第二話 ① 使い道のないスキル
「……先輩なら信じてくれるって勝手に思ってました。
何ならまだ意地悪してるだけなんじゃないかって疑ってるんですけど」
恨みがましげに呟くソフィの声は、それでも辺りによく響いた。
息を吸い込むと、湿気がため込まれた黴臭いにおいが鼻を抜ける。
天井が低く音が反響しやすい洞窟内では、小さな声でもぐわんぐわんと四方八方に響いてしまう。
時折聞こえてくる水音や入り口の方から吹き込んでくる風の音が、冒険に不慣れな俺を不安にさせてきていた。
「さっきからソフィは俺の事先輩って呼んでるけどさ、それ何なんだ?
初対面の人に先輩って呼ばれるのってなんか変なんだけど」
俺が言うと、ソフィはむっとしたような表情で見上げて来る。
「先輩が自分の事そう呼べって言ったんじゃないですか。
私忘れてませんからね」
何この理不尽な怒り。そんな記憶もないのに怒られなきゃいけないのかよ。
これって俺が悪いのか?
「でも、初対面なんだから簡単には信じられないのは分かるだろ。
その内容もなーんか胡散臭いしさ。
ここに来ることがずっと前から決まってただのなんだのって……」
「記憶を失ってるんだから当たり前じゃないですか。
それは先輩からしたら初対面かもしれないけど本当は違うんです。
それと胡散臭くなんかないですから。
あぁもう、こんなことを説得するのに時間を使うつもりは無かったのに……」
ソフィの足音が大きくなる。
もどかしそうだ。これが演技だというのなら大したものだな。
しかしまぁ、俺には記憶をなくしたという自覚が全くない。
記憶喪失をした人ってのは、その不自然な記憶の抜け落ちに違和感を覚えるものじゃないのか。
抜け落ちている感覚は勿論ないし、俺はこんな世界にきた覚えなんて全くないわけで。
「で……なんでここに俺を連れて来たんだ?
正直成り行きで来ちゃったけど……
ここってつまり魔物どもがうじゃうじゃいるわけだろ?」
要するにソフィの話では転移者は皆、騙されて冒険者の道を進まされているわけで……
それが本当だとしたら、俺はこんな所にいるべきではないはずなのだ。
なんて言い訳をしながら、先に進むのを怖がっていると。
「……信じるか信じないかは一旦置いといてですよ。
今先輩に選択肢が無い事、気づいてます?」
え。
選択肢が無いって……
「なんであろうと先輩の能力値はFランクと判定されていて、
どこに行っても使い物にならないからって仕事を貰えない状態なんです。
もちろん日銭は稼げないし、今日の晩御飯もまともに食べられません。
王城でもさんざん言われたと思いますけど」
急に現実のナイフを突きつけてくるじゃん。
「いやでも、“正直者”って実はすごいスキルなんだろ?
Sランクに判定されるくらいの凄い能力を秘めてて……」
俺の醜い弁明をソフィは遮る。
「でも先輩は今、それをどうやって使えば良いのか分からないんですよね。
このまま出口に向かって帰ることは自由ですけど、
その後に待ってるのはどうしようもない現実だけです。
それが嫌なら文句言わないでついて来ることです」
そう言い捨てて、ソフィは足を早めた。
……とは言ってもソフィの歩幅は小さいので全然置いてかれるなんてことはないんだけど。
「分かったって。……とりあえずはまだ生きていたいからな」
ソフィはこちらを見ずに頷いた。小さく鼻を鳴らす。
徐々に自分の中の警戒心が薄れていっている感覚がある。
なんだか危なそうで、怪しそうなことは沢山言っていた。
腐った世界をぶっ壊すだのなんだの言ってたし。
しかし彼女は俺を騙すために嘘をついているのではなさそうだった。
本当に思っている、少なくとも彼女がそう信じている事を口にしていただけのような気がする。
勿論彼女が信じていることが間違っている可能性は多分にある。
それについていくことは限りなく不安定な選択で、そのせいで危険にさらされたり命を落としたりすることもあるかもしれない。
だけどなんだか、それでいい気がした。
分からないけど、記憶を失う前の俺もこうやって文句を言いながら冒険をしていたんじゃないだろうか……なんて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
閉鎖的な空間に、足音が響く。
「とにかく。
本来なら先輩の能力を強化してさっさと等級位を上げることに専念したいんですけど、
まずはスキルの効果について確かめるところから始めます。
本当に聞いてる通りならとんでもない効果らしいので」
ぶつぶつ言ってるが、正直何を言っているのか良く分からない。
「その、等級位ってのは……?」
「えとですね、等級位って言うのは冒険者ギルド内での地位みたいなもの……でしょうか。
何をするにもこれを上げないと始まらないものなんですけど、
