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第十二話 ② 午後は大量虐殺の予定が入ってる

「もうご飯、食べちゃいました……?」


 ソフィは足をのばしながら、きょろきょろと辺りを見渡している。


 思えば、この宿にソフィが足を踏み入れるのは初めてだったりする。

 今朝も扉の前で本を手渡すのもそこそこにすぐに帰って行ったし……


 とは言え特に何の感情も湧かないのは、恐らく既に一つテントの下で眠った事があるという事実があるせいだろう。


「あぁ、ちょっとお腹空いてたから。……もしかしてソフィ、まだ?」


 困ったように眉を寄せるソフィは、少し戸惑った様子で。

「ん、そちらは何食べたんですか?」


 そう尋ねるソフィに、これ、と言って手元のかじりかけのパンを見せた。

 読書をしながら食べようと思っていたのだが、結局集中できずにパンの方は一つも食べきれなかった。


「そのまま……? それだけで食べたんですか?」

 ソフィは怪訝な表情になる。


 ジャムや付け合わせの類は食べなかったのかと聞いているのだろう。

 しかしこんな宿にそんなものがあるはずもなく。

 

「まぁ……それしかなかったからな。

 でもうまいぞ。

 逆に味覚が研ぎ澄まされて本来の味に気が付けるって言うか……

 デンプン質の甘みを感じられて良いんだよな」


 ……適当なことを言ってみたが、俺の意に反してソフィは感心した様子だった。


「そうなんですね。じゃあ……私もそれ食べます」

 言ってソフィは、テーブルの上の麻袋に手を伸ばす。

 

 え。

 止める間もなく……ソフィは小さめのパンを見繕い、食べ始めた。

 それ、三日くらい前に買ったやつなんだけどな……


 と、ソフィを見た時に少し違和感を覚えた。


 なんだろう。

 その原因は分からないが、ソフィはいつもと少し違う気がする。

 どこが違うんだろう……と観察していると、ソフィがこちらを見上げて来た。


「そういえば、本はちゃんと読みました?」


 パンを口に持って行きながら、ソフィは尋ねて来る。

 目が合ったところでどうもならないはずだが、ちょっと動揺してしまった。


「あ、あぁ。四章の途中まで読んだ。

 一応魔力のコントロールまでは何とか出来るようになったし」

 平静を装いながら俺は答える。


 魔術書の話ね。

 初めての感覚だったもので、かなり苦労はしたが……それでも何とか第三章の魔力制御については出来るようになっていた。

 

「そっか、良かったです。なら、大丈夫そうかな」

 安心したようにそう言うと、ソフィは足を組み替えた。


 ……大丈夫?


「なんだそれ。もしかして、急いで魔法を覚える必要でもあるのか?」

「はい。計画では今日中に、中上級モンスターを五十匹以上討伐することになってるので」


 言いながらまた一口パンにかぶりつく。

 ……?


「いや、良く分かんないんだけど。なんでそんなに話が飛んでるんだ。

 まだ魔法を覚えてもないのに、今日中に魔物を大量虐殺することは決まってんのか?」


 ソフィはさも当然のことのように頷く。


「だってもう時間が無いじゃないですか。

 もうあと数日で王都を離れないといけないので、

 この三日で規定数を満たすモンスターを討伐しないと」


 ……そうか。そう言えばそんな条件があったな。

 そもそも俺たちの目下の目標である銀等級への昇格には規定以上の討伐実績が必要だった。


 ここまで文字通り一度も殺生を行っていない俺にとっては、進捗は最悪と言ったところ。

 残る三日で規定数のモンスターを討伐するとなると、今日一日でそれだけの魔物を倒さなければいけなくなるのだろう。


 とはいえ。


「でも50体って……そんなのどうやって倒すんだよ。

 俺まだ、剣の握り方もよく分かってないんだけど」


 歴史上一日で50もの命を奪った人間というのはどれだけの数いるのだろう。

 ましてや中級の魔物となると……それこそコバエを殺すのとは話が違うはずだ。


「だからこうやって魔法を覚えてもらってるんです。

 さっきギルドに行ったときに討伐クエストは受注してきました。

 クエスト地の王都北部巨大樹の森に着くまでに炎の魔法を習得してもらうつもりです」


 クエスト受注はもう済ませてあるのか。


 いつもながら手際が良いのはいいのだけど……魔法を習得するとことと、魔物を50体倒すことの因果関係が良く分からない。

 

 ステータスを見る限り、そして魔力制御を行った限りでは……俺に魔法使いの才能があるとは言えない。


 レベル38にもなって未だに俺のMPは68、マナに至っては38しかないのだ。


 真に残念な事だが、魔法を覚えたからと言って大幅に戦力増強するわけでも何でもない。

 まだ当たらない剣を適当に振るってた方が良いだろう。攻撃力は“迷宮の覇者”のお陰で、このレベルの冒険者にしては破格のステータスを持っているのだから。


 ……いや、もしかしたら俺には凄い才能が眠っていて、それに気づけていないだけなのか? “正直者”のスキルみたいに……?


