第十四話 ③ 東西南北区防衛戦
「うーわぁ……ひどいですね、これ。あの人が居なかったら絶対突破されてます」
ソフィは欄干に体をもたれさせながら地上を見下ろし、そうつぶやいた。
顔は引きつっている。
無理もない、眼下に広がる光景はお世辞にも目に優しいとは言えないのだ。
俺達は、人の居なくなった東区城壁近くの監視塔に登ってきていた。
ここからは城壁の外の様子が見え、かつ元から簡易的な結界が張られているので基本的には安全が保障されている。
とはいえここから前線までの距離はそう無いので、その安全とやらは全てあいつの肩にかかっているのだけど。
「この状況だと常駐兵だけじゃ明らかに抑えられないもんな。
っていうか現状奏瀬一人でなんとかなってるのも意味わかんないんだけど」
俺は作業の手を止めずに相槌を打った。
あんな光景はあまり何度も見たくない。
城壁の外に広がっているのは、一目見ただけで寒気がするほどの数の魔物達。
自爆特攻しかしない知能の低いモンスターから、巧みに魔術を操る高知能魔族まで……
地上前衛ユニット四百に後方支援ユニット百の、計五百体もの魔物が眼下でひしめいている。
今現在、奏瀬は実質一人でその莫大な数の魔物達から東門を守っている状態にある。
上から見下ろす分にはゲームのようでまだ見ていられるが、これが奏瀬視点、つまり一人称視点だったと想像するとおぞましい。
五百もの魔物達が一心に自分の命を狙って襲ってくるとか……マジで無理。良くやってられんな騎士なんて。
「奏瀬さん? って、本当に強いんですね。
さっきの感じだとなんか咬ませ犬みたいな感じだったのに」
なかなか失礼なことを言う。
まぁ、いつも本人の前でボロクソ言ってる俺が言えた事じゃないが。
「考えてみればあいつのスキル、集団戦に向いてんだよな。遠距離攻撃の類は実質無効みたいなところあるし、数で押される事が少ないっていうか……」
それこそ昼に戦ったヒュドラみたいな、大型のユニットの方が対処に苦労しそうだ。
奏瀬のスキルは“修羅域”と言い、簡単に言うとその範囲内に居る自身や味方にバフ、相手にデバフを常にかけ続けるもの。
さらにその領域外からの攻撃はすべて無効化され、自身が有利な状況で戦えるというスキルである。
名前が中二臭いことを覗けば、普通に強くていいスキルだったりする。
そうですか、とソフィは相槌をうって辺りを見渡した。
今の所はまだ東門が突破されていないおかげで、東区はひっそりとしている。
これも全て奏瀬の功績だというのだから偉い。
「あれは……冒険者ギルドからの人員でしょうか」
ソフィは柵から身を乗り出して、東門に繋がる大通りの方を指さす。
一度手を止めて下を覗き込むと確かに、十数人の人の群れが東区の門へと走ってくるのが見えた。
先頭を走るのは重装備を着込んだ剣士、後ろを追うのは杖を持った魔法使いの風貌をした者たちだった。
「ホントだ。……でも、それにしては少ないな。
少しでも人手が増えるのは助かるんだろうけど」
数えるまでもなく、あれだと二十人を下回るくらいの人数しかいないだろう。
敵はその二十五倍以上だと考えるとあまりに少ない。
現状、この東門には常在している兵士と騎士である奏瀬しか戦えるものが居なかったので、少しでも人員が増えるというのは助かるのだろうが。
「東区ですからね、人員が少ないのは当然でしょう。
反対に西区はかなりの人数が補填されてると思いますけど」
「……なんだそれ。東と西で待遇に差があるってことか?」
言いながら首を引っ込め、作業に戻る。
手元には大きく広げられた羊皮紙。
俺が今やっているのはいつもの地図作りだ。
相手のユニット配分や配置、指揮官の位置から重視するべき大型獣等の情報を子細に書き込んでいる……最中である。
「ここ王都は、この地図にもあるように同心円状になってるんです。
中央区があって、周りに東西南北って区がありますよね。
でもここの中央区を見れば分かるように……」
言いながら、地図の中央部を指さす。
俺がさっき書いたところだ。
問題は壁の外なので結構簡略化して書いたのだけど。
「王城がかなり西に寄ってるのが分かりますよね。
正門を出てまっすぐ行くと東区へと繋がる大通りに出るように設計されてるんです。
これってつまり、王城を落としたいなら西区から攻めるのが一番近いってことになるんです」
