第十二話 ④ アンバランスな籠
しばらく歩きながら魔術の練習を続けていると、聞こえていた派手な戦闘音が消えた。
というか、あまりに長い事聞き続けたせいで脳が勝手にノイズをキャンセルしていた。
そのせいか、轟音が聞こえないと逆に違和感がある気がする。
「これは……ひっどいな」
近くに迫っていた森を見上げ、思わず呟く。
すでに半壊していた森は、さらに破壊されつくされていた。
所々に火の手が上がり、もうもうと煙が上がっているのが見える。
暴れていたヒュドラの姿は見えない。
どうやら倒されてしまったらしい。
「で、そろそろあれの何が特別なのか教えて欲しいんだけど」
巨大樹の森は殆ど全焼してしまっている。
どう見てもあのままでは、莫大な罰金を取られることになるだろうに。
しかしソフィは肩をすくめて、見てれば分かるとだけ呟く。
ほんとか……?
何が起きるのかはさっぱりだが、見てて分かるようなものなのか。
因みに投擲の魔法は一応習得できた。
結局のところ手のひら大の炎をそこそこのスピードで投げれるというそれだけの事しかできないのだが、ソフィはそれでいいと言う。
――――――――――
Magic:
- “Flame Generation”
- Level: Basic
- Dependency: Mana level
- Note: Can be combined with other magic
- "Projectile"
- Level: Basic
- Note: Can be combined with other magic
――――――――――
ちょっとだけ魔力の扱い方が上手くなり、炎を多少大きくすることもできるようにはなったが……こんなんで何ができるのか。
ヒュドラの口から吐く炎の何千、何万分の一の火力なんだよ。
「投擲が習得出来たら次は、追 尾が鉄則と言われてます。今のままだと素早く動く相手には通用しないから、これも必須です」
ホーミング……か。
「なんか、面倒くさいんだな。
そういうのって全部一気に自動で習得できるもんだと思ってたけど」
能天気な言葉にソフィは苦笑する。
「そうだったら楽でしょうね。
ちなみに、追尾って一口に言っても段階を踏まないと出来ない魔法なので、
これはそこそこ大変ですよ」
話を聞いていると、対象物に追尾する魔法にはそもそも、対象物を認識することから始めなくてはいけないという話だった。
魔力感知、認識、追尾、運動・速度制御の順で習得が必要だという。
これが基礎だってんだから面倒だ。逆にこれを習得していない魔法使いなんて使い物にならないらしい。
……めんどくせー。
文句を言いつつも魔力感知のさわりの部分を理論から教えてもらうことにした。
◇ ◇ ◇
ほぼ眼の前まで近づいてきていた、半壊した森。
ソフィの魔術講義を受けつつしばらく眺めていると、信じられない現象を目の当たりにすることになった。
これが、ソフィの言っていた事のようだ。
地面が揺れたかと思うと、森全体が動き始める。
倒れていた木々は立ち上がり、抉れていた土は整然とあるべき姿へ。燃やし尽くされた草花は徐々に色を取り戻していく。
ボロボロになっていた森が、みるみる治っていくのだ。
この表現が正しいかどうかは分からないが、森が修復されていくようで……
遠巻きに見ても圧巻だ。
「すっげぇ……のに、あんま驚いてないんだな」
ソフィはいたって冷静にこの光景を見つめている。
「はい、知ってたので。これから何が起こるか」
とはいえ結構すごい光景だと思うのだが、そんなに見慣れているのだろうか。
「これってのは、この森特有の現象なのか?」
俺は隣を歩くソフィに尋ねる。
「いえ、あれは……」
と、ソフィは口をつぐむ。
何かと思えば……突然、空から男が降ってきた。
男は音もなく着地する。
すらりとした長身の、スタイルのいいさわやかな男性だ。
薄い紫を基調とした、肌の見えない服に身を包んでいる。暑くないんか。
腰には剣を携えており、昨日手に入れた俺の剣が霞むような美しさを湛えている。
と、その美しい佇まいとは対照的に、その両手に持たれた取っ手のない籠が気になる。
中には、拳ほどの大きさの木の実が山積みになっているようだ。
「ソフィア様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。
大変お見苦しいところをお見せしました」
男はそう言って、ソフィにうやうやしく礼をする。
この人もソフィの事をソフィアって呼ぶんだな。
一挙手一投足が綺麗だ。なんか本物って感じがする。小並感。
「先日お見かけした時はお声を掛ける事が出来ず……心苦しく思っておりました。
こうしてご挨拶に伺えて嬉しく思います」
先日?
「い、いや、あの時は……。大丈夫ですから、ほんとに」
ソフィがたじたじとしている。いつの話をしてるんだ?
