第十二話 ① 魔術習得入門
ファンタジー世界に関する夢や幻想はもう、捨ててしまった方が良いのかもしれない。
思えばこの世界に来てからというもの、そんな事ばっかりだったような。
そんなことを思いながら、本を閉じた。
「……霜月、霞友? しもつき……なんて読むんだ、これ」
固い表紙に書かれた文字を指でなぞりながら、誰に言うともなく呟く。
あまりに酷い内容の本で、最初は気にも留めていなかった著者の名前を思わず見返してしまった。
読めない漢字の名前の上には “魔術習得入門” という文字が金色で印字されている。
しかし漢字が読めないのはまだいい。
下に添えられた共著者の名前は、そもそも俺には読めない文字だった。
何語なんだろう。
一人下宿のベッドの上で、仰向けに本の装丁を見つめていた。
適当な所に指をかけてぱっと本を開く。
自重で本がたわみ、危うく顔に落ちて来そうになった。
反射で首を竦める。
あぶね、とまた独り言を言って、ごろんと体制を変えた。
今朝、ソフィが珍しく随分と早い時間に俺の下宿に顔を出した。
寝ぼけ眼でソフィの顔を見た時には時には何事かと思ったのだが……彼女は今日、色々と用事があるようで。
昨日手に入れた土竜の鱗を鍛冶屋に持って行ったり、ギルドで罰金を支払ったり、消耗品の買い付けなど……
本当に大変そうだったので始めは手伝おうとしたのだが、ソフィは提案を断り一冊の本を渡してきた。
用事は昼過ぎまでかかるとは思うけど、先輩は頑張って第三章くらいまで読み進めておいてください……と、そう言い残してソフィは出て行ってしまった。
俺の手元にあるこの本は、いわゆる魔導書というものらしい。
なかでもこの本は、転移者のような非魔法ネイティブのための入門書で、魔術の習得のための物のようだ。
こんなにも唐突に魔法習得イベントが始まるとは思っていなかったが、なんだかんだ言って最初はわくわくしながらこの本を読み始めたものだ。
……しかしまぁ、これがなかなかひどい。
始めは神や奇跡の否定から入り、いかに世に出ている魔導書の類が間違いだらけかを延々とあげつらうのに六十ページ余りを費やしていた。
無から有を生み出す事や、魔力という明らかに人間に都合のよすぎる謎システム、火を元素の一つと捉える四元素の考え方などがいかに愚かかをずぅっと力説しているうちに……第一章は終わってしまった。
マジで何なんだ。
あっけに取られながら第二章に入るも、まだ魔法をこき下ろすターンは続いているようで……俺は所々読み飛ばしながら進めることにした。
魔術におけるエネルギーの供給や変換効率論。
物質生成の原理やその効率の考察。
物質の生成効率を考えると炎や水、氷魔法は明らかに効率の悪く、電気系以外を使う理由はないとまで言い切ったところで……
なんだかこれ以上読むと色々と嫌になりそうで、本を閉じてしまった。
不思議パワーで炎が生み出せるのなら、どんなに良かっただろう。
炎ひとつ生み出すのにも……何もないところから可燃物と支燃物の生成から着火するためのエネルギーに、燃やし続けるための供給、高熱を保つためのコントロールをして……
一口に可燃物の生成とは言うが、そんなものが簡単に出来たら苦労はないわけで。
空気中にはほとんどない水素や炭素を含む化合物を何とか集めてようやく材料が手に入る。
しかも、それを敵に投擲して、実体のない炎で一体どれだけのダメージが与えられるだろうか。
質量の殆ど無い炎に衝撃など生み出せるはずもなく……
テーブルの上に出しっぱなしだった、麻袋に入ったパンを手に取る。
もう昼だ。
そろそろソフィが来てもおかしくない頃だろう。
小さな窓から外の景色が見える。
綺麗な青い芝生が広がり、ここからだと人は見えない。
この宿は王都の北部の端に位置しており、中心部とは逆の方に窓が付いているのだ。
市場とのアクセスは少し悪いが、拠点となる千鶴さんの酒場からはそう遠くないので不便さはあまり感じない。
無心でもしゃもしゃとやってから、パンと本を手にベッドへとまた倒れ込んだ。
ソフィが頑張っているというのに、俺一人さぼるわけにもいくまい。




