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第十四話 ① 魔王軍襲来

 轟音が鳴り響く。


 通りは人の波でごった返していた。

 すぐ近くの城壁からは火の手が上がっているのが見える。


「なんか今日……色々ありすぎじゃないですか」


 ソフィはため息交じりに呟く。


 色々、なんて言葉でまとめられるような状況じゃないんだけど。


 砂の地帯を出てすぐ眼の前には、東居住区が広がっている。


 ここに来るときは確かに、夜のとばりに包まれた静かな街だったはず。

 しかしそこは今や、地獄絵図だった。


 先ほどのサイレンを受けて目を覚ました住民たちは、城壁から漏れ出る火の手に驚いてパニックになっていた。


 悲鳴を上げながら一目散に中心区へ駆けていくもの、子供の手を引きながら走るもの、大事そうに家財を抱えているもの……

 阿鼻叫喚という言葉が、こうも似合う状況は他にないだろう。

 

 対照的に、ソフィはのうのうとその場に立ち止まって城壁の方に目を凝らしている。

 あの火の先にあるもの……それは、既に分かっているはずなのに。


 このサイレンの音は、魔王軍の襲撃を示す特別なものだというのだ。


「……大丈夫か?

 結構人が多いみたいだけど、魔力で酔ったりしてない?」


 先ほどの話だと、本物の時計を持たないソフィはこういう人混みにいるのが相当つらいはずだ。

 心なしか、顔から血の気が引いている気がする。


「大丈夫、です。なんとか頑張ります」


 気になる事があるのか、ソフィはたびたび振り返りつつもその場を歩き出す。


 その足取りは実にゆったりとしたものだった。

 本来なら一目散に逃げるべき状況だが、今のソフィにとってこの人混みはこたえるのだろう。

 様態を気にしながら、道の端をゆっくりと歩く。

 

 

「…………くん!……佐伯君!」


 と、名前を呼ぶ声が聞こえたような気がした。


 聞こえて来た方を見やると……人混みをかき分けるようにして、男が走って来るのが見えた。真 っ白な制服を見ただけで、あれが誰なのかすぐに分かってしまった。

 俺は手を上げる。


「あぁ、奏瀬か。どうした?」


 俺が気さくな挨拶をしたのを見て、ソフィが不思議そうにこちらを見上げる。

 そういえばソフィには紹介してなかったっけ。


「……どうした?ではない!

 今、大変なことになっているのは分かっているだろう?

 だというのにそんな……。早く安全な場所へ急げ!」


 なんだ、いつになく声が大きいな。


「いや、俺も急ぎたいんだけどさ。

 ソフィがゆっくりしか歩けないから、それに合わせてて」


 言われて初めて奏瀬は俺の隣に目線を下ろした。


「そうか……この方が。どこかお怪我が? よろしければお手伝いいたします」


 何か勘違いをした様子の奏瀬は、ソフィの傍に屈みこむ。


「いえ……大丈夫です。走ると疲れるから歩いてるだけで」


 奏瀬は差し出した手を引っ込める。

 お気遣いありがとうございます、とソフィは気を使ってお礼を言った。


「ちょっと……この方は? 何で先輩に騎士に知り合いが居るんですか?」


 小声でこちらに尋ねて来る。制服を見れば奏瀬が騎士だという事は分かるらしい。


「なんだろうな。

 転移したタイミングがたまたま一緒だっただけのやつなんだけど……。

 名前は奏瀬。悪い奴じゃないから安心していいぞ」


 そうですか、とソフィは頷く。


「ご自身の意思でゆっくり歩いているのなら少し急いで避難することを勧める。

 まぁ、君に何を言ってもダメだろうな。

 でも、自分の命は大事にしてくれ」


 興奮した様子で奏瀬は言う。

 なんだ、失礼な物言いだな。


「お前こそ、何でこんな所にいるんだ?

 向こうから来たみたいだけど……あれか、おっきな音につられて来たのか。

 まったく……やじ馬根性もほどほどにしておけよ?」


「違う、やじ馬などでは断じてない!

 僕は騎士団に所属する者として、前線の様子を見に来たのだ」


 あぁ、そういう事。


「それはご苦労様、大変だな本当に」


 言ってから、妙な事に気が付いた。


「にしても一人なんだな、お前。もしかして仲間とはぐれたとか?

