第十二話 ⑤ どこにもいない、みつからない
「……なんていうか、凄い人だったな」
数秒前まで話していたはずの人の後ろ姿が見えなくなったところで、思わずそんな素朴な感想が漏れた。
隣を歩くソフィも同意するように頷く。
「本当です。
シラキザの実なんて、普通なら一時間かかっても一つ見つかるかどうかだってのに……」
なんか変な所に感心してる。
いや、それはそれで凄いけども。
シラキザの実は退魔の効果があると言われていて、料理に入れて食べると美味しいだけでなく魔物を近寄らせない効果があるらしい。
魔物が居たら見わたせる範囲にシラキザの実は無いと言われるほどその効果は目に見えて分かるものだという。
だからなんだ、という話ではあるが。
そんなどうでもいい木の実よりあの人の事が知りたい。
美しさすら感じる佇まいと、その両手を塞ぐ木の実の沢山入った籠。
なんだかアンバランスで、しかしそれさえも文句を言わせない美しさが彼にはあった。
……しかしあの状態で、どうやってヒュドラと戦ってたんだろう。
流石に地面に置いてたのかな。
あれだけ激しい戦いだと地面に置いてでもしたら、一瞬で燃やされてしまいそうな気もするが。
いや、これもどうでも良いか。
「あと、あれだな。めちゃくちゃ腰低いなあの人」
どう見ても只者じゃないのに、一般人の俺にも凄い丁寧に接してくる。
「最初は私もびっくりしました。
あの人、どこに居てもずぅっとあんな感じなので。
王の謁見の時も、道端の物乞いと話す時も変わらなくて……」
なんだそれ。
それはもう逆に、あの話し方以外を知らないだけのアホなんじゃないのか。
「……デュオさんだっけ。
あの人って……なんなんだ? ソフィと知り合いなのは分かるんだけど」
俺の質問にソフィは少し考える。
人との関係を説明するのって意外と難しいんだよな。
「んー……あえて言うなら、私の元パーティーメンバーでしょうか」
ソフィの元同僚。
「それって、もしかしなくても二年前の話か?」
先ほどの話から推察するに、そうなりそうだけど。
「はい、ほんの少しの期間だけですけど。私は数か月ですぐ抜けたので」
懐かしそうに、ソフィは眼を細める。
何かの都合で臨時的に入ってたとか、そんな所だろうか。
しかしそんな薄い関係の人でも、デュオさんはああやって腰を低くしているらしい。
「あれだけ強いと、戦う相手も強くなって大変そうだな……。
一緒のパーティに入ってたってことは、
結構レベルの高い戦いに参加させられてたんじゃないか?」
デュオさんが戦っていたヒュドラの大きさを思い出しながら言う。
一緒のパーティに入っていたとなると、ソフィも同じ戦場に立つことになるはずだが。
「戦う相手が強いのはそうですけど、大変では無かったです」
あら。ずいぶんと強気な発言。
「パーティに入ってた時は私、一度も戦いに参加できなかったので。
いつも一瞬で勝負がついちゃって」
あ、そっち。
「敵も強いかもしれないけど、それ以上にお味方が強すぎるってことか」
ソフィは頷く。
とんでもないなあの人。本当に何者なんだ。
そういえばあまり触れていないが、あのデカい怪物を当然のように一人で葬っているのは普通に考えておかしい。
苦戦したそぶりも無かったし、あの人の服には炎の焦げ跡どころか返り血すらついていないようだった。
というか、そんなパーティにソフィがわざわざ入った意味ってあったのか?
一度も戦いに参加できないのなら、お荷物もいいところだと思うんだけど。
お荷物はひどいです、とソフィは笑った。
しかしそれ以上は詳しく教えてくれないらしい。
「そういえば……デュオさん、手紙がどうたらって話してなかったか?
二年前にちょっと一緒に冒険しただけにしては結構、繋がりを大事にしてるみたいだけど……」
こうやってわざわざ挨拶に来るのも、ただの元同僚と言うだけでは説明がつかないような気がする。
「あぁ、それにはちょっと事情があって……。
でもその前に、この森が治った現象について話しておかないとです」
俺達は丁度巨大樹の森へと足を踏み入れたところだった。
先ほどまでの激しい戦いが嘘のように、森は鳴りを潜めている。
木々は綺麗に立ち並び、草花は生き生きと緑に発色していた。
そういえば、その話の途中だったな。急に空から男の人が降ってきた衝撃で忘れてたけど。
「森がああやって綺麗に修復されたのは……
デュオさんのスキルによるものなんです」
あれが、スキル。
詳細は分からないが、すごい効果だったな。
「デュオさんってもしかして転移者なのか?」
俺の質問に、ソフィは怪訝な表情をする。
「……あんな性格の人が日本に居たら不審者もいいところです。
あの人は純粋なこの世界の住人。
一応貴族の出身ではあるみたいですけど、親は転移者じゃないはずです」
それもそうか。
でも、なら何であんなスキルを持ってるんだ……?
「簡単な話、デュオさんのスキルは強力なものでもなんでもなかったんです。
先輩と同じで、スキル自体は本当に弱い。
ただ、あの人の場合は研鑽を積むことでそれを乗り越えてるんです」
元は弱いスキルだったけれども努力で強くなった……という事だろうか。
もしそうなら、俺とは天と地の差がある。
俺の場合は、努力なんて一ミリもせずにこのスキルで好き放題しているわけだし。
「で、そのスキルってのは……結局なんだったんだ?