「急な話なのはごめんなさい、それは私のミスです。本来なら迷宮攻略の有り余る時間を使って習得してもらうのが理想だったんですけど……常に雨が降ってるとは思わなくて。流石に雨の中炎魔法を覚えさせるのは無理があります」


 それはそうだが。

 というか。


「炎の魔法をやるのか。それって確かエネルギー効率が悪いんじゃなかったか?」

 奇しくもソフィと同じ苗字を持つ霜月霞友ニキは、そう主張していたはずだけど。


 ……と、軽い気持ちでそんなことを言ってしまったのが良くなかった。

「先輩それ……ちゃんと読み込んでないですよね」


 鋭い指摘が飛んでくる。上目遣いで、非難するような目だ。


「バレたか。一章と三章はちゃんと読んだんだけどな」

 正直に答えるしかない。


 触れられなければ誤魔化せたのだが、問われれば正直に言うしかないのが面倒な所だ。

 というか今の質問、そんなに的外れだったか?

 

「正直魔法の習得よりもそっちの方が重要なんですから……

 今夜にでもちゃんと読むこと。わかりました?」

 頬をふくらませてソフィは言う。


 分かったわかったと口では言いつつも……そんなに重要なことが書かれていただろうかと首を傾げる。


 第二章の大部分を読み飛ばしておいてなんだが、そう大したことは書かれていないような気がしていたのだけど。


 早く魔法を教えてくれよと内心舌打ちしながらページをぱらぱらとめくっていたが、第二章では終始この世界における魔法のシステムをこき下ろしていたように思う。


 そういう眉唾物への科学的なマジレスは読み物としては面白いのだが、実用書を期待している身としてはどうにも退屈で仕方が無かった。

 空想科学読本のようなテイストと言えば分かるだろうか。分かりづらいか。


 しかし、それらの類とこの本の大きな違いは一つ。

 その議論の対象となる超常現象が、“現に起きている”事。

いかにそれが現代物理の法則に反していていようとも、現に起きているという事実は変えられないわけで……。


 窓の外の青い芝生は、風に身を任せながら呑気に揺れている。

 もしもこの世界が地球と違う法則に支配されているのであれば……こうも地球に酷似した環境が作られている事と矛盾しないだろうか。これは、この世界に来てから常々感じていることだ。


 そもそも全く同じ条件でこの宇宙をやり直したとしても、地球が出来上がる可能性というのは天文学的な確率なはずなのに……そこにさらなる変数を加えてしまってはもう、存在そのものを疑った方が良いレベルになって来る。


 確かにそこら辺の事……世界の法則についての考察も書かれていたような気がする。

 もちろん面倒くさくて読み飛ばしてしまったが。

 

 俺は別に真理の探究者でも何でもないんだから、世界の事実を知りたくてたまらないという訳でもない。


 ありていに言えば、どうでも良いわけで。

 さっさと魔法使いたい。手から炎を出したい。

 それだけの事なのだ。

 

 “魔法の習得よりもそっちの方が大事”なんて……そんなことがあるんだろうか。

 ソフィは何を指して“大事”だと言っていたんだろう。

 その知識が何に役立つというのだろうか。

 

 窓の外から部屋の中に視線を戻す。

 陽の眩しさに慣れたせいか、室内が暗く見える気がする。

 

 

「……それ、無理して食べなくていいんだぞ」

 さっきからソフィの手元のパンが一向に減らない。

 そりゃそうだ。数日置かれた何の味もしないパンが美味いわけがないんだから。

 

 しかしソフィは律義に、一度自分で食べ始めたものは頑張って食べきろうとしている様子だった。


「そんな物食べないで、酒場でなんか作って貰えば良かっただろ。

 別に俺もお腹いっぱいって訳でもないし、全然付き合うけど……」

 ソフィは首を振った。


「千鶴さん、忙しそうだったから……ちょっと頼みづらくて」

 

 千鶴さんが忙しそう……? 何かのギャグか?

 言っちゃ悪いが、あの酒場は忙しさの対極に位置するような空間だ。


 料理長である千鶴さんが営業時間中に、飼っている犬を触りに行きたがるくらいには暇な事が多い。

 流石に衛生的に良くないので、ソフィが何とかして止めさせたそうだ。


 一人二人の客ならまだしも、あの店の椅子が埋まっている光景なんて想像もつかない。

 ……なんて、流石にそれは失礼すぎるので口には出さないが。


「まぁ、今日は他にやることがあるんだろ。

 それはそこそこにして、あとで料理しなおすなり何なりしたら?」


 俺の提案に、ソフィはようやく食べる手を止めた。


 律義に手を合わせている。なんだか申し訳なさそうな表情をしている。

 この子、いい子過ぎんか?


 パンを懐にしまってから、俺たちは討伐クエストの目的地である王都北部の巨大樹の森へと徒歩で向かうことになった。

 道中で魔法習得の練習をする予定だ。


 当然徒歩よりも、馬車の方が早く着くのだが……客室の中で炎を出すわけにもいかないので。

 移動時間を有効利用するためにも、徒歩が良いという結論に至ったのだ。


 ついに、魔法習得の夢が叶うのか。

 ソフィの話では今日中に50の魔物を倒す必要があるらしい。

 数時間後には、俺が自在に炎を操り……数多の魔物たちを焼き払っている事だろう。


 ……なんか怖い。

 当たり前だけど、攻撃魔法ってのは何かを傷つけるためにあるんだな……

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