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第十話 ③ 土竜の謎々、ダンジョンの製作者

「もしかしてソフィって……漢字は読めないのか?」


 首を傾げながらソフィは顔を上げた。

 手には干し肉と固くて丸い小さなパン。

 

 少し考える様子を見せてから、ゆっくりと小さく頷くと。

「読めないものの方が多いと思います。

 小さいころにやったゲームに出て来た簡単なものなら分かりますけど」

 そう言って口元の髪をはらい、再び干し肉を口に入れる。

 

 やっぱりそうなんだ、ようやく謎が解けた。

 と一人で合点していた俺にソフィは、


「どうしたんですか」

 と口を押さえて律義に尋ねて来た。


「いや……ほんと大したことじゃないんだけど。地に潜む龍と土竜の話」


 ソフィは眉を潜める。またそれか、と文句でも言いたそうだ。


 でもこれは、案外興味深い事実を示している。

 これを手掛かりにすればあの石碑、ひいてはこのダンジョンを作った人を割り出せるはずなのだ。

 

 

 洞穴の入り口の方から差し込んでくる弱々しい光だけが、手元の干し肉に味気を与えてくれる。

 ただでさえカビ臭いこの洞穴の中で、唯一の救いと言えるのかもしれない。

 

 土砂降りの雨さえ無ければこんな所、さっさとおさらばしている所なのだけど。


 俺たちはたどり着いた土竜の洞穴で昼食をとっている所だった。

 もちろんここへは昼食をとるためだけに足を運んだのではない。

 本当の目的は、土竜の鱗という素材である。

 土竜に鱗なんてないはずだが、現にあるのだから仕方がない。


 この洞穴は、この迷宮に巣くう土竜が掘って開けたものらしい。

 俺が手を伸ばしても天井を触れない所から、土竜と呼ばれる怪物のデカさが顕著に分かる。


 土竜はこの特殊な土壌に生きているせいかその体は鉱物で覆われており、生半可な攻撃は全て跳ね返してしまうという。

 そして土竜は定期的に鱗と呼ばれる、鉱物が板のように固まった老廃物を出すらしい。


 これを用いれば極上の鎧を作る事が出来るというので、市場ではかなりの価値を持っている。

 もちろん相応の重量があり、欲張って何枚も持って行こうものならリュックが破れてしまうが。


 この洞穴は複雑に絡み合い、これがまた一つの迷宮のようになっているという。

 その最深部には貴重なアイテムがあるらしいが、今回はそこには行かない。

 別に欲しいものは無いので。


 土竜の老廃物である鱗はそこかしこに散らばっているため、それを入手するだけなら入り口近くを歩くだけで十分なのだ。


 で、それはもう十分に採取し終えた俺たちはここで昼食をとっていた。

 土竜はルーチンに分類されるらしく、基本的に決まった時間になるまではここへ戻ってこない。

 かなり時間があるので、敵の巣穴とはいえゆっくりしていられる。



「碑文にあった“地に潜む龍”が土竜の事を示しているって話。 

 ソフィがなんか良く分かってなさそうなのが引っかかってたんだけどさ。

 その直前にしりとりの話をしてたお陰で気づいたけど……

 あれって日本語以外では読み解けないなぞなぞなんだな」


 少なくとも俺の知識の範囲では、モグラに竜の字が使われている言語は知らない。

 そもそも土竜っていう漢字だって、中国語でミミズを土竜と書くのを誤訳してモグラと読むようになったという話を聞いたことがある。


「……そういうことですか。

 何かずっと変なこと言ってるなー、とは思ってたんですけど」


 ずっと変な事言ってると思われていたらしい。

 まぁでもそうだよな。

 この世界に居ない日本語の本でも読まない限りは学ぶ機会が無いだろう。

 

「で、これって明らかに日本人の発想だよな。

 つまりこの碑文を書いたのは日本人で、ひいてはこのダンジョンを作った存在も、さ」

 そういう事になるんじゃないか?


 少なくともこの碑文を書いたのは、古代人なんかではないことになる。


「……そう、かもしれないです。ナーガ迷宮って確か遺跡じゃないですから」


 言ってソフィは固いパンの最後のひとかけを口に放り込む……かと思いきや、もう一つ小さくちぎって口に付けた。

 口が小さいからか、固いものを食べるときは特に時間がかかっている気がする。

 

「そういえばその話、昨日千鶴さんからも聞いたな。

 最近できたダンジョンは遺跡って呼ばれてないって。あれ本当だったのか」


 俺の質問を受けて、ソフィはしばし考えながら口の中のパンを咀嚼していた。

 しばらく考え込んでいる様子だったが、一度頷いて飲み込むと……


 そのまま、最後のひとかけを続けて口の中に放り込んだ。

 もぐもぐと口を動かし続ける。


 ……話してくれるんじゃないんかい。


「昨日の朝千鶴さんと話しててさ。

 俺がうっかり、こんな迷宮誰が何のために作ったんですかね、

 なんて言っちゃったもんで、迷宮が建てられた理由について話し始めてさ」


 ソフィがもぐもぐしている間を埋めるように、俺は話を続ける。


「最初の方はまだ論理的に迷宮の存在価値とかについて、

 真面目に考察してたんだけど……

 なんか最終的にいつものやつが始まっちゃって。

 これは、魔王という存在が王国によって創られた幻想だという証拠だーとか言い出だして……」


 笑っちゃうよね、なんて続けようとしていたのだが、おもむろにソフィは口をはさんでくる。


「少し勘違いしてるみたいですけど、千鶴さんは別におかしなことは言ってませんよ」


 ようやく最後の一口を飲み込んだらしい。

 パンくずをはらって、手元のものを片付け始めている。


 おかしなことは言っていない?

「えっと……? それってどういう……?」


 困惑する俺をよそに、淡々と片付けを続けるソフィ。


「言葉の通り、実際千鶴さんが言ってる事は間違ってないってことです。

 確かに千鶴さんの前では真に受けないでって言いましたけど、それとこれとは別問題です」


 雨脚が強くなった気がする。洞穴に響く雨音がはっきりと聞こえてきた。

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