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第十三話 ⑤ タネ明かし

「……13枚は流石にやりすぎでしたね」

 ソフィは良く分からないことをつぶやきながら魔獣の様子を伺っている。


 一方俺は目の前の光景に絶句していた。自分でやった事のはずなのに。


 初めの違和感としては、敵に監視されていることが分かっているのにも関わらず、ソフィが俺に抱き着いてきていたことだ。

 ソフィは、人の目がある中で平気で人に抱き着けるような人間ではない。

 真正面にいる魔獣からは見えない位置にあの謎の膜を設置しておくために、わざわざ体を密着させていたらしい。


 どうやらソフィには勝算がある。

 言う通りにしておけばなんとかなるだろう。

 なんてぼんやりとは考えていたのだが……


 まさかこんなことになるとは。


 何なら自分の出した炎の放つ光のせいで、目がおかしくなっている。

 ソフィは魔獣が倒れたのを近くで確認して、こちらに走り寄ってきた。


「どうでした?」

 ソフィは少し自慢げだ。確かにすごいので素直に認めるけど。


「で、そいつ……結局なんだったんだ?」

 未だにちかちかとしている両の目をこすりながら、俺は訊ねる。

 黒焦げになってしまったかつて魔獣だった何かは、今もかすかに白い煙を上げていた。


「おそらくですけど……

 死んだ後に人間の姿にならないところを見るに、

 人型に変身できる魔物だったみたいです」


 本体が魔物で、人間に化けてるパターンか。

 そんなものも居るのか。すごいなこの世界。


「そんでそいつは、間違いなく死んでるのか?」

 ソフィは一度魔獣の方を振り返り、確かめるようにうなずく。


「おそらくは。呼吸は止まってましたし、何より魔力反応がなかったので」


 それならいいのだけど。


「魔物ってことは魔王側の奴らってことなのかね……」

 そうかもです、とソフィは頷く。


「てか、良くあの岩に誰かが潜んでるって分かったな」

 そもそも岩陰に擬態していたあの男を、最初に見つけたのはソフィだったはずだ。


「あぁ、こういうのは得意なんです。

 昔から、常に周りの魔力を感じ取る……

 ちょっとした体質みたいなものを持っていて」


 周りの魔力を感じ取る……魔力感知と似ているな。

 魔力感知は自動追尾を習得するために必要な技能の一つだったはずだ。


 魔力を行使できる能力を持つ生物は何かしらの形で常に空間に魔力を発しているという性質があるので、それを利用して感知する。そんな技能だった。


 技能なので通常は発動させて使うもののはずだが、ソフィはそれを常に発動している状態……ということになるのだろうか。


 未だ馴染みのない技能なので、それがどういう状況なのかあまり想像がつかない。

 曰く、生まれつき魔力の扱いに長けている者がまれに持つ、特異体質のようなものだそうだ。


 そうか、考えてみればこれって結構索敵に使えるスキルだな。


「ただの岩から魔力を感じることは無いから、変身を見破れた……みたいな感じ?」

 無機物に変身しても、魔力は隠せない……的な。


「いえ……それが、その逆なんです」

 ソフィは前髪をいじいじとしながら言う。

 逆?


「正直言うと、酒場からこの砂原に歩いてくる時点で、

 後ろに誰かがいることは分かってたんです。

 ただ、その誰かさんが私たちを尾行しているのかどうかの確信が持てなくて」


 まぁ確かに、砂原にたまたま用事のあった一般人かもしれないわけだからな。

 ただ後ろを歩いていただけで、尾行されていると決めつけるのは被害妄想もいいところだ。


「ただ、私たちが立ち止まるとその反応がいきなり消えたんです。

 それで試しにその魔力が消えた地点に炎を放ってみたら……こうなったわけです」

 ……なるほど?


