第二話 ② 全知のチート
『六階層と八階層の地形を参照すると、不自然で明らかに作為的な隙間が存在するのが分かります。七階層の該当箇所を取り囲む壁には感圧の仕掛けが施されており、正規の手順を踏むと扉が現れます。なお、鍵は一階から五階にそれぞれ設置されているオブジェクトの数です。また、十一階層は……』
十一階層についてはどうでもいいのか、話を無視してソフィは書きとったメモを読み込んでいた。
口が乾くから無責任にしゃべらせないで欲しいんだけど。
「……疲れるな」
ようやく十一階層の説明が終わり、俺の口は解放された。
お疲れ様です。とソフィは口では言いながらもメモからは目を離さない。
しばらく考えた末に、ぱちんと音を立ててメモを閉じ顔を上げる。
「ここは隅々まで探索されつくした……って言ったばかりで申し訳ないんですけど」
ソフィはペン先で自分のこめかみをつつきながら言う。
「今先輩が言ったものはおそらく、
現状誰にも見つかっていない隠し部屋の条件のはずです。
こんなこと、普通ありえません。
この遺跡は冒険者を志した人がほぼ必ず通る道なんです
つまり、何千、何万もの人がこの地を歩いたはずなのに……」
ソフィは軽くショックを受けているようだった。
そこまでのものなのか。
「確かに条件を聞いた限りだと、そもそも違和感に気が付くのも難しそうな感じだったな」
六階層と八階層の地形を参照すると不自然な隙間がある、なんて言われても何もピンとこない。
駆け出しの冒険者がいくら束になっても、そんなところ気にも留めないだろう。
「……で、なんで俺のスキルはそんな事を簡単に答えられるんだ?」
ようやく気になっていたことを訊けた。
ソフィは唸るようにして一度天井を見上げ、考えをまとめているようだった。
今話すべきか、迷っているみたいだ。
「制約があるので詳しい説明は省かせてもらいますけど……
結果だけ言うとですね、
今先輩は王国が網羅している限りのダンジョン等の情報と同等か、
それ以上の情報にアクセスできる状況にいます。
つまり、先輩は意識していないだけで膨大な情報を持っていて、
そのせいで何か質問をされると、スキルによって正直に答えざるを得なくなる……と言えば伝わりますか」
難しいでしょうか、とソフィは付け足す。
その謎の仕組みは正直イミフだけど………
でも効果自体はなかなかにおかしいな。
簡単に言うと、国家が把握している情報以上の事を、俺は訊かれさえすれば何でも答えられるという事らしい。
ステータスに関わらずSランクになりうると言っていたのは、あながち誇大広告という訳ではなさそうだな。
とはいえ疑問だらけ。
「説明は省くって……俺はそんな沢山の情報を勉強した覚えなんてないんだけど。
っていうか、誰も発見していない情報をどうやって頭に入れたんだ」
「そこらへんは……そもそも分からない部分と、
話してはいけない部分があります。
大部分は前者なので、正直に言うと私も知りたいです。
先輩のことなんだから先輩本人に訊きたい所なんですが、あいにく覚えてないみたいですし」
「……結局は、記憶を取り戻さない事には何も分からないってことか」
ソフィはため息を一つ吐く。
「そうです。道のりは長いですけど」
ソフィにはぐらかすつもりは無いのだろうが、あまりにも分からないことが多すぎる。
そもそも記憶を取り戻すって……どうやって?
