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第十三話 ① 大大大繁盛

 千鶴さんの酒場へと帰ってきたころにはもう、辺りは暗くなり始めていた。

 貴重な一日を消費したというのに、その収穫は今の所ほぼゼロだった。


 一応魔法の習得は出来たとは言え、練習するだけならどこでも出来る。

 あの森にわざわざ出向いた意味は全く無かった。


 ……なんて愚痴も言いたくなるが、今はそれどころじゃなかった。


「たった二日、離れてただけなんだけどな」

 酒場のゴミ捨て場に屈みこみながら、俺は呟く。


 自分の目で見たものが信じられないような、そんな気分。

 ソフィも同じ事を思っていたらしい。同意するように頷く。


「私もこれ、昨日見た時はびっくりしました。二日前はこんなの無かったのに」

 言いながらソフィは屈みこみ、眼の前の犬小屋(・・・)にふれる。


 イズの体高に合わせて作られた、綺麗で清潔感のある犬小屋。

 隣に置いてあるゴミ箱との間に扉が付けられており、イズが好きな時に行き来できるようになっている。


 二日前までは確か、ただの木材だったはずだ。

 特に複雑な構造になっているとかではないけど、素人が二日で作れるようなクオリティではないのも確か。


 塗装も既に済んでいて、色のセンスこそ壊滅的だったが……

 そこが千鶴さんの手作りであるという何よりの証拠とも言える。


 俺達が迷宮で彷徨っている間に、こんなに立派なお家がイズのために建てられていたとは。

 なんてこった。

 おったまげー。

 

 ……じゃなくて。


「いや、そんなことはどうでも良いんだって。

 ……確かにこの犬小屋を二日で作るのは相当凄いけど。

 手作りの物って言うより、出来合いの物を買ってきたって言った方が信じられるクオリティだけど……!」


 ソフィは小首をかしげる。

 冗談じゃなく、本気で犬小屋の話をしてると思ってたのか。


「この犬小屋の話じゃなくて。

 酒場の前に並んでるお客さんの列の事、俺がびっくりしてたのは」


 あぁ、とソフィは合点がいったように頷く。

「お客さんのことですか。確かに今日は……ちょっと多いかもです」


 ソフィは厨房の方を振り向く。

 ここからは扉に塞がれて何も見えないはずだけど。


「いや、ちょっとってレベルじゃないだろ。

 いつも二、三人しか入らない店が何であんな……

 大通りまではみ出すくらいの列を作ってんだ」


 そう。

 千鶴さんの酒場の前には、とんでもない大行列が出来ていた。


 二日前までは確かにここは、人気のないただの町はずれの酒場だったはず。

 この二日間で一体何があったって言うんだ。


「正直私も良く分かってないんですけど、

 千鶴さんが言うには魔素水のお陰が2割、勇者のお陰が8割。らしいですよ」

 本当に良く分からない事を言いながら、ソフィは犬小屋の奥に引っ込んでいるイズに手を伸ばす。


 が、イズは出てこようとしない。

 いつもならソフィが近づくだけで尻尾をぶんぶん振って出迎えてるのに。


「珍しいな、ソフィが呼んでも出てこないって。もしかしてお留守か?」


 ソフィは首を傾げ、小屋を覗き込むようにして体をかがめた。


「いえ、居るんですけどね。ほら、おいでー?」

 似合わない甘い声でイズに話しかける。


 が、やはり無反応。


「その家が気に入りすぎたんじゃないか?」

「んー……?

 昨日帰ってきた時は喜んで出迎えてくれたので、それは無いと思うんですけど」


 そうなのか。

 腹の虫の居所が悪いのだろうか。

 二日間留守にしていた事に不貞腐れてるとか。


 流石に無いか。




「出来たわよー!」

 と、厨房に続く扉が開いた。


 元気な声と共にこちらに入って来たのは、いつものダサい黄色のエプロンを付けた千鶴さんだ。

 

「あぁ、ありがとうございます。すんません、お忙しいのに」

「良いのよ、大したことじゃないから。

 私もちょっとお腹空いてたから、一緒に食べたいんだけど……良い?」


 もちろんです、と俺は頷く。

 ソフィは渋々立ち上がり、じゃあねと小声でイズに話しかけた。


 やはり反応は無かった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 千鶴さんは当然のように俺たちのために食事を作ってくれたが、今は開店三十分前を切った、本来ならとても忙しい時間帯のはず。

