第二話 ③ 初めての、あまりに手ごたえのないダンジョン攻略
あっという間に七階層へと辿りつく。
ここまでスリルもドラマもあったもんじゃない。
想像以上に何にもない暗い道をただ歩いてきただけ。
敵に会うことは無かったし、トラップの類も存在しない。
途中すれ違った他の冒険者を、モンスターと見間違えて喜んでしまったことも少なくない。
どんだけ敵に飢えてるんだ俺は。
数時間ただただ歩いて分かった事としては……
「このスキル、超退屈だな」
敵との戦闘が無いだけでなく仕掛けを解くという楽しみすらも奪われたせいで、自分のスキルが嫌いになりかけている。
せっかく剣と魔法の世界にいて夢見た冒険が出来るというのに、仕掛けガン無視の最適化ルートを初見で歩かされるのはなんだか釈然としない。
しかしソフィ曰く、そんなお遊びに乗っかっている暇はないという事らしい。
良く知るゲームに似ているというだけで、実際は命を張った行為だということをよく考えろとの仰せだった。
実際にダンジョンの中で命を落とした冒険者が沢山居ることを踏まえると、あまりに正論が過ぎる。
ただまぁ、何もイベントが無いとはいえ、ソフィと駄弁りながら歩くというのは正直言って楽しいものだった。
それに、ダンジョンを真面目に攻略していらっしゃる他の冒険者との会話も、なんだか憧れていたものに近くてそれだけでテンションが上がっていた。
この先危ないですよーとか、トラップがあるので気を付けてくださいーとか。
そのたびに、彼らがしているような心躍る冒険を自分は一生できないんだろうな……という謎の劣等感に苛まれることにはなったが。
我ながらめんどくさい。
あまりに理不尽なチートスキル具合に悶々としていると、ふと疑問がわいた。
「このスキルが壊れてるのは十分に分かったんだけど……これって他の転生者達も同じくらいすごいスキルを持ってるもんなのか?」
俺が尋ねるとソフィは肯定するように頷いた。
なんだ、流石にそうか。俺だけ最強なんて都合のいい話はないようだ。
思えば同じ時に転移して来た奏瀬とかいうやつのスキルも大概だった。
スキル名は中二病全開で、本人も気恥ずかしそうにしていた記憶もあるけど。
「そうですね、一番有名な壊れスキルだと現勇者の『不死鳥の加護』でしょうか。
あらゆるデバフの効果減少に加えて、
死んでも最後に眠った地点に生き返って全ステータスが1.2倍されます」
『不死鳥の加護』か。名前のかっこよさからして『正直者』とえらい違いだ。
聞いた感じだとあからさまなチートスキルだな。
というか、そもそもこの世界にはすでに勇者がいるのか。
「ちょっと聞きたいんだけど、勇者ってそういう役職なのか?」
ソフィは頷いて答える。
「そうです。
王が認めた人に大々的なバックアップを与えて、魔王を倒してもらおう!