「えっと、つまり……

 ずっと魔力反応を感じていたのが、なぜかふと消えたから、

 そこが怪しいと思ったってことか?」


 ソフィは少し考えるようにしながら頷く。


「そういうことです。

 ですが一部例外を除いて空間に漏れ出る魔力は、

 消すことが出来ないはずなんです。

 原則として対象が生きている限りは魔力が見え続けるので、

 その場で急死でもしない限りこの現象は起こり得ません。

 なので正直びっくりしました、本当に男が現れた時は」


 もういちど、振り返るようにして魔獣の方を見る。

 何か気味悪がっているようだ。

 そいつは死んだ、と言ったのはソフィ自身なのに。


「魔力を感知されないように隠すってのはできないもんなのか?」


 例外がある、という言葉が引っかかり、俺はソフィに訊いてみる。


「一応可能です。が、それが出来るのは世界でも片手で数えられるほどしかいません」


 いるにはいるけどごく少数、ということか。


「じゃあ、そいつがその一人だったんじゃないのか」

 おかしな言動をしていたが、そいつは世界でも片手で数えられるレベルの人材だったのかもしれない。

 その割にはあっさりと死んでしまったが。


「いえ、それも無いはずです。

 ちょっと難しい話にはなるんですが……

 あの男の本体は獣の姿で、

 そこから変身して人の姿になったり岩になったりしているようでしたよね。

 魔力の隠蔽は魔力を行使していないときに限るっていう原則があるので、

 岩が彼の本体でもない限り、

 岩に変身にしている間はずっと魔力を放出し続けるはず……なんです」


 正直説明の部分はさっぱり分からなかったが、魔法に詳しいソフィがそういうのならそうなのだろう。


 とにかく、あの状況で魔力が感知されないようにするには死ぬしかないはずなのに、彼は何事もなかったように生きていたという事らしい。

 もしくは、あの男の正体はただの岩だったか。

 ……俺に詳しい話は分からないが、それだけはないだろう。


「あれだけ達者に言葉を話していて、本体が魔獣ってのも気になるところですね……」

 ソフィはまだ気になっていることがあるようだ。


 しばらく黙り込むソフィ。

 俺は俺で、また一つ疑問が出来ていた。


「っていうか、その体質の話初めて聞いたけど……

 それってつまり、常時索敵ができるって事だろ?

 それなら、俺がわざわざ地図に魔物の位置を書かなくても良かったんじゃないのか?」


 流石に地形や罠までは分からないだろうが、それだけで相当手間が省けたと思うんだけど。今までの手間は何だったんだ。

 俺の抗議にソフィは目をしばたたかせる。


「いえ、普段はそんなことできないです」


 ……あれ。ちょっと俺の早とちりだったか。

 とはいえ良く分からない。常時周りの魔力を感知するっていう体質なんじゃなかったのか?


「あぁ、そうでした。まだ説明してませんでしたね」


 言ってソフィは、胸元のチェーンを摘まんで首から外した。

 手には、金色の懐中時計。

 確か、迷宮にいた時にちょっとそのことにふれた。

 つけていると落ち着く……みたいなことを言っていた記憶がある。


「常時周りの魔力を感じ取るこの体質は、確かに便利です。

 でも同時に、凄く疲れてしまうんです。

 沢山の人とか魔物の魔力をずっと感知し続けるという事は……

 例えるなら、ずっと方々から大きな音が聞こえてくるみたいな感覚で」


 はぁ、なるほど。

 耳が敏感な人が人混みを怖がるのと同じか。


「子供の頃はそのせいで人に近寄る事すらダメで……。

 でも、ある日お父さんの書斎で見つけた時計を身に付けたら、それが大丈夫になったんです」


 言いながら手に持った時計を撫でる。

 つけていると落ち着くというのはそういう事だったのか。


「それはなんでなんだ? 時計にはその体質を無効化する効果があるとかか」


「原理はもっと簡単です。

 時計にはすごく強い魔力が込められていたので、

 他の弱い魔力は気にならなくなるってだけです。

 先ほどの例だと、周りから聞こえてくる音よりも大きな音楽を流してる感覚……でしょうか」


 なるほど。本当に簡単な原理だ。イヤホンして音楽流してるのと同じ。

 

 というか。

「そういえばさっき、あいつに気になる事言ってたよな。時計を盗まれた……とか」

 どう見ても手元にあるみたいだけど。

 

「これはダミーです。

 外見はそっくりなんですけど……

 この時計には魔力が込められてないのですぐにわかりました」


 ダミー。じゃあいつの間にかすり替えられていたという事か。


「今その時計には魔力が込められてないから、

 それで今は周りの魔力が感じ取れるわけか。

 なるほど、だからさっきの話に繋がって……あの男に気づけたわけだ」


 “時計を盗まれた後くらいから気づいていた”というソフィの言葉の意味がようやく分かった。

 ソフィは頷く。なんだかややこしい。


「午前中にちょっとフォーマルな場に出る用事がありまして。

 仕方なくこの時計を外して行ったんですけど……

 帰って来たら既にやられてたみたいで」


 となると、酒場に置いて行ったのを盗まれたという事になるな。

 

「そいつは今、持ってないんだよな?」


 俺は丸焦げになった魔獣を指して言う。

 ソフィは首を振った。確かに、持ってれば魔力を感じるはずか。


「ていうかそうなると、今日一日はその状態で過ごしてたのか。

 大丈夫だったのか?

 ここは人いないし、俺の魔力は大したこと無いだろうから大丈夫だろうけど……」


 千鶴さんの酒場なんかは、めちゃくちゃ人がいたはずだ。


「大丈夫です、酒場には千鶴さんが居ますから。道を歩くのはちょっときついですけど」


 ご心配痛み入ります、とソフィははにかむ。

 そう言ってくれるのは嬉しいけど……


「千鶴さんが居るからって……?」


 ソフィはきょとんとした顔をする。

「言いましたよね?

 大きな魔力の近くにいれば、他の小さなものは気にならないって。

 そういう意味では、千鶴さんの近くにいるのがなにより安心できるんです」


 大きな魔力って……千鶴さんが?


「あれだけお客さんが沢山居たのに……千鶴さんはそれが気にならないくらいの魔力を持ってるってことか?」


 ソフィは頷いた。何に驚いているのか分からない、と言った風だった。

 言われてみれば。

 確か千鶴さん、“何度か冒険者にならないかって誘われたことがある”って言ってた記憶がある。その人たちは千鶴さんの魔力を見て誘ったという事になるのだろうか。


 なんかどんどんと俺の中の千鶴さん像が変わって行っている。

 俺たちのポンコツ陰謀論大好きお姉さんを返してくれ。

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