俺の『正直者』みたいに、名前があるんだよな」
ソフィは頷く。
「あの人のスキルの名前は『治癒』です。
本来、対象物に治癒効果を施すだけの物だったらしいんですけど……
努力によってその効果範囲、効果対象の種類、治癒速度もろもろが尋常じゃなくなってるみたいです」
あの天変地異みたいな現象が……治癒?
努力で才能の差を埋めるにしても限度というものがあるだろ。
どれだけ努力すれば治癒のスキルで半壊した森を修復できるようになるんだ。
「本人の素の戦闘能力が高すぎて自分に使う機会なんてほとんど無いので、
“名誉ある無能” の一人としても数えられてますね。
実際は結構戦闘でも頻繁に使ってるので、ちょっと的外れではあるんですけど」
なにその中二病ネーミング。
“名誉ある”ってついてるってことは、(誉め言葉)みたいな意味なのだろうか。
「あれだけの事が出来るなら、辺りの地形とか気にせず戦えるんだろうな……。
あれなら罰金を食らわなくて済むだろうし」
「そう。だから特別なんです」
これだけ綺麗に戻してくれるならギルドも文句は言わないだろう。
良いな……なんて単純に思ってしまったが、よく考えたら地形を変えるほどの戦いを頻繁にするほど俺は強くなかった。持っててもあんま意味ないや。
「で、手紙の話に戻りますね。
私が手紙を送ったのは、そのスキルを使いたかったからなんです。
先輩と私がこうやって苦労して色んなダンジョンを渡り歩く元凶になった、父からの指示書を復元してもらうために」
指示書の復元。
なるほど、半壊した森を直せるスキルなら紙の一枚や二枚楽勝だろう。
「今から一年くらい前、
私は、父の燃えた書斎兼研究室に灰の小瓶を見つけました。
その時、そこに込められていた魔力に少し違和感を覚えて、
デュオさんに復元を依頼することにしたんです」
「なるほど、それがドンピシャだったってわけか。
……でも、結構回りくどいことしてたんだな」
まるで誰かの目を避けて、暗号を送ってるかのような……
「そうですね、父が家を離れた後に、
家の中が全部調べつくされると分かってたんだと思います。
実際家の持ち主の私でも、一年くらいはずっと入れさせてもらえなかったわけですし」
……?
また良く分からない話を始めた。
二年前の事件の直後じゃなくて、しばらく時間が経った一年前にようやくその手がかりを見つけた理由は何となく分かったが。
「しょっちゅう二年前の事件が話に上がるんだけどさ。
そこで何が起こったのか、未だに俺全然把握してないんだよな。
って言うか、ソフィも全然教えてくれないし」
知らない話をされてるのって、あんまり気分の良いものではない。
「んー……。
それに関しては、“事件については佐伯君に話してはいけない”って指示にあるので。言ったと思いますけど、正直者の先輩には話せない事も多くありますから」
「それは聞いたけど……訊かれなきゃ答えないんだろ? そこに興味のある人間が居るって事なのか?」
俺の言葉にソフィは眉を寄せて考え込む。
「言いづらいですね、これ。
ちょっと面倒なことに、その詳細も言えないんですよね。
気になるのは分かるんですけど、記憶を取り戻すまでは我慢してほしい……です」
こちらの都合というよりは、先輩のためなんですとソフィは付け足す。
良く分からんが面倒くさいな。
しかしまぁ、俺のためだというのなら我慢するか。ソフィだって意地悪をしたいわけじゃないだろうし。
「てか話は変わるんだけどさ」
ぱき、と足元の小枝を踏み抜く。
ソフィは小首をかしげ、こちらを見上げた。
「その……ワーウルフなんだけどさ、さっきから全然姿が見えなくないか?」
ギルドのクエスト情報では、森全域に多数のワーウルフが住み着いており、少しでも近づくと襲われて危険だという話だった。
本来ならこんなにぺちゃくちゃと話しながら歩いていて、襲われない訳が無いのだけど……
「……確かにそうですね。えっと、巨大樹の森に現在、ワーウルフは……?」
ソフィはおずおずとスキルに尋ねる。
『現在、ワーウルフは巨大樹の森全域に6匹生息しています。』
6匹て。
群れにしては明らかに少なすぎる数だ。こんなんじゃ種は存続できないだろう。
「……良く考えてみれば当たり前だったな。
デュオさんとヒュドラがあんなに暴れ回ってて、森が焼けちゃって……。
あんな状態で他の魔物達が生きていられる訳……ないよな」
ソフィは言葉を失っている。
目をぱちぱちとさせて、脳がショートしてしまっているようだ。
本当は笑い事じゃないんだけど、いじらしい。
しかしデュオさん……余計な事してくれちゃって……。
あの爽やかな笑顔を思いだそうとして……ふと、あの人の顔を見た時に覚えた、既視感の正体に気が付いた。
あの時も、同じ服装だったはず。
ソフィはあれを見て、すぐにその場を離れたがっていた記憶がある。
この世界に来て二日目、市場の近くに出来ていた人だかりの中心に居た人物……その一人だ。




