現実に似たものはあるんだろ? 俺は実際、鏡には実際入って来たぞ」
食い下がる俺に、鼠は頭を二三度ぽりぽりと掻いた。
「まずブラックホールを作る。
そのためにはほぼ無限大のエネルギーが必要になるな。
頑張って用意することだ。
地球とこの星の座標が偶然同期しているという奇跡に期待したとしても、
遠く離れた場所に狙って出口を作る必要がある。
これも頑張ってくれ。
そうしたら、空間がねじ曲がりそれらが偶然繋がる奇跡に期待しよう。
しかしそれでも、
つながった次の瞬間には強力な重力のせいで崩壊を始めるだろう。
その崩壊を防ぐためには、
高密度の負のエネルギーを持つ物質を介する必要もあると言われているな。
そんなもの、今だ発見はされていないが」
ここで一度言葉を切って、鼠はこちらを見上げて来た。
顔を見て、俺が一ミリも理解をしていないのを察したのだろう、そのままため息交じりに続けた。
「それらが用意できるというのならやればいい。
……しかも、これらは仮説を多分に含んでいる。
全てが用意できたところで成功するかどうかは保証しない」
吐き捨てるように言う鼠に、俺は頷いた。
「そうだな。この話やめない?」
俺がそう言うと、鼠は肩をすくめた。
「それが賢明だろうな」
しかしどうしようか。このまま牢屋に入っているだけでは確実に死が待っている。
こうなる事なら鏡を適当に売らなければよかったな。なんて後悔するのはあまりに結果論過ぎるか。
それでも、死をただ待つよりかはスポンジになってでも外に出た方がマシという考え方もある。
体組織がボロボロになり、脳みそもスカスカになって……
……いや待てよ、スポンジか。
これを使えば、あらゆるものの密度を小さくすることが可能……
「そうか、逆だ。別に俺がスポンジになる必要はないんだ」
鼠は顔を上げて首を傾げた。