っていうプロジェクトの一部……みたいな感じでしょうか」
さっきからソフィの口から出る言葉はなんというか、生々しい。
ファンタジーに似つかわしくない現実主義という感じだ。
「……てか、そんなすごい勇者様が既にいるなら、
なんでまだ転生者の召喚なんてやってるんだ?」
てっきり魔王を倒す伝説の勇者みたいなものを召喚するためにやっているものだと思っていたのだが、どうやらそれはもうすでにこの世界にいるらしい。
「それは……建前上は戦力の増強のため。
てことになってるんですけど、
先輩の言う通り、どう考えても無意味だー
っていう意見は多いのは確かです。
現勇者を超えるような逸材が来る確率なんて、
ほとんどゼロに近いわけですから、
コストに見合っていないとも言われてたりします」
やっぱそうだよな。
もうすでに最強キャラを引いているのにガチャを回し続けるのは、もったいないような感じがする。
となると、何か思惑があってのことなのだろうか。
「それにしても強いスキルだな。
残機無限に加えてステータス強化は手の施しようがないだろ」
「……そう、時間さえあればどんな敵も必ず倒してしまうでしょうね。
魔王を倒すのも時間の問題だって言われてもいます」
やっぱりそうなんだな。
しかし魔王ね……
この世界には冒険者がいて勇者もいて魔王もいるらしい。
おそらく、その魔王とやらを倒すことが最終目標なのであろう。
俺はいまだに、魔王がどういうやつで何をしているのかも知らないわけだが。
「冒険者の役割って、要はその魔王を倒すことなんだろ?」
ソフィは頷いた。
「転移者とか、新たに冒険者を目指す人達って……どうやったってその勇者様には勝てないんじゃないか?」
つまり、その目的は結局勇者によっていずれは取られてしまうのではないのかということだ。
ソフィは俺の言葉を聞いて、口を一度開きかけたように見えた。
しかし、何かを思い直したのか、取り繕うような笑顔を浮かべて言う。
「そう……ですよね。普通はそうなりますよね」
なんと言うか、歯にものが挟まったような物言いだ。
「でも、勇者より強くなれないことは、
必ずしも魔王を倒せないことと同義じゃない。
そう思いませんか?」
それはそうかもしれないけど。
俺が戸惑っていると、ソフィは畳みかけるように俺の方をまっすぐ見上げて言った。
「そのスキルの持つ力は、勇者より先に魔王を倒せるだけのものです。
なにせ、成長に時間のかかる勇者のスキルと違って、
そのスキルはいろんなことをすっ飛ばして進むことができるはずですから。
先輩なら、きっと……」
と、そこまで言って、ソフィは熱くなっていた自分に気が付いたようだった。
照れたような笑みを浮かべ、冗談めかすように言う。
「……なんて。出会ったばかりなのに、期待しすぎました?」
全くだ。この世界に来たばかりの俺なんかに。
「いきなり魔王を倒せる、なんて言われてもな……」
俺の言葉からあまり乗り気ではないのを感じ取ったのか、ソフィは取り繕うように言う。
「ま、まぁそうですよね。初心者にいきなり言う事じゃなかったかもしれないです」
ただ……とソフィは続ける。
打って変わって真剣な表情になったソフィに俺まで思わず背筋が伸びる。
「今言ったことは冗談でも何でもないです。
先輩は、ただの“強い冒険者”の枠に収まるにはもったいない。
これは私がひいきして評価しているとか、そんな事では断じて無いです」
買いかぶりすぎな気もするが、俺自身この能力がどれほどの物か測りかねている。
「でも……魔王が倒されるのが時間の問題ならさ、
わざわざ俺たちが横取りする必要はないんじゃないのか?」
「……時間の問題っていうのはあくまで世間の評価の話ですから。
実際にそうなるとは限らない……と、思います」
ソフィはそう言うが、本当にそれが理由なのか。
適当な理由でごまかしているような気がするのは流石に疑いすぎ……なのだろうか。
だとすると、今の話が嘘だったとして俺に何のデメリットがあって彼女に何のメリットがあるのだろう。
考えても仕方がないのは分かるが、どうしても気になってしまう。
でも、魔王討伐か……
この世界を牛耳る魔王という存在を、倒す。
それがどういう事なのか、俺には正直分かっていない。
どういう経緯で魔王は生まれ、今の状況になったのか。
どうしてそれを倒す必要があるのか。
今のところ何一つ分かっていない。
が、それが意味することはこの世界の支配構造を変え、世界を救う事であるのは確かだ。
思い返せば俺は今まで、大した目標も持てずにのうのうと暮らしてきた。
努力だって人並み以上にやったことなどない。
才能がないからという言い訳で自分を騙し、現状を維持しながら生きてきた。
でも目の前の彼女は、自分なら可能性はあると言ってくれている。
俺がずっと欲しがっていた才能というものが、今はあるのだ。
第二の人生が始まり、環境が変わった今こそ、決断する時なのかもしれない。
今までの自分に分かれを告げ、新しい自分になる時だ。
――決めた。
俺はソフィの目を見つめ返して言う。
俺は――
『――正直魔王討伐とか、よく分かんないし怖いし面倒くさいんだけど』
口から出たのは自分でもびっくりするほど逃げ腰の本心だった。
これが本心なんだから、我ながら本当に情けないな……。