「とにかく。
なぜか先輩の頭に入ってる情報とそのスキルが組み合わされば、
知りたいことが簡単に知れるわけです。
基本的なダンジョンの情報から……
それこそ何十年にもわたって発見されなかった隠し部屋の出現条件まで」
よくある設定ではあるが、しかし実際に使うとなると
信じられないくらいまっとうなチートだな。
簡易的に全知の存在になれるスキルって……普通にとんでもない。
「でもそうだよな。
改めて考えると、“質問に対して正直に答える”だけなんて、
転移者がそんなに弱いスキルを持ってるわけないんだもんな」
仕組みからして、俺が三歳児以下のステータスを持ってるなんてことは有り得ない。
そうなると、一見使えないように見えるスキルでも弱い訳が無いんだ。
「いえ、そのスキルは間違いなく弱いです。
本ッッ当に弱い。何の使い道もない。
何万人もの転移者を集めたとしても、
そんなデメリットしかないスキルを持って転移してくる人は現れません」
先輩の場合は話が別だっただけで。とソフィは付け足す。
そんなにボロクソに言わんでも。
「……でも現に俺はそれを持ってるんだろ」
「だからそれは計画の一部だからです。これもいつか話しますけど」
やはり良く分からない。
全容が掴めないもやもやばかりが残る。
「なんで今は教えてくれないんだよ」
ちょっと意地悪な質問をすると、ソフィは眉を吊り上げた。
「当たり前じゃないですか。先輩なんかに重要な情報を教えたら情報漏洩一直線ですって」
は?
俺の口が軽いって言いたいのか……と、反論しようとして気づいた。
そうか、訊かれたらなんでも答えなくてはいけないスキルを持っている以上、俺の口はこの世の誰よりも軽いのか。
ソフィはそれ以上その話題について触れるつもりが無いようだったので、俺は話を変えた。
「ところで、その隠し部屋には何があるのか訊いてなかったな」
「そうだけど……期待はしない方が良いですよ」
……なんでだよ。急に落とすじゃん。
「いろんな人間が見逃すくらい難しいってことは、それだけ凄いものが入ってたりするんじゃないのか?」
そう思って勝手にわくわくしていたのだけど。
ソフィは一度自分の髪を触るようにしながら、どう説明したものかと考えている様子だった。
駄々っ子に理を教えるお母さんのように見えて、なんだかばつが悪い。
「こういうダンジョンの隠し部屋って、
盗賊技能の一つの“宝物感知”を使って突き止めることが多いんです。
つまり、もしその部屋に何かしら値打ち物があったらそれに反応して、
とっくに突き止められてるはずです。
そうじゃないってことは、おそらく感知に引っかからないレベルの……
それこそ初級ダンジョンにふさわしい、ちょっとだけ強い装備とかが妥当でしょうね」
そういうものなのか……と露骨にがっかりしていると、
「どうしても欲しいなら取りに行きましょうか?」
と、なぜかソフィが駄々っ子をあやすような口調で言ってくるのが妙に気恥ずかしかった。
わざわざソフィに助言を無視して行って、
部屋の中にあるのがソフィの言う通り“序盤で手に入れると重宝するけど後半の方になると火力のインフレについていけなくなって結局安値で売る奴”、
とかだったら顔も併せられなくなってしまう。
しかし念には念を入れてと、隠し部屋内の宝物についての質問をしてみたのだが。
「……反応しませんね」
スキルは反応せず、何も語ろうとしない。
「そこに宝物は無いってことか」
なんだか期待値を上げた分その落差でがっかりしてしまう。
「おかしいですね。何もないなんて事は流石に……」
ソフィは眉を寄せて考え込んでいる様子だった。
と、今更ながら違和感に気が付いた。
「そういえば、さっきから何でずっと敵に遭遇しないんだ?」
そこそこに長い間歩き続けているが、全くモンスターに遭遇する気配が無い。
スキル曰く、一階から五階にも低級モンスターとやらがいるはずなんだけど。
「ああ、それは避けて通ってますから」
……?
避けて通るったって、姿も見ないなんて事があるのか。
「そこら辺の事も確かめておきましょうか……ほら」
ソフィは、持っていたメモをこちらに渡してきた。
「これ、見えますよね。この階層の地図です」
顔を寄せて、メモを覗き込みながらペンを手渡してくる。
「地図上に、魔物の位置を記してください」
ソフィの指示の内容を理解しようとする前に、手が勝手に動いて次々に地図上に点が描かれていく。
お前そんなことまでできるのかよ。
どういう仕組みなのかは知らないが、知っている情報なら黙っていられないという効果のスキルなのだろう。
いや、全然知らない事なんだけど。
書き終えるとソフィはメモのページをめくりながら、先ほどから見ながら歩いていたのであろう、正解の地図と見比べ始めた。
良く知らない俺が横目に見るだけでも、一致しているのが一目瞭然だった。
「これでモンスターの位置が全部わかる……のか」
同様に、おそらくトラップの位置や宝箱の位置も記せるだろう。
でも……
これは流石にやりすぎじゃないか?
