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第十三話 ④ 張り詰めた空気

 --いつから気が付いていたんだ?

 震え声に目を凝らす。


 男の声だ。


 ……あの岩に、化けていた?

 なんて状況を整理して落ち着こうとしていると、


『いや、まったく気づいてなかった。驚かせんなよ』


 とまぬけな台詞が自分の口から出て来ていた。

 また変にスキルが暴発してる。


 ソフィと話すときは大丈夫なのに……奏瀬に対してもそうだが、話し慣れていない相手だとスキルが暴発しやすいのだろうか。それとも相手が男だから?

 何にせよ面倒なスキルだ。


「ち、ちがう。俺は、その女に、訊いて、いるんだ」

 男は震えながらソフィの方を指さす。


 女とはなかなかだな。この時代に。

 見下ろすと、ソフィは相変わらず体をぴったりとくっつけたままだった。


「どうでしょう。いつから気づいてたか……ですか。

 あなたが私の大事な時計を盗んだのに気が付いた、

 その後くらいからでしょうか?」


 ソフィの声にはいつになくトゲがある。時計を盗まれた?

 となると目の前にいる相手は――敵なのか。


 かすかな月の光に照らされた、目の前の男の顔を観察する。

 やけただれた顔に目の下の深いクマ、ぐしゃぐしゃの髪に自身の爪痕の残る首筋と、一目ではモンスターに見まごうこともあるのではないかと言った容姿だった。

 月光のもとだとその血色の悪さも相まってとても生者には見えない。


 というか。

『時計って……全然今も付けてるよな?

 普通に固いのを感じるんだけど』

 また余計な事を言ってしまったと報復に身構えるも、ソフィは何もしてこなかった。

 どうやらそういう雰囲気じゃないらしい。


「少し、手ぬかりが、あったか。

 ちくしょう、こんな、ときに、かぎって……」


 ぶつぶつと男はつぶやき、しきりに自分の頭を掻きむしっている。

 なんかこわい。


 唸り声の後のチッという舌打ちと共に、何の前触れもなく男は手の甲を前に突き出した。

 そこに青の光が生まれた……と思った次の瞬間、それはすさまじい速度でこちらへ飛んできた。


 避けなければ、と脳が判断するよりも先に、地面の砂が盛り上がり眼の前に障壁を作る。

 ソフィの魔術だった。

 砂の壁に阻まれて、魔法はその光を失う。


「殺すつもりは……無いみたいですね」

 小声でソフィは呟いた。

 俺には良く分からないが、今の魔術を見て判断したらしい。


 なんにせよ、コイツが誰で何を目的としているのかが全く分からない。

 砂の壁は一瞬で取り払われ、また男の顔が月夜に照らされる。

 

「先生に、言われてるからな。

 安心しても、いいぞ。

 でも、このまま、ってわけには、いかないからな」

 そう呟いたかと思うと今度は続けて数発、軌道を変えながら魔法を飛ばしてきた。

 今度もソフィは俺に抱き着いたままの体勢で、全て砂の防壁によって防ぎきる。

 

「なかなか、めんどう、だな。

 おまえ、魔法は使えない、はず、なのに」


 続けて数発、今度は色の違う魔術も混ざっていた。

 今度も全て守り切ったが、後ろの死角から砂の防壁の音がしたときは肝が冷えた。

 そんなコスい事もして来るのかよこいつ。いや、いかにもそういうことしそうな見た目だけど。


「なるほど、それは、魔術じゃない、な。魔力の直接行使……か」


 にやりと口元に笑み浮かべるのが見えた。

 見破ってやったぞ、みたいな表情をしている。

 ソフィはソフィで黙り込んでしまった。


『……なにそれ。どういうこと?』

 またいらんタイミングでスキルが発動する。変なところで気になってしまった。


「……その女は術を介さずに、

 魔力の持つエネルギーを、そのまま空間に、発現させている、

 と、いうことだ。

 理論上は、可能、という話は聞いた、ことはあったが……」


『そうなの、ありがとう』

 なんか説明してくれた。


 ソフィは不満げに俺を見上げて来る。いいだろ、ちょっと気になったんだよ。


「なら、攻撃手段は、無いな。これなら、あちらの方が……」


 そう呟く男の体に、月夜の光が屈折して集まって来るのが見えた。

 人間の物とは思えない唸り声をあげ、またぶつぶつと呟きだした。


「あぁ、あぁ、良かった、やっと、赦しを戴けた……これで……」

 そこまで言うと、やつれた男の姿は見る見るうちに形を崩していった。


 形が変わりつつも、ぼこぼこと気味の悪い音を立てて、膨らんでいく。


 数瞬前まで人の形をとっていたはずの男は、瞬きする間に大きな黒い獣へと変身していた。

 オオカミのようなフォルムをした魔獣で、大きさは一般的な車より一回り大きいくらいだ。


 正直デカすぎて怖い。


「魔獣への変化ですか……この時代に。なかなか渋いチョイスですね」

 ソフィは相変わらず落ち着いた様子で呟く。

 この子は本当に肝が据わっている。流石に一線級での経験があるだけあるな。


「男が戦力にならない事は確認している。

 女は攻撃魔法が使えず、しいて言うのなら魔力の直接行使のみ……

 なら、貴様らが勝てる道理は無いな」

 低く唸るような声が、魔獣の口から響いて来る。

 それだけで腹の底が震えるような声だ。


『なんか急に活舌良くなったな』


 漏れた感想に触れるつもりは無いらしい。

 こちらを見透かすようにして、魔獣は佇んでいる。


「分かるだろう?

 俺に貴様らを殺す意思はない。

 抵抗しなければ、一瞬で意識を奪ってやる」

 だから大人しくしろ、という事らしい。


「戦うとしたら、さっきのよりも強力な火球を受けるつもりなんですか?

 でも聞いてました?

 さっきのは、私の力の一部しか使ってないんですよ」

 落ち着いた声で、ソフィは声を掛けた。


『あと急に態度もデカくなったな。あんだけビビってたくせに』


「……魔力共有は時間がかかる。その前に距離を詰めて噛み殺すのは簡単だ」


 く、とソフィは声を漏らす。図星のようだった。

 確かに、先ほどの魔力供給では、炎が大きくなるのはじわじわとだった。

 一瞬で大きさを調節していたわけでは無い。


『でもお前、そんなに早そうに見えないけどな』

 一発くらいなら、近づかれる前に撃てるんじゃないか?


『いや、でもあれか。一発撃ったところで倒せないか。無駄に図体デカいもんな』

 じゃだめだ。


「……何を自己解決しているのか知らないが、あまり俺をおちょくるんじゃないぞ。

 どこからそんな余裕が出ているのかは知らないが……」


 一度言葉を切ると、魔獣は体を大きく震わせ、唸り声を上げた。

 砂塵が巻き起こるほどの音をその巨大な体躯から鳴らす。

 あまり俺を怒らせるな、と脅して来ているらしい。


 いや、全然余裕は無いんだけどな。スキルが勝手に喋ってるだけで。

 というか、普通に今の状況はヤバい。


 冷静に考えて、人間並みの知能を持つ魔獣と一対一とか勝てるわけがない。

 あいつの言う通り、今の俺たちに戦うすべはない。

 ソフィは攻撃手段を持たないし、中級冒険者に毛が生えた程度の俺には当然……

 

「そうだ。そうやって大人しくしていればよいのだ。

 それと女、先ほどから男に抱き着いたままだが……戦う意思がないのなら、体を隠さずに俺に見せろ」

『……なんか最後の台詞、変態っぽいな』


 なんてどうでも良い事を口に出しながら、頭の中では違うことを考えていた。

 なんか魔獣の鼻息が荒くなったけど気にしない。


 そもそも俺たちがこの砂場に来た理由。

 俺の出す小さな炎でどうやってワーウルフの群れを全滅させるつもりだったのか。その方法について教えてもらうためだった。


 先ほどの魔力共有? によって確かに魔法の威力は上がるのだろうが、あのくらいで上位魔物を全滅させるなんてちゃんちゃらおかしい。

 一体倒すことは出来ても、一網打尽とはいかないはずだ。

 ……となると、ソフィには何かまだ見せていない何かがあるのでは?

 

 そう思ってソフィの様子を横目で伺う。その余裕の表情からは、俺の推測がそう外れていないということが読み取れる。

 やはり、何かあるのだ。


「なんだ、早く体を見せろ。それとも、なにか企んでいるのか?」

 苛立ちを抑える様子もなく、魔獣は低く唸る。


『そうっぽいぞ。気を付けな』


 魔獣は大きく目を見開く。恐らくコイツは、俺のスキルの効果を知っているのだろう。

 となれば、俺の言葉が全て真実であることも知っている。

 大きく息を吐きだすと、


「ならば、もう待っていられないな。……俺は猶予をやった。貴様らがそれを反故にしたのだ」


 魔獣は毛を大きく逆立て、四肢に力を入れる。その時だけ、体の大きさが数倍に膨れ上がったように見えた。

 筋肉は膨張し、その力を一気に開放する。

 

 その直前、ソフィが耳元で何かを囁いたのが聞こえた。

 なんだかそんな予感がしていた。

 あらかじめ体の後ろで生成しておいた(・・・・・・・)炎と一緒に、手のひらを目の前の魔獣に向かって突き出す。


 と同時に、グイっと後ろへ引っぱられる感覚がした。

 よろめきながらも一歩下がり、そのまま投擲の魔術へと移る。

 

 姿勢を立て直すと、目の前に幾重にも重なった良く分からない模様の幕が現れた。

 一歩下がってこれが目の前に現れたという事は、これが俺の背中に隠れてあったという事だろうか。

 ……魔獣には見えないように?


 そんな疑問を払拭するようにソフィは一言呟く。


「“撃て”」


 心なしか勝ち誇ったような声音だった。

 つられて笑いそうになるのを抑えながら俺は頷き、眼の前の膜を通じて魔術を行使する。

 

「投擲ッッ」

 

 それは、一瞬の出来事だった。

 俺の手を離れた手のひら大の小さな炎は、膜を通り抜けた瞬間に無数の火球へと分裂していく。

 その膨張速度は尋常ではなかった。


 目の前の空間が全て、炎で満たされる。


 危険を察知した魔獣は急いで方向転換を試みるも、逃げ場は無かった。

 それは、さながら炎で満たされた巨大で分厚い壁が、ちっぽけな子犬に襲い掛かるような。


 着弾の瞬間だけ、辺りに爆音が鳴り響く。

 莫大なエネルギーの発散に思わず腕で顔を防いでしまった。

 まばゆいばかりの光が砂原を満たしたのち、そこには黒焦げになった何かが転がっているのみだった。

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