第十五話 ① 最大火力
「馬鹿、何を言っているんだ!
僕がここを離れたらこの東区は魔王軍の侵入を許すことになるのだぞ?
ただでさえあの巨大獣が砲撃を始めて苦しいというのに、そんなことをしている暇はない!」
眼下に数百の魔物の軍を見下ろせる、東区城壁の上に俺たちはいた。
砲撃に次ぐ砲撃で、辺りに爆音が響き渡る中。
俺は奏瀬に怒られていた。
当然と言えば当然だが、素直に提案を受けてはもらえないらしい。
「いやでも、これは戦いを終わらせるために必要なことなんだって。
この地図を、上層部の連中に届けないとダメなんだよ。
ほら、よく見ろって。これは重要な情報が書かれた凄い地図でさ……」
「君の言いたいことは分かるが、それは僕の役目ではないだろう。
その仕事なら代わりをいくらでも頼める。
対して、ここの防衛は僕が居なくては成り立たない」
「それが逆なんだって。
ここの防衛はうちのソフィが何とかするから、お前にはこの地図を持って行って欲しいんだよ」
俺の言葉に奏瀬は怪訝な表情を浮かべる。
「……ソフィというは彼女のことだな。
この方が、ここをどうにかしてくれるという事か?」
頷くと奏瀬は口の端を緩める。
「そんなことが出来るのならもちろん僕だって喜んでお使いを頼まれてやるさ。
それが出来ないからこうやって苦労しているのだけどね」
相変わらずナチュラルに人を見下す悪癖をどうにかしなさい。
まぁ、今回はありがたく利用させてもらうけど。
「言ったな?
じゃあここで、ソフィがこの場を守れると証明したら、
俺のいう事を聞いてくれるってことでいいんだよな」
俺の強気な態度に少し言葉に詰まらせるも、奏瀬は頷く。
「もちろん。
今この門に群がる数百の兵、並びにあの巨大獣を対処しきれると、
そう認められるくらいの実力がこの子にあれば、喜んでね」
……よし。言質は取った。
「じゃ、お願いしますソフィさん」
俺はそう言って振り向く。
そこにはソフィと、ソフィに腕を掴まれて引っ張られてきた、冒険者ギルドの魔法使いさんが一人。
何をさせられるのかわかっていない様子の魔法使いの女の子は戸惑っている様子だった。
魔法使いの女の子の目の前には、既に例の魔法が設置されている。
「では、お願いします先生」
とソフィは、俺と同じセリフを魔法使いの女の子に言って頷いた。
たった今適当に捕まえて来た他人を先生呼びとは、なかなか芝居っ気がある。
「ま、魔法をここに通して、
あのおおきいトカゲめがけて撃てばいいんですよね?
あたし、あそこまで飛ばせる自信無いんですけど……」
未だに状況が掴めていない魔法使いはおどおどとそう言うが、ソフィは大丈夫だからと言って彼女を魔法の前に立たせた。
奏瀬がふん、と鼻を鳴らしたのが聞こえた。まぁ見てなって。
魔法使いは一度ごくりと喉を鳴らし、緊張の面持ちで手のひらに炎を生み出す。
その大きさは俺の出すちっこい炎をはるかに凌ぐだけでなく、その色は青白く、魔力変換の質の高さもうかがえる。
やはり本職の人は違う。
女の子は一度引いた右手をぐっと溜め、勢いをつけるように前に突き出しながら炎を放出した。
どうにでもなれ……と、半ばやけくそで放ったようにも見えたその魔法は、瞬く間に……
さながら地上に浮かぶ太陽のような、想像をはるかに超える巨大な物体がそこに生まれた。
その速度に対して体積が大きすぎるせいか、一瞬そこに静止しているのかと錯覚するほどだった。
誰もが言葉を失い。そしてしばらく目を開けられないものばかりであった。
地上に浮かぶ太陽は、グラスデアラの砲撃を全て受け止め、空中で誘爆させる。
そしてゆっくりと迫るその巨大な火球を避けることはもはや敵わず……
唯一この現象を想像できていたソフィだけが眼を開けていたのだろう、しばらくの後に一言呟く。
「流石に、一撃では無理ですね」
砲撃は止んでいた。
続けて目を開けると、まず視界に入ってきたのは背中の樹木が焼き焦がされた貧相な姿の巨大トカゲ。
ソフィの言う通り、未だグラスデアラは生きているようだったが……しかし、そんなことは端から期待してない。
「とりあえずはこれで十分だろ。
本当に仕留めたいなら、ここで追い打ちを掛けられれば良かったんだけど。
まぁ、時間稼ぎとしては上出来だ」
そうですね、とソフィは呟く。
砲撃さえ止めさせれば、今の所は良い。
そして。本題は別にある。
「どうだ? お使いはうけてくれる気になったかな、奏瀬くんよ」
嫌とは言わせない。この王都を救う方法は、他に無いんだから。
「……今までの僕の苦労を返して欲しいものだね。
こんな隠し玉があるのなら、最初から戦いに加わって欲しかったよ」
そう言いたくなる気持ちは分かるけど、俺達には大事な仕事があったのだ。
だからこそ、地図が完成するまで耐えてくれたのは紛れもなく奏瀬の功績なのだが……
そんなことは本人には言わない。
スキルも空気を読んで何も言わないようだった。
「しかし、だ」
まだ何かあるのか。
こんなにすごいものを見せてやったというのに。
「見ての通り、奴の本体は殆どダメージを受けていない。
恐らく強い魔法抵抗力があるのだろうな。
となれば、あの砲台が再生してこないとも限らないだろう」
なんだ、そんな事か。
それくらいの事はもちろん考慮している。
「それは大丈夫。
さっきも言ったけど、この地図にはあらゆる情報が乗ってる。
ここにある通りグラスデアラの背中の樹木を全焼させた場合は、
約十分で再生する分かってるから……
逆に言えば、十分に一回のペースで打ち込んでやればいいだけなんだよな」
それくらいなら、魔力枯渇の心配は無い。
「あと、再生中は他にエネルギーを使えないから本体が襲ってくることもない。もうアイツに関しては、正しい処置を定期的にしてやりさえすればただの置物も同然ってわけだ」
思わず得意げになって俺は奏瀬に講釈を垂れる。
ここまで具体的な情報を俺が持っていたことに驚いたのだろう、一瞬面食らった顔をしたのちに食い下がってくる。
「なるほど、それは分かった。
彼女なら奴相手に時間を稼ぐ事が出来る、というのは理解したが……
しかし、本体を倒さないと根本的な解決にはならないのではないかな?」
まぁ確かに、この方法だと一生本体は倒せないな。でも、
「そんなことは端から必要ないんだよ」
奏瀬は怪訝な表情になる。反論をして来そうな空気を読んで、俺はそれを制すように続けた。
「今は時間稼ぎ以上の事は必要ない。
わざわざ頑張って倒さなくても、魔王軍は勝手に退いてくれるからな」
その言葉には、奏瀬だけでなくソフィまでもが目を見開いていた。
「そのためにも、俺と一緒に来てくれ。
この……“魔王軍内部の内通者から手に入れた地図”と、
“勇者からの伝言”の二つを上層部まで持って行ってもらわないといけないんだ」
奏瀬の目の前で地図をひらひらとさせる。
その目は疑念に満ちている。
しかしまた同時に、興味を覚えているようにも見えた。




