第十一話 ① 正攻法じゃ無理だよな
無数にある迷宮の出口から、“迷宮の覇者”が手に入る出口を見つけるのは簡単ではない。
何せその選択肢である出口は円形の迷宮の外殻に等間隔に存在し、全てを数えると60にもわたるのだ。
広大な第二迷宮をしらみつぶしに歩きまわると、南西部にある花園の中央にヒントの書いてある碑文が見つかる。
碑文には“覇者となりたくば、短く”とだけ。
……問題を出したばかりで恐縮だがもう答えを言ってしまうと、この“短く”というのは光の波長の事を指す。
迷路に咲く花を辿りつつ、より短い波長の色に従って歩けという事らしい。
赤より橙に、橙より黄に、黄より緑に、緑より青に、青より紫に……と移っていくと目的地にたどり着く。
碑文のある花園には赤い花しかないので、そこに違和感を覚えることが出来れば閃くのかもしれない。
そもそも俺たちはその花園に行っていないから分からないが。
……とはいえ不親切な謎だ。
そもそもこの世界の文化レベル的に、色は光の波長の差であるという知識を持たない人は多いだろうに。
東区外殻の少し南寄りの出口。60ある第二迷宮の出口の一つ。
これは土竜の洞穴からそう遠くない所にあるので、すぐに着いた。
幸い……というよりも、この二点が近いから一連のルートに組み込んだというだけだが。
◇ ◇ ◇
「で……それは、俺が普通に戦って勝てる相手なのか?
倒さないと、覇者の試練はクリアできないみたいだけど……」
俺の質問に、ソフィはゆっくりと首を振った。
「そうだと良いんですけどね。
まぁでも今の状態で倒せる敵なんて、この迷宮には多分存在しないです。
もし仮にまぐれで一体に勝てたとしても、三つの部屋を突破することはほぼ不可能です」
……分かったけど、別に俺の弱さを揶揄する必要はなくない?
石碑の謎を解いて花の示す道を辿った先には、試練の間と呼ばれる……いわゆるボス戦のようなイベントが待ち構えている。
三つの部屋で出現するボスを順に倒したものに覇者の栄光は与えられる。
出口のドアを開けるとそこにはもう一つ空間があり、パネルのようなものが設置されていた。
そこに正しいパスワードを入力すると、その先の扉が試練の間へとつながるようになるようだ。
因みに入ってきたドアは一方通行なので、入った時点でパスワードを知らないと詰む。
せっかくここまで来ても試練の間へと行けずに、ただ脱出することを余儀なくされるという鬼畜仕様なのだ。
俺達はここへ一直線に来たからいいものの、他の冒険者たちは大変だなあとつくづく思う。
ここまで来るのにも相当時間がかかるだろうに、パスワードも入手しつつ、ここで最後のボス戦も待っているとなると……。
いや、ボス戦のキツさで言うと俺たちは他の冒険者と比べ物にならないのだけど。
俺はまだ、初期レベルのままで装備も何も手に入れていない状態なわけで。
「もしかしたら何かの間違いで、
1レベルのゴブリンが出てくるかもしれませんからね。
部屋の中のモンスターはランダムで出現するみたいなので、
まずは情報を集めるところから始めましょう」
なんでそんな望み薄な奇跡に賭けなくちゃいけないんだ。
しかしソフィはそのまま、扉の向こうにいるであろうモンスターの情報を集めるべく、質問をする。
扉を一枚挟んだところにいるボスモンスターの名前はオーガだった。
知能はあまり高くないが巨体で力が強い。
皮膚が厚く、並みの攻撃ではダメージが通らない。
魔法耐性は強く、状態異常などを受けにくい体質。
武器は巨大な棍棒。
まとめるとこんなところ。
脳筋タイプのモンスターのようだ。いかにも中ボスっぽい。
「ん、これは無理です」
メモに書きだしたオーガの能力を見て、ソフィはきっぱりと言い切った。
本来は何が出てくるかわからないので、情報が分かっているだけでも大きなアドバンテージなのだが、こればかりは分かったところでどうしようもない。
「いろんな小細工には耐性を持ってるみたいですし……
何より攻撃が効かないんじゃ倒しようがない、かな」
「これってさ、隠密行動でモンスターに気づかれないように次の部屋に行ったりとかは……」
「できないと思います。中にいるボスを倒さないと次の扉が開かないようになってるので」
流石にそうか。
それができるなら忍びマスクの出番といきたいところだったのだが。
となると、どうにかして倒す方法を考えないといけないわけだ。
「じゃあ……さっき集めた土竜の鱗を盾に近づいて、
オーガの棍棒を奪って……サージバングルを付けて筋力を上げた状態で逆襲するとか……」
言い切る前に恥ずかしくなってくるような、粗雑な作戦にソフィはため息をつく。
「無理です。
土竜の鱗は固くても、先輩の筋力じゃ衝撃に耐えられなくて吹っ飛ばされます。
俊敏力も低いので、攻撃を避けることも棍棒を奪うこともできないと思います」
夢見過ぎ、とでも言いたげな冷静な分析だ。
……まぁ、そうですよね。流石に舐めすぎました。
「そういえばソフィは魔法、使えないんだっけ?」
俺の質問に、ソフィは目をしばたかせると。
「……どうでしょう。
攻撃魔法を使えないって話はしたと思いますけど、
冷静に分析をしてもオーガを倒すくらいの戦力は期待できないと思います」
歯切れの悪い返事だが、どうもあまり戦う事には乗り気じゃないみたいだ。
このままじゃどうにもならないんだから、何か少しでも出来ることがあるのなら協力してほしいんだけど……まぁ別に良いか。
ここを突破できなくて困るのは俺じゃなくてソフィだしな。本人がそれでいいのなら俺がとやかく言う事でもあるまい。
とはいえ突破方法が思いつかない。しばらく考える。
「後は……試練の間の照明を落とすっていうのはどうかな。
中にある松明を消すとかして真っ暗にして……
敵の視界を完全に奪ってやれば流石に勝てるだろ。
こっちには忍びマスクがあるんだから暗いところも行けるわけだしさ。
片方しかマスクを着けられないってのは難点だけど……」
なぜか話の途中で、ソフィはそっぽを向いてしまった。
そのまま指で髪をくるくるともてあそんでいる。
「……? ソフィ、どうした?」
問いかけるも、ソフィは眼を合わせようとはせずに。
「……別に、なんでもないです」
ふん、と鼻を鳴らす。
危ない方の役目をやらされる、とでも思ったのだろうか。
そうだよな、考えてみれば不機嫌になるのも分かる。
「まぁ……そうか。マスクを着けてない方が危なすぎるよな。
オーガと一緒の部屋にいるのが分かってるのに、辺りの状況が全く分からないとか……」
ソフィは依然として目を合わせようとしないまま、小さく頷いた。
……なんでまだちょっと不機嫌そうなんだ。
そんなことは良いとして……どうするのが良いんだろうか。
正面切っては倒せないし、戦闘は避けられないとなると……
しばらく考えていると、俺はふとある可能性に気づいた。
もしかしたら……何とかなるかもしれない。
「……この試練の間って、モンスターがランダムに出てくるんだよな。
ちょっと、この試練のまでランダムに出てくるモンスターをスキルに列挙させてみてくれるか?」
ソフィは一度首を傾げるも、すぐに指示通りスキルに質問をしてくれた。
試練の間に出現するモンスターの列挙。
それを受けて俺の口が動き出す。
『試練の間は三連戦の形がとられており、その一体ずつが一度にランダム抽選されます。巨人族はサイクロプス、オーガ、トロールの3種。亜人族はケンタウロス、ハーピー、メデューサの3種。アンデット族はゾンビとスケルトンの大群、ガストの3種……』
……合計で三十種くらいだろうか。
植物系モンスターのブラッドローズを最後に、スキルは止まった。
「で……ソフィ、今のモンスターの名前を聞いて、
これなら倒せるって言うモンスターは無かったか?
流石にオーガは無理でも、頑張ればなんとかなりそうなモンスターくらいなら見つかるだろ」
息を切らしながら言うと、ソフィは戸惑いながら口を開く。
「そうですね……低級のアンデットや植物系、
そこら辺なら何とかならない事はないと思います。
でも、この先の試練の間にはもうオーガがいるんですよ」
それを倒さないと先には進めないんですからね、とソフィは付け足す。
もちろんそれはそうだが。
「そこは予想があってればだけど……
“試練の間にモンスターが湧く条件”と“そのタイミング”さえ分かれば大丈夫だと思う。
ランダムにモンスターが出てくるのは、冒険者側が何かしらの行動をとった時のはずだからさ」
少し得意げにそう言うも、ソフィは首を傾げた。
俺の言いたいことはあまり伝わらなかったらしいが……
「……聞いてみましょうか。試練の間にモンスターが湧く条件は?」
理解するのを諦めたのか、とりあえずと言った風にソフィは尋ねてくる。
『第二迷宮内にある6つの石碑のパスワードを文字盤に入力したとき。
なお一度入力をすると、石碑の位置とパスワードは変わる』
返答を聞いてソフィはあ、と声を漏らした。ようやく分かったのだろう。
俺はこの仕組みを使って、試練の間に湧くモンスターをリセマラしようとしているのだ。
本来普通の冒険者は、ここに足を踏み入れた時点で迷宮へ戻ることはかなわない。
そのため、仕組み上は実質的に一度決まったモンスターを変えることは出来ないようになっている。
しかし、この場に居ながらも6つの石碑のパスワードと中にいるモンスターの情報を手に入れる事の出来るスキルの前では無力。
パスワードを調べる→打ち込む→何のモンスターが出たかを確かめる。
リセマラはたったこの三つの手順でできてしまうので、あとは試行回数を増やせばよい。
具体的な確率は調べていないが……頑張れば倒せそうな、複数体のモンスターをたった30体の中から引けば良いだけ。
ソシャゲに鍛えられた日本人にとってその程度のリセマラは屁でもない。
かかってこいや!
……なんて、心の中のコンビニにカードを買いに行こうとしていると。
「でもこれ、部屋が三つあるんですよ」
と、ソフィは呟いた。
……それはそうだが。
俺の反応に呆れたようにソフィはため息をつき、続ける。
「だから、例えば十回に一回の確率で勝てる相手が来るとしますよ。
それって単に十分の一を引けばいいだけなんじゃなくて……
三つの部屋があるってことは、それを三回。つまり……」
……なるほど。
10分の1の三乗で、1000分の1。
0.1%ね。1000回引いてもその成功率は60%か。
その間中、俺の口は動きっぱなし。
千回パスワードを言って、千回入力して、三千体のモンスターの名前を言って……60%。
なるほど。
なるほど、なるほど……。
「やっぱり、他の方法を……」
しかしソフィは既にパネルの前に座り込んでいた。
こちらを見上げ、のどを潤すための水を託すように手渡して来る。
おい……マジで勘弁してくれよ……。