地図に指を滑らせながら、ソフィは説明を続けた。
確かに、言われてみればそうか。
「逆にここ、東区は王城から最も遠い位置にある区になるのか。
それでこれだけしか人が来ない……。なるほどな」
合理的と言えば合理的。非情と言えば非情。
当たり前だけど、全ては王様の都合のいいようにやってるんだな。
民草の事は二の次。
まぁ、こういう事態だから仕方のない事なんだけど。
「逆に言えば西区は多分相当な人員が回されているので、
心配することは無いと思います。
あとは南区と、ここ東区だけを考えてればいいわけです」
まぁ、確かにそうなるが……なんで俺たちがあいつらの尻拭いをしなくちゃいけないんだ。
……というか。
「南区と東区って……北区はどうしたんだ。
そこも大丈夫だって言う保証があるってことか?」
地図を見てみても、特段王城が北に寄っている風には見えない。
特に北区は俺の宿や、千鶴さんの酒場がある。
何なら一番心配な区だったのだけど……
「今、あの酒場にはシラキザの実が大量にストックしてあります。
退魔の効果によって魔物が近づくことは有りません」
そういえば。
「それって魔物の軍にも効くもんだったのか。
とはいえ、木の実なんかに命を預けるってのはちょっとなぁ……」
ソフィは首を振って続ける。
「今、酒場には国のお偉いさんがお忍びで来ているはずです。
最低限の護衛は居るでしょうし、
その人を危険にさらすようなことは無いでしょう。
皆さん、何よりも自己保身だけはしっかりしますからね」
皮肉交じりにそう言うとソフィはため息をついた。ほんと、世知辛い世の中だ。
「なにより、北区には千鶴さんがいますから。
門は突破されるかもしれませんけど、あの酒場より内側には誰も入れません。
保証します」
……?
少しの間ソフィの言葉の意味を考えるも、結局理解できずに思わず聞き返す。
「いや、千鶴さんが居るから何なんだよ。
あの人が魔王軍を全部倒してくれるわけでも……」
ソフィの方を見上げながら、なんとなく彼女の言わんとすることが分かったような気がした。
でもまさか……?
ソフィは頷いた。
思い当たる節は……むしろ多すぎるくらいある。
千鶴さんは、周りの人の魔力が気にならないくらいの膨大な魔力を持っているという。
異常なまでに鋭く真実を見抜く頭を持っていて、それでいてやろうと思えば大概の事は人並み以上にこなしてしまう。
本気を出したら二日で店を繁盛させたというのもその一つだ。
ああまで怒られていた魔素水の一件も、結果を見れば正しかったのは千鶴さんだった。
もしかしてあの人って戦いも……?
そういえば千鶴さん、魔素水が二十本入った箱を平気で空箱みたいに持ち上げてたような。
もう、俺は次千鶴さんに会ったときにどう接したらいいんだ。
本当にあの人って何者なんだよ。
「……あれ。そこ、書き忘れですか?」
ソフィが話の流れを遮るように身を乗り出してきた。
指は地図上の、魔王軍が群がる壁の外を指していた。
方角的には南区の外壁周辺のようだ。
南というと……今日の午前に、巨大樹の森へと向かう途中で通ったところらへんだな。
「あぁ、そこな。
俺も気になってたんだよな、なんか不自然な空きがあって。
見た感じ他にそういう変な空間は無いっぽいから、
どうもここだけがおかしいみたいなんだけど」
整然と並べられた魔王軍の兵たちの中心に、ぽっかりと穴があいていた。
魔王軍の兵たちは四つの隊に分けられていて、それぞれが各方角の区を攻め入るようになっている。
他部隊と比べてみても、北部隊や西部隊に関しては隙間なく敷き詰められているのに対して……南部隊にだけ、変な空間が存在する。
「どうしてでしょう。
他部隊だと、ちょうど大型ユニットが配置されてる部分みたいなんですが……」
確かに。
他部隊を見ると、北部隊に配置されているベヒモスをはじめとして、その部分には大型のユニットが配置されている。
なんで南には居ないんだ?
「なんでだろうな。
大型の魔物って扱いが難しいだろうし、都合が合わなかったとか?」
作業を続けながら俺が適当な事を言うと、ソフィは怪訝な表情になった。
まぁ、そんなしょうもない理由なわけないよな。
と、城門の方から前触れもなく爆音が響いてきた。
腹の底を震わせるような、長い長い重低音。
思わず立ち上がって音の聞こえた方を眺める。




