第十四話 ④ グラスデアラ
地響きと共に地中から姿を現したのは、見た事のない巨大な怪物だった。
爬虫類を思わせるようなボディに、背中には緑の草木が生い茂っている。
姿を現すとともにその背中の巨大な花が発光し、遠くからでも良く見えた。
東部隊に配置された大型獣、この存在は既に地図に書き込まれている。
スキル曰く、名前はグラスデアラというらしい。
強靭な生命力と強い魔法抵抗力を持ち、この世に天変地異が起きても奴は生き残るだろうと言われれているという。
「まっずいな……もう動き出したか。
これ、奏瀬と冒険者だけでなんとかなるか……?」
「いえ……なんともならないと思います」
険しい表情だった。
そうだよな。マジで急がないと。
手を止めてぼーっと見ている場合じゃない。
作業を進めている間にもグラスデアラは一歩一歩地面を抉りながら地面を抉りながら近づいてきていた。
そのたびに地響きがここまで伝わってくる。
「本当におっきいですね……。
今日見たヒュドラと同じ……いや、それよりも大きいです」
ソフィは遠くに目を凝らしながら言う。
グラスデアラは地を這うようなフォルムをしているので、流石に全体の質量で言えばヒュドラの方がデカそうだが……確かに面積で言うとそうかもしれない。
その動きは遅いものの、体のサイズがとんでもないので門に到達するのはそう遠くない。
あの巨体だと、人ひとりじゃどうやっても勝てない。
奏瀬も強い事は強いが、デュオさんレベルではない。
肝心のスキルも大型獣相手では上手く活かせないだろうし、東門が落ちるのはもう時間の問題だ。
もう地図は大方完成していたので余裕こいてたけど、このままじゃまずい。
ヒュドラとどっちが大きいかなんて考えている場合じゃ……
「あ、そういうこと、ですか」
ソフィがいきなりそうつぶやいて、ばっと地図を覗き込んできた。
なんだ急に。
「あ、作業は続けててください。
今ちょっと……気づいたことがあって」
言いながらじろじろと地図を見ている。
気が散るからやめて欲しいんだけど。
そうこうしている間にも、地響きの音はだんだんと近づいて来る。
「……なんなんだよ」
どうしても気になって尋ねてしまった。
ソフィは小さく首を傾げると。
「ほら、さっきの話ですよ。ここ……南部隊に空いてる空間のこと」
「理由が分かったのか」
ソフィは頷く。
「別に大した話じゃないですけど。もう既に、倒してくれてたんだなって」
既に倒してくれてた……?
「何を」
俺がそう言うと、ソフィは口の端をゆるめた。
分かるでしょ、と言いたいらしい。
流石に……さっき砂場で倒した、どもり男の話じゃないよな。
あれもまぁまぁ大きかったけど、グラスデアラとかベヒモスに並ぶかと言われると……
……そっか。
「巨大樹の森は……南部にあるのか。そうだよな」
そういうことです、とソフィは頷いた。
「おそらく、あのヒュドラは魔王軍が用意してたやつだったんだと思います。
最近になって森に現れたワーウルフも、
人が安易に近づかないようにするための策だった……のかもしれませんね」
なるほど、そういう事か。
確かあの森には認識阻害やらなんやらがかけられてたって話だったな。
そこまで用心してヒュドラを寝かせておいたのに……デュオさんがなんか見つけちゃって、ひとりで倒しちゃったわけだ。
「戦いに参加してないのに相手の主戦力を倒してるあたり……
マジで流石だな、デュオさん。
南区の防衛は相当楽になったんじゃないか?」
一番厄介な大型獣がいないとなると、それだけで大幅に戦力は削られる。
超ファインプレーだ。
何ならシラキザの実を大量に持ってきたのもデュオさんだし。
西は放っておいても手厚く守られるので大丈夫、北は千鶴さんがいるので(?)大丈夫、南はデュオさんが大型獣を倒してくれてたので大丈夫。
となると……
東西南北のうち、残るはここ……東区だけになった。
俺達はこともあろうに、現状一番マズいところに居るわけだ。とんでもねぇな。
「よし。これで……完成かな」
机の上にペンを放り出す。ようやく地図が書き終わった。
王都を取り囲む魔王軍の情報がつぶさに書き込まれている、軍部垂涎の地図だ。
ユニットの数や配置、その詳細情報、それらを束ねる指揮官の情報と位置、切り札となる大型獣の情報……etc.
これさえあればこの戦争は勝ったも同然。
ようやく一仕事終えた俺は開放感に身をゆだねて伸びをする。
「……すみません、一ついいですか?」
ソフィが口を開いた。
なんだ。
気になる事があるのか。
どうした? と話の続きを促す。
「この地図にある情報が、戦闘をする上で役に立つものなのは分かっているんですけど、その……」
なんだかソフィは言葉を詰まらせている。
言い出しかねているのを見かねて、俺は口を開いた。
「……分かるぞ。確かに有力な情報だけど、
これがあってもこの戦いに勝てるとは限らないって事だろ?」
ソフィは顔を上げた。図星だったらしい。
これに関しては俺も懸念していたところだった。
「もちろん、この情報を普通に上層部に渡して……
戦いに役立ててもらうつもりならそうだろうな。
現状この王都には圧倒的に戦力が足りてないわけだから、
それこそ、グラスデアラみたいな、
圧倒的なフィジカルを持った化け物には情報じゃどうやったって勝てない」
ソフィは勢い込んで頷く。
「じゃあ、策があるってことですか?
この地図一枚で、この状況をどうにかできる方法が?」
そんなことができるのか。その瞳は疑わし気だった。
しかしまぁ、俺だって何の根拠もなくそんなことを言っている訳じゃない。
それなりに頭を使って考えた算段があっての事なのだ。
疑惑の目を向けて来るソフィに、まぁまかせとけって、なんてスカして答えようとした――その時。
轟音と共に、周辺の空気が揺れた。
光と風と、振動に体が破壊されそうだった。
ついに始まった。グラスデアラの“砲撃”が。
既に情報は手に入れていたが、もう奴は射程圏内まで入ってきてしまっていたのか。
休まることなく次々と砲弾が飛んでくる。
その砲弾はグラスデアラの背中から飛来してきているものだ。
グラスデアラはその背中に草花や樹木を持つという特徴を持つ。
その樹木はただの木ではなく、時には盾となり、時には剣となり……そして時には砲台となる。
衝撃に対して爆発する成分を持つ実を際限なく飛ばす移動砲台、という厄介極まりない戦術を取るのが得意らしい。
あのでかい図体と強靭な生命力を持ちながら、意外と遠距離型なのだ。
倒せない固定砲台というのはそれだけで相当な戦力となる。
「……時間が無いな。とりあえず降りよう」
ソフィは俺の策とやらが気になるようだったが、わがままを言う様子もなく素直に従う。
すぐにわかる事だ。それより今はやるべきことがある。
揺れる階段を駆け下り、奏瀬の守る東城門の方へと走った。