どんなダンジョンでもその構造を把握して、敵の位置やトラップの位置、隠し部屋の場所、その条件に至るまでの全てを知れる。
いくら苦戦したとしても、最初は攻略を見ないのがゲーマーとしての矜持なんじゃないのか。
初見のくせにRTAでもやってるのか?とつっこみたくなるようなチートスキルだ。
「これを見ながら進めば、絶対に予想外の遭遇をすることは無いです。
それに、これを見ながらうまく迂回すれば、
エンカウントなしで目的地まで行くのはそんなに難しい事じゃないのは分かりますよね」
うーん、ヤバそう。
ここはよく知られた初級ダンジョンだからそこまで凄くはないものの、上級ダンジョンなんかでそんなことが出来たら本当にズルだ。
とはいえ。
「いや……でもこれが絶対に正しいとは限らないだろ?
モンスターだって生き物なんだから、そんなずっと同じところにいるわけないんだし」
「いや、そこは大丈夫です。
研究によって裏付けされてる情報ですが、
フィクスに分類されるモンスターは基本的に敵対するものを発見しない限りは、
何があろうとそこから動きません。
大体はフィクスと、ルーチンと呼ばれる……
決まったルートをぐるぐる回るモンスターの二種類に分類されます。
こっちは多少タイミングを計る必要があるから少し面倒ですけどね。
それ以外にランダムで動くモンスターも存在しない事は無いですけど……
そういうのは例外中の例外ですから」
そんな……そんな事があっていいのか?
いよいよ本当にゲームみたいになってきた。
まさかモンスターさえも作られた生き物だなんて言い出すんじゃないだろうなと勘繰ってしまう。
「せっかくですし、
このスキルが本当に正確な情報を把握しているか確かめる意味も込めて、
七階層まで行ってみましょうか」
ね?とソフィは顔を覗き込んでくる。
やめろ、顔を近づけるな。
「……でも、宝物はないんだろ?」
「それはそうなんですけど、もしかしたらその方が期待値高いかもしれないと思って。
それに、この地図を使えば一時間くらいで着きますから」
良く分からないことを言うソフィ。
しかしそういう事なら素直に従うか。ダンジョン攻略とやらに興味もあるし。
モンスターとの戦闘という醍醐味が味わえないのは少し寂しいが……
まだ隠し部屋の仕掛けが残ってる。
それでも解きながら行けば退屈しないだろう。
確かそれぞれの階にあるオブジェクトの数がカギになるんだったな。
こういう謎解きゲームって好きなんだよな。
ちょっと楽しみだな。
……なんて考えながら歩いていると。
「――じゃあ先に、隠し部屋の仕掛けの解き方を聞いておきましょうか」
ソフィの口からそんな言葉が出てきた時は、ぎょっとしてしまった。
『ダンジョンは全十一階層によって成り立っています。観察をすると一階から五階にかけては頻繁に設置されていた女神像等のオブジェクトが、それ以降全く置かれていないことが分かります。一階から五階までの設置されているオブジェクトの数を観察すると、8個、0個、4個、9個、7個なので、それぞれを一から並べると、80497となります。80497は素数101と797によって成り立っている数です。前述の地図を重ねて浮かび上がる該当箇所の10×10のタイルによって構成される感圧式の壁を、1-0の位置を一回、7-9の位置を七回入力すると壁が一時的に崩れ、扉が出現します。また……』
熱心にメモを取るソフィを横目に俺は、
容赦のないネタバレが自分の口からとめどなく流れ出てくるのを、ただ聞いていることしかできなかった。