 しかしこの人はいつもどこか余裕があるというか……何事も本気を出せば出来ない事は無いだろうという自信を感じる。


 俺の勝手なキャラ付けでは、そういう凄い一面もありつつ、大事なところでポカをやらかすイメージだったのだが……

 なんだか最近、その評価は違うのじゃなかろうかと思い始めて来た。


「凄いっすよね。

 ちょっと離れてたうちにこんな……人気店になっちゃって」


 酒場の二階、ソフィと千鶴さんの居住スペースの一室で、俺たちはひざを突き合わせて夕食を食べていた。


 今までは何の気なしに客の座るテーブルでご飯を食べていたが……こうまで人が入るようになるとどこか気が引ける、というのでプライベートな空間で食べている。


 ここに入るのは転移初日以来だが、なんだか前回同様少し緊張する。

 特に理由は無いけど。本当に無いけど。


「確か今夜、お偉いさんがお忍びで食べに来るって言ってませんでしたっけ。

 準備は大丈夫なんですか?」


 ソフィパンを小さくちぎりながら千鶴さんの目を見て言う。


「大丈夫。

 早めに店閉めるつもりだし、具材は何とかそろえてもらったし。

 ちょっと想定の十倍くらいの量取ってきてもらっちゃってびっくりしたけど……まぁ、シラキザの実は長期保存に向いてるから大丈夫よね」


 なんか聞いたことある名前の実だな。


「行列が出来るどころか、お偉いさんが来るくらいの店になっちゃったのか。

 ほんとにすごいっすね」


 気になるところは多々あるが、正直な感想を口にする。


「そうねー。

 でも佐伯君たちが迷宮に旅立つ前の日、

 私頑張って稼ぐって宣言したじゃない?

 いわば、そこでした約束を守ったってだけの話よ」


 確かにそんなことも言っていたような。

 でも本当に二日三日でここまで繁盛させられるとは思っていなかった。

 というか、二日で長蛇の列を作ってしまうのは流石に人ひとりの力を超えている。

 

「なんかちょっと格好つけてますけど……結局運も絡んでますよね?

 もちろん……元々の実力があったのは重々承知してますけど」

 料理はおいしいんですから、とソフィは呟くように感想を言いながらホワイトシチューを口に運ぶ。


 ソフィの言葉に、千鶴さんは頬を膨らませた。


「でも、魔素水を導入したのはどう考えてもわたしの手柄でしょ?

 そのおかげでちょっと話題性が出来て、口コミが広がって……。

 確かにあの子が来たのはラッキーだったのかもしれないけど」


 さっき言ってた、魔素水が二割とかいう話か。


「魔素水のお陰で客が入るようになったんですか?」


 シチューにパンを浸しながら、千鶴さんの方を伺う。


「そう、きっかけはそれみたい。

 最近乾期でどこも水不足だったし……

 そもそもおいしいお水を店で出すっていう事自体が珍しかったみたいなのよ。

 それにこのお水、味は一級品じゃない?

 なんかあそこのお水が異常に美味しかった、

 みたいなのでちょっと話題になったらしいのよね」


 確かに、他の店の水を飲んだときはちょっと生臭い匂いがしてて遠慮した記憶がある。

 現代日本だと考えづらいけれども、衛生管理的にも良いお水って実は、この世界において意外と確保が難しい貴重な資源なのかもしれない。


「それで、少しお客が増えてきたころにたまたま勇者がいらっしゃったそうなんです。結局はそれが今の繁盛に繋がる直接の原因だそうで」


 さっき言ってた、勇者のお陰が八割、の勇者か。


「そうなのよ。あの子、本ッ当に可愛かったわ……。

 入ってきたその瞬間から、客入りがものすごい事になって……あとから聞いたらその子、勇者様だったらしいのよね」

 

 ……可愛い?


「……千鶴さんだけですよ。王都に居ながら勇者の顔も知らないなんて」

 呆れ顔でソフィは千鶴さんを見る。


「あら、でも佐伯君だって知らないでしょ」


 俺は頷くと、ソフィはまたため息をついた。

 そういう話じゃない、と言いたいらしい。


「ごめんなさい、わたし……今まで会ってきた中でソフィアよりかわいい生物はいないと思ってたんだけどね? あの子は特別だわ。もう、顔を見た瞬間に抱き着きたくてしょうがなくなったのよ。これって初めての事でね?」


 そんな経験が何度もあってたまるか。

 興奮した様子で語る千鶴さんに、ソフィはため息交じりでたしなめる。


「でも、本当に抱き着いてたらしいじゃないですか。

 初対面の人にはそんな事しちゃだめなんです。

 ましてや相手は一国を背負う勇者なんですから……」


 なにやってんだこの人。

 可愛いからって言う理由だけでお客に抱き着くな。


「もう、この子を守らなきゃ……!

 って本能がそう告げてたのよ。しょうがないでしょ?」


「勇者はこの世で最も強い人間なんですから、千鶴さんが守らなくてもやっていけます」

 千鶴さんの感情的な言い訳を、ソフィは冷たくあしらう。

 あまりにごもっとも過ぎるな。

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