そこら辺については後で詳しく説明するので今は忘れてください。
とりあえずは先輩のスキルに専念しないとです」
素直にソフィの言葉に従う。
なんだか未だに理解できていないのは、そのスキルの強さについてだ。
俺が王城で聞かされていた話だと、本当に弱くて自分でもびっくりしたくらいで……
「先輩のスキル……名称は『正 直 者』ですよね」
口に出すのも恥ずかしい。なんなんだその名前は。
「問われた質問に対して、嘘が付けなくなる。
知ってる事をしらばっくれようとすると、勝手に答えたりする……みたいな説明だったな」
改めてなんだこのふざけた効果。
正直初めに訊いたときは耳を疑った。
あなたには特別なスキルがある、だのなんだの言って期待させてからのこれだったからな。
口元を緩めて、ソフィはこちらを見上げて来た。
かわいい顔して、なにか企んでそうで怖い。
「最初に会ったとき、私が左目を見ようとしたら挙動不審になってましたよね。
どうしてですか?」
おい。それはナシだろ。
『目を合わせているのが恥ずかしかったからです。』
と、なんとも簡潔な答えが俺の口から出てくる。
隠そうとすると、口が勝手に答えてしまうようだ。
「まぁ、こういうことです。
これじゃあ使いようが無いって判断されても仕方ないです」
口元を抑えて、ソフィは笑いをこらえている。
「……もっと他に良い質問あっただろ」
俺の抗議もむなしく、ソフィは続けた。
「スキルの効果は本当にただこれだけで、本来ならなんの役にも立ちません。
ただ、先輩の場合はちょっと事情が違うんです」
ソフィは手元に手帳のようなものを携えていた。
現代のようにスマートなものではないが、それでもこの世界の技術で精いっぱい創られたものなのだろう。
よく見るとメモ紙はうっすらと光を放っており、この暗い洞窟でも文字が読めるような作りになっていた。
なにそれちょっとだけ便利。
「このダンジョンの名前は?」
急に質問をされた。
しかし、確かに馬車に乗り込んだときに行先を言っていたな。
確か名前は、スレートみたいな……
『シァトナ遺跡。現在地は北東入口付近です。』
口が勝手にナビみたいな事を言う。
……というか、なんて? 聞いたこと無い名前なんだけど。
「じゃあ……シァトナに設置されているトラップの総数は?」
『シァトナはトラップレスに分類され、存在しません。』
「そう。ちなみに理由は……?」
『当時のスィレートは安定した王国の内部の土地であり、
争いとは無縁で主に食料等の貯蔵庫として利用されていたためです。
また、トラップを設置する知性のあるモンスターは限られており、
魔物が住み着いた後もトラップが設置されることはありませんでした。』
ソフィは頷いて質問を続ける。
「ダンジョン内にいるモンスターの情報を教えて」
『一階から五階までは低級に分けられるモンスターが定位置に配置されています。
六階から十階には一種、グレンデルのみが中級に分類され、他種は低級。
なお通常は出現しませんが、隠し部屋として十一階にはヴァルローグが配置されています。』
と、ここまで聞いてソフィは表情を変えた。
「あ、やっぱり隠し部屋も網羅してるんですね……」
感心している様子だが、俺にはどうにも良く分からない。
そもそもなんで俺も知らないことをすらすら答えられるんだ?
正直者のスキルの効果は、知っていることを正直に答えるというそれだけの効果のはずなのに。
メモを取り終えたのか、ソフィは顔を上げて言う。
「話には聞いてたけど……やっぱりすごいですね。これじゃあなんでも分かっちゃうじゃないですか」
「……これって、出まかせって訳じゃないんだよな?」
あまりにすらすらと答えが出てくるもんだから、聞かれた質問に対して適当にそれっぽい事を言う効果なんじゃないかという疑惑が出てくる。
「何のためにわざわざ馬車にまで乗って、
隅々まで探索されつくしたシァトナ遺跡に来たと思ってるんですか」
ソフィは得意げに小さく首を振る。
「ここはダンジョンの中では城下町から近い方ですし、
そこまで難易度も高くないから誰しもが通る道みたいな感じのダンジョンでですね。
ここの隠し階層については冒険者の中ではそこそこ有名なんです」
なるほど。ソフィは既に正解を知っているらしい。
「そうだ、一応隠し部屋の出現方法も聞いておきましょう」
ソフィは言いながらメモを構える。
そんなことまで分かるのか。
『七階層にある隠し部屋の出現条件は以下の通りです。まず……』
が、説明が始まるとソフィはいきなり手帳から顔を上げた。
不意を突かれた様子で、説明に聞き入っている。
七階層。十一階層じゃないのか。
どうやら七階層の隠し部屋という単語に驚いていたようだが、これってもしかして……?