第十三話 ③ エンカウント
ひんやりとした夜風が顔をなでる。
月の光が足元の砂を照らしているせいか、明かりの一つもないのに辺りはぼんやりと見渡せる。
「ここらへん……でしょうか。とりあえず」
隣を歩いていたソフィが立ち止まった。
居住区から少し離れた所にある、広い砂漠のような地帯。
王都の壁の内側ではあるが、ここに人の気配は無くひっそりとしている。
それこそ大昔は畑だったらしい。
しかし度重なる戦争に土壌を荒されて作物が育たなくなってからは、長らく放置されて砂漠のようになっているという。
王都を囲む壁は近く、過去の戦争ではこの砂の上で人が死んだのであろうと考えるとなんだか気味が悪い。
「で、ここで何すんだ?
見た感じ燃えそうな草木は無いっぽいし、
確かに炎を出すにはちょうどいい所みたいだけど」
ソフィは辺りを見回しながら、片腕を抱くようにして立っていた。
月明かりの下で白い砂漠の上、銀髪の少女が立ち尽くすという景色はなんだか幻想的で悪くない。
辺りに転がる大きな岩々も、昔は戦場だったという設定もなんだかこの光景の美しさに拍車をかけている気がする。
それは流石に不謹慎か。
んー、とソフィは口を閉じたまま唸ると、それから少し考える素振りを見せてから言った。
「ちょっと、それとは別に先ほどから気になっていることがあるんですが……
まぁ、いいです。とりあえずは、先輩の魔法の件からいきましょう」
なんだか思わせぶりな事を言うソフィ。
なんだよ。気になるじゃんか。
まずは今日の練習の成果を見せて、とソフィは促してきた。
まぁ、とりあえずやってみるか。昼に練習したことを思い出して……。
まずは、体の中の魔力を感じるところから始める。
その魔力をコントロールして放出する……そして魔力を炎に変換して……
夜の闇の中、俺の右の手のひらの上に紅い炎がともる。
昼間に初めて炎を生み出した時も感動したが、夜に出すと綺麗で趣深い。
「確か今できるのは……生成と、投擲まででしたよね。
ちょっとそこで止まってください」
手のひらの上に炎を出した状態のまま、それをキープしろという事らしい。
これ自体は別にそんなに苦ではない。俺は素直に従う。
炎を生成したことを確認すると、ソフィは俺のすぐ右隣に回り込んできた。
そのまま、炎を生み出している俺の右手首を後ろからつかんでくる。
そして左手を俺の腰に回し……最終的にソフィは、後ろから俺に抱き着くような姿勢になった。
「……そんなに抱き着くのは、意味があってやってる事なのか?」
俺は後ろにいるソフィに訊く。
「先輩の体の一部にちょっと触れる必要があるんです。
それと、魔法を生み出しているところに近い方がより効果的ですから」
「それで右手首をつかむのは分かったけど、抱き着く必要はなくない……?」
「いいじゃないですか、たまには。……ほら、それより見てください」
たまにはってなんだ。
抗議を遮るように言われた指示通りに、手のひらの上の炎に視線を戻す。
すると、それがじわじわと大きくなっていくのが見えた。
俺一人で出したのは手のひらサイズが限界だったが、炎はもうすでにバスケットボールくらいの大きさにまで成長していた。
「……すげえ」
思わず声が漏れる。
その炎は、見る見るうちに両手で抱えるほどの大きさになり……
「本当はまだまだ大きくできるんですけどね、
危ないのでこれくらいにしておきます」
ソフィのその言葉と同時に炎は成長を止めた。
手のひらの上にこんな大きさの炎が乗っているというのは少し怖いものだ。
最初は思わずのけぞりそうになっていたが、ソフィががっしりとつかんで離さなかったせいで逃げられなかった。
そうしているとだんだんこの状況に慣れてきて、目の前に大きな炎が浮かんでいても怖くなくなってきた。
こうやって逃げ腰になるのを防ぐために抱き着いてきていたのだろうか。だとしたら普通にいい教育方法だな。
そしたら、とソフィは口を開く。
「投擲もしてみてください。
昼にやったこと、覚えてます?
投擲の魔術の準備が出来たらあの岩陰を狙って、行使するんです」
ソフィが指定した岩は、俺の立っている所から少し離れた所にあるものだった。良く分からない所に念を押してくる。
しかしまぁ、別に逆らう必要もないので俺は狙いをつけた。
自らの力で投げるのに加え、魔力によって推進力を足してやるイメージで……
巨大な火球が、俺の手から放たれた。
スピードはさほどないが、炎のサイズのせいで凄い迫力だ。なんなら、人生で見た中で最も大きい炎かもしれない。厳密には火じゃないけど。
音もなく火球は飛び、そして火球が到達する……その直前。
そこにあったはずの岩が急に消えた。
数秒前には岩だったその物体は横っ飛びに移動し、体制を立てなおすように転がる。
目標を失った火球は、岩の後ろの砂をちりちりと燃やしていた。
なんだ? 何が起きてるんだ?
俺が状況を理解するより前に――
「い、いつから、気が付いて、いたんだ?」
暗闇の中から震え声が聞こえて来た。




