第十三話 ② 不可解な痕跡
「勇者って……文字面から勝手に男だと思ってたんだけど、もしかして違うのか?」
おずおずと質問をすると、二人ともきょとんとした表情をする。
「そうよ。あれだけ可愛くて男の子なら、それもそれで良いかもしれないけど」
何言ってんだ。
俺は千鶴さんの癖を聞きたかった訳じゃない。
「……そうなんすね。まぁでも、そういうのもあるか」
日本の創作文化はあらゆるパターンを網羅している。
最強の勇者が女の子……っていうギャップを狙った作品なんて山ほどある。
むしろ、最近だとこっちの方が多いくらいだ。
「ソフィアみたいに、うちの子になってくれないかしら。
そのためなら魔王なんてわたしが……」
千鶴さんの母性と覚悟が凄い。
「勇者と千鶴さんの年齢、そう変わらないですよ」
小声で呟くソフィに千鶴さんは、そういう問題じゃないの、と反論した。
「ほんと、次はいつ来るのかしら。
あの時は何か居心地悪そうにすぐ帰って行ったけど……
今度は予定のない時にゆっくりお話ししたいわ」
引かれてるじゃねーか。そんで千鶴さんも気づけよ。
「勇者なんだから忙しいに決まってるじゃないですか。
今日からガルドへ向かうって話だったんで……当面は会えないと思いますよ」
……ガルド?
ついさっき、デュオさんもガルドへ向かうって言ってたけどこれって……
「そういえば時間、大丈夫なんですか?」
思い出したようにソフィが千鶴さんに言う。
一瞬の間の後、千鶴さんは表情を変えてばたばたと手元の料理を片付けだした。
開店の時間を忘れていたらしい。
「ごめんなさいね、二人はゆっくりしてていいから。
終わったらお皿を厨房に持ってくるのだけお願いできる?」
言い残して千鶴さんは、店を開けるために階段を駆け下りて行った。
嵐のように。
◇ ◇ ◇
「……勇者パーティは今、二人で行動してるんです。
さっき出会ったデュオファンドさん人はそのうちの一人で」
残ったシチューをパンで綺麗にさらいながら、ソフィは言った。
「なるほどな、そういう事か」
デュオさんの目的地はすなわち、勇者の目的地でもあるらしい。
やっぱりあの強さは世界でもトップレベルだったんだな。
あれ? でも、ソフィはデュオさんと同じパーティに入ってたんだよな? それってつまり……
と、下から賑やかな音が響いてきた。
店を開けたのだろう。
がやがやとしたお客さんの声と共に、千鶴さんの元気な声も聞こえてくる。なんだか明るくて気持ちが良い。
「有名人効果ってすごいな。
勇者が入った店、となればこんなに繁盛しちゃうもんなのか」
テレビで取り上げられた、くらいの感覚だろうか。
せっかくだったらサインでも貰っておけば良かったのに。
と、そう単純に思っていたのだがソフィは安易に頷かない。
「それがどうも……。良く分からないんですよね」
良く分からない?
ソフィの言葉の続きを待つと、少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「もちろん箔が付く、って言うのはあるんでしょうけど……
こうも短期間で人が入るようになるものかな? って。そう思わないですか?」
見上げるようにしてソフィは俺の顔を覗き込んでくる。
まぁ、確かに。
「そうそうあるもんじゃないな。
ガラガラだった店に、たった二日でこんなに人が入るようになるっていうのは。
とはいえ、現状そうなってるだろ?」
そうですけど……とソフィは食い下がる。
気になる事があるらしい。
「昨日、ここに二日ぶりに帰ってきた時に違和感を覚えたんです。
二日前までと今とでは確実に、あたりに漂う魔力の場に違いがあるって」
魔力の場。
「それはあれか?
デュオさんが森で隠蔽の魔術を見つけた時みたいに……魔術の痕跡が感覚で分かる的な」
「ん、まさにそれです。どうやら勇者が偶然店に入って来ちゃったせいで、この酒場周辺にかかってた魔術が緩んでしまったみたいで」
……なるほど?
「元々かかってた魔術が解けて繁盛したってことか。
じゃあ、元々かかってた魔術ってそれこそ隠蔽の魔術の類だったんじゃないのか?」
そうかもです、とソフィは呟く。
ってことは、千鶴さんの酒場に人が入らなかった理由は、魔法によってその存在を隠されていたからってことになる。……のか?
「私でも気づかないくらいの術式だったから、相当なものなんだと思うんです。
無くなってようやく認識できるなんて……
相当実力のある人が、痕跡を残さないように細心の注意を払ってかけた魔術のはずです」
考え込むようにこめかみを抑えながらソフィは言う。
「だとしたら、相当手の込んだ嫌がらせだな。
そこまでしてこの店を繁盛させたくなかったのかね」
と口では言ってみたものの、この説は正直穴だらけだ。
ソフィも同様に納得のいっていない顔だった。
「目的が不透明なのが不気味ですよね。
だから、この店を大衆の目から隠すってことが何に繋がるか……。
これを考えないといけないんだと思うんですが」
ふむ……。
何か秘密のアジトならともかく、ただの酒場を人の目から隠す理由なんて無いように思うけど。
ソフィでも感知できないほどの魔術で、この店は人の目から隠されていた……。
ふと、千鶴さんの左目のステータスがぼやけて見えない事を思い出した。
あれに関しても確か、ギルドへ行って専門家に見せても原因が分からず仕舞いだったらしいな。
だからどうという話ではないが、なんだか少し話が似ているような……
「そうだ、この後時間ありますよね?」
綺麗にシチューを食べ終えたらしい、ソフィは手元のナプキンで口を拭っている。
「あぁ、全然大丈夫だけど……何かあるのか?」
外はもう、日が落ちかけている。
今からダンジョンへ向かうわけにもいくまい。
確か土竜の鎧は明日の朝に取りに行く予定になっているはずだし。
「ほら、せっかく魔法を頑張って覚えたのに、まだ使ってなかったじゃないですか」
にやりとソフィは口角を上げて言った。
確かに。楽しみにしていた魔法習得イベントが、なんだか中途半端に終わって消化不良だったのだ。
俺は頷く。
「それと、まだ教えてませんでしたよね。
あの小さな炎でどうやって、無数にいるワーウルフの群れを倒す……
ひいては、全滅させるつもりだったのか」
そういえば。
色々あったせいで結局聞けず仕舞いだったが……それを今から?
未だに想像もつかないのだけど……様子を見るに、それは冗談でもなんでもなく可能な事らしい。
俺の反応に満足いったのか、ソフィは口元に小さく笑みを浮かべる。
手を合わせ、ごちそうさまでしたと呟いてから、プレートを持って立ち上がった。
一階へと通じる階段を降りるソフィの足取りは軽く、どこか楽しそうだった。