「ところで、この方はお連れ様ですか? その時にもお見かけ致しましたが」
男はこちらに向き直る。うわぁ、整った顔。
しかしどこかで見たような気もする。でもどこで見たのだろう。
「デュオさんにはまだ紹介してないか、そうですよね。
佐伯槻先輩、今の私の……パーティメンバー?って言えばいいのかな」
俺は合わせてどうも、と頭を下げる。
「これは佐伯様、ご挨拶申し遅れました。
お初にお目にかかります、私、デュオファンド・ヴィクトル・シュトラウスと申します。以後、お見知りおきを」
めちゃめちゃ腰低いなこの人。
どうも、なんて適当な挨拶をしたのが恥ずかしくなってくる。
というか、名前が長すぎて覚えられる気がしない。
ソフィはこの長い名前を縮めて、デュオさんと呼んでいるみたいだけど。
「で、デュオさんはなんでここにいるんですか?
こんな森にヒュドラが住み着いてるなんて情報、ギルドでは聞いてないんですけど」
そっか。ソフィはギルドに一度行ってるんだ。
このレベルのモンスターがいるのなら、討伐クエストが発生していないはずがない。
そうでなくても、同じ巨大樹の森に向かうなら一言注意はされるだろう。というか、危なくて止められるはずだ。
「私もここへは討伐に来たわけではありませんよ。
丁度季節ですので、シラキザの実を手に入れるためにこの森に来たのです。
最近この森に獰猛な魔物が住み着いているようでして、
そのせいかあまり同業者も居ないようでしたが」
言ってデュオさんは手元の籠を少し持ち上げる。
それがシラキザの実ですか。なるほど。
見た目はどんぐりに酷似しているが、巨大樹の森らしくスケールアップしている。
拳ほどと表現するには少し大きかったな。ソフトボールくらいだろうか。
「当初の用事はそれだけだったのですが……歩き回っていると、
怪しげな魔術の痕跡を見つけまして。
少し調べてみた所、森の周囲に隠蔽の魔法がかかっていたのを発見したのです」
隠蔽の魔術?
「それは……ヒュドラを隠すためにってことですか?」
ソフィは食いついた。少し前のめりになっている。
「そのようです。
何者かがヒュドラを鎮静化させ、その上で隠蔽の魔術をかけていたようですね。
はじめ見つけた時は、眠ったまま葬れないかと頭を悩ませたものですが……
なにぶん頭が複数あったもので」
結局は醜く戦うことになってしまいました、と笑う。
なんか恥ずかしそう。その感性は良く分からないけど。
しかし合点がいった。
この森へ来る途中、ある地点を超えたところで急に戦闘音が聞こえるようになったのは、この隠蔽の魔術のせいらしい。
それまでは森の異常に気が付けなかったのも、恐らくこれが関係しているのだろう。
「それにしても、本当にお久しぶりですね。
手紙をくださった時はお姿を見ておりませんので……
こうして話すのは二年ぶりと言ったところでしょうか。随分と成長なされたように思います」
この世界に来てからというモノ、“二年”というワードを良く聞く。
結局その時に何があったんだ。いまだに良く分かっていない。
「う、うん……。あの時は本当に……助かりました。
本当に忙しいだろうに、丁寧に対応してくれて」
ソフィの感謝に、いえいえとデュオさんは手を振る。
何の話だ。あとで訊こう。
「本当に長らく連絡が無かったもので、心配をしておりました。
しかしそれも、お姉様の心中に比べれば軽いものです。
余計な事とは存じますが……」
「……うん、分かってます。そっちは?
王都にはどれくらい滞在するつもりなんですか?」
デュオの言葉を遮るように、ソフィは話題を変えた。
お姉様? と少し引っかかるところもあったが、触れられたくない話題なのだろうか。
急に話題を変えられたのにもかかわらず、デュオさんは嫌な顔一つせずに口を開いた。
「私共は、本日からガルド領へと出立する予定でございます。
色々と都合が重なったためここ半年はどうも西の方ばかりへ行っておりましたが……
こうしてようやく叶った次第です」
にこりと笑いながらデュオさんは言う。良く分からないが嬉しそうだ。
ガルド領……というと俺たちの目的地と一緒じゃないか。
少なくとも彼は、銀等級以上の実力を持つという事になりそうだ。正直そんなのは見ればわかるが。
俺達は高等魔術院へ行きたくてガルドへ向かうのだが……デュオさんは何が目的なのだろう。
「そっか。でも今日出立って……もしかして待たせてます?」
ソフィは急に心配そうな顔になる。
「いえいえ、そのような事は。
ですがその前に、あの魔物の死体処理をギルドに依頼しないといけませんね。
少し時間を見て、そろそろお暇させて頂きましょうか」
では、お二人ともお気をつけて。とそう言って、もう一度うやうやしく礼をする。
一度空高く跳び上がったかと思うと、とんでもないスピードで王都の方へと消えていった。
蓋も取っ手もついていない籠にもかかわらず、中に山積みになっていた木の実は一つたりともこぼれ落ちなかった。