 戦うなら他の奴らと一緒に行動しないと危ないぞ」


 冗談交じりに奏瀬の肩を叩いてやると、その顔は曇った。

 あれ、突っ込まれるのを期待してたんだけど。


「今、騎士団の主力の殆どは王国内にいないんだ」


 静かな声音だった。隣を駆けていく男と、肩がぶつかる。

 しかしそんなことを気にしている場合ではなかった。


「居ないって……どういう事だよ」


 声音に不信感がにじみ出ているのを自分でも感じた。


「今、フェニキアはその騎士団のかなり大部分を隣国タリアとランスへと派遣している。

 向こうでの戦争が激化しているのを受けて、その援助をするためにね。

 もちろんこの国に全く騎士が居ないという訳ではないが……」


 現に僕はここにいるわけだし、と奏瀬は言う。


「なら、そいつらはどこにいるんだ。

 あまり戦いの事に口出す気はないけど……

 今見てきた感じ、東区の門はかなりやばそうだったぞ」


 数百メートルもこの人の波を遡れば、そこはもう東区の門だ。

 サイレンが鳴ったころには、高い城壁の内側からもその戦いの火の手が見えるほどだった。

 だからこそ住民たちは全力でここから離れようとしているのだが。


「もちろん本来なら僕達騎士の役割はこの国を守る事だからな。

 今すぐにでも前線に繰り出して門を守らなくてはならない。

 しかし今現在、騎士団に四つの門を守るほどの人員は無い。

 今騎士団に出された命令は……中央区の防衛、ただそれだけなんだ」


 なるほど。でもそれってどうなんだ?

 人員不足によってやれることが少なくなっているのは分かるけど……中央区の防衛以外を放棄するのはやりすぎな気がする。


「外壁の防衛は冒険者ギルドに指揮権をゆだねたらしい。

 冒険者なんて、戦力で言えば騎士団に圧倒的に劣るものが多いというのに……

 お偉いさんは庶民よりも、自分の身の安全を案じるのに忙しいようだな」


 さらっと俺たち冒険者を見下してくるが、言いたいことは分かる。

 中央区には重要人物が多く住むわけで、国にとって最も優先するべきはそういう重鎮の命なのだろう。


 確かに効率を考えるのなら強い騎士団を中央区に置いておきたい気持ちは分かる。

 でも人命に関してだけは、効率を議論に持ち出すべきではない。


「それじゃあ……お前は命令を守らずに何やってんだ。

 今、中央区の方から来たよな?」


 俺の指摘に奏瀬は顔を曇らせた。

 罪悪感はあるらしい。


 言葉を探しているのを見かねて俺は続けた。


「……まぁ、それはいいや。

 でも今の所、東区にはその冒険者もまだ派遣されてきてなかった。

 いるのは常在している門兵だけだろうし……

 このままじゃお前ひとり行ったところで戦況は変わらないのは目に見えてるだろ」


 言いながら奏瀬の腕を引っ張る。


 別に強く説得をしたかったわけではない。奏瀬の左目を見たかっただけだ。

 しかし俯きながら目を瞑っているので、覗こうにもよく見えない。


「ピンチみたいだけど……これまでも襲撃自体は何度かあった訳だろ?

 たまたま騎士団の人員が少なかった、なんてそんなに予想は難しくない事態じゃないのか」


 言ってしまってから、無責任な発言だったかと少し反省する。

 しかし奏瀬は淡々と続けた。


「勇者様がこの王都付近で活躍し出したころから襲撃は少なくなって、

 ここ数年は一度もなかったんだ。

 云わば、魔王軍は勇者様の存在自体を疎んで攻めてこられなかったわけだ」


 じゃあどうして今頃になって……?

 その疑問には、あまりに単純な答えが出されていた。


「今、この王都には騎士の大半が居ない状況にある。

 その上間の悪い事に、最大の戦力である勇者が今日の昼に王都を発たれたんだ」


 ……そうだった。丁度今日の昼に、勇者とデュオさんはガルドへと行ってしまったんだ。

 この場にデュオさんがいてくれたら、どれだけ心強かっただろう。

 それだけで魔王軍を跳ね返しそうな強さだった。


 つまり今、この王都では主力陣の殆どがタイミングの悪い事に席を空けている事になる。

 確かにこの現状はヤバい。


「それだけじゃない。

 それらに加えて、今騎士団本部にある報告は全てがこの王都の破滅を示している。

 向こうの大将は魔王軍幹部だというし、

 そのユニット数も隣国との戦争の時と比じゃないほどの数だという。

 はっきり言って、勝ち目はないと考える人もいたよ。

 ……この王都は今、歴史上に前例が無いほどの窮地に立たされているんだ」


 奏瀬の口調は切羽詰まったようなものではなく、どこか諦めを含んだ沈んだ声音だった。

 それがまた、事の重大さを身に沁みさせる。


「でも、そうだとしたら猶更お前一人で行動するよりも、

 上の指示に従った方が良いんじゃないのか。

 戦いの事は良くわからないけど、これって国家単位の危機なわけだろ?」


 こんな状況、つい先日転移して来ただけの一人の騎士が独断でなんとかできるようなレベルではない。

 言いながらも、だんだんと事の重大さが分かって来た。


 もしかしたら……上層部はもう現状を半ばあきらめていて、最後の手段として騎士たちを中央区へ集めているのではないか?

 今頃北区の方……俺の宿や、千鶴さんの酒場は大丈夫だろうかと思いを巡らす。


「……すまない、それでも僕は行かないと」


 これ以上話してもらちが明かないと悟ったのか、奏瀬はそう言った。

 ようやく顔を上げた奏瀬は、短く別れの言葉を言うと足早にその場を去って行った。

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