第十話 ② しりとりの ”ん”
キャンプを片付け、俺たちは雨中行軍を再開することになった。
昨日のうちに乾かしておいた地図を見ながら、進んでいく。
敵と遭遇しないのでなんのスリルもなく進むのだが、いかんせん迷宮が広すぎて最短ルートを通っていてもなかなかたどり着かない。
「元居た場所だと、こういう時しりとりとかするんだけどな」
あまりに暇すぎて、そんなどうでも良いことを呟く。
「……なんですかそれ」
「ただの暇つぶし。
交互に言葉を一つずつ言い合うんだけど、
その言葉は一個前の言葉の最後の文字からはじめるって遊び。
思いつかなくなったり、“ん”で終わると負け」
ソフィは怪訝そうに眉をしかめる。
「……それ、面白いんですか?」
「まぁ……エキサイティングな遊びかといわれるとそれは流石に否定せざるを得ないな。
単純なルールでいつでもどこでもできるから愛されてるんじゃないか」
ふーんとソフィアはあまり興味がなさそうにしている。
しばしの沈黙の後、ソフィはまた口を開いた。
「それで、どうして“ん”で終わったらダメなんですか?」
一応話は続いてたみたいだ。
「なんでって……“ン”から始まる言葉がないからだよ」
「じゃあ、ここじゃそのルールはいらないですね。
有名なものだけでも、ントガの悲劇とか、ンヒタの神罰、ンドーの雲みたいに無数にありますから」
うわ、めんどくせぇ。
よくよく考えればこんなゲーム、異国の人との間で成り立つはずもなく。
俺とソフィの会話は今、日本語を介している訳では無い。
これは確か転移初日に王城で説明されていた。
この世界の言語を解せないと生きていくのは困難なため、転移者にはもれなく翻訳の特殊技能が与えられているという事だ。
普段は全く意識せずとも意思疎通がとれるが、こういう時は恐らく困ったことになるだろう。
日本語では一文字として扱っているものも、多言語ではその単体音が存在しなかったり、翻訳をすると意味と音が合わなかったりと面倒なことになりそうだ。
「そちらの世界の伝統的な遊びに興味がないわけじゃないですけど……
どう頑張っても、互いに聞いたこともないような名詞を言い合う謎のゲームになると思います」
確かに。
俺はこの世界の地名やモンスターの名前をほとんど知らないし、逆もまたしかりだろうだろう。
例えば、スベスベマンジュウガニだとかリュウグウノツカイみたいなアホっぽい名前の生き物が本当にいるかなんてソフィは判定できないだろうし。
日本が誇る暇つぶしの定番しりとりは、この世界でやろうとするとクソゲー化するようだ。
◇ ◇ ◇
「ん。あれってもしかして……」
と、ソフィが道の端を指さした。
何かと思い見やると、そこの地面の一部が盛り上がっているのが見えた。
まるで何かに掘り返されたかのような跡。
それが道に沿って線を引いており、突き当りの壁の向こうへと続いていた。
「これか、地に潜む龍って」
思わず呟くも、ソフィはこちらを見上げて小首を傾げる。
あれ。伝わらなかったか。
「昨日、第一迷宮の出口にある石板を読んだときに、
“地に潜む龍に教えを請いその試練を克服せしものに……”みたいなことが書いてあったんだよ」
言いながら、そういえばソフィは読んでなかったなと思い返す。
しかしその説明にもソフィはピンと来ていない様子だった。
「だからまぁ……地に潜む龍っていうのは土竜のことで。
その痕跡を辿って行けば宝が手に入るんだと思う。
多分俺たちが目指してる土竜の洞穴に導かれるんだろうな」
多分そういうギミックなのだ。
土竜の掘った跡をたどって行けばその道中で強敵と戦わされ、それを乗り越えた末に宝物を手に入れることが出来るようにデザインされている。
と、ここまで説明したのにもかかわらず、ソフィはポカンとしている。
「まぁ……そこはただの言葉遊びだからどうでも良いよ。
とにかくこのモグラの掘った跡を追えって言うヒントが書いてあっただけ」
結局なんだか恥ずかしくなって、説明を放棄してしまった。
俺が滑ったみたいじゃん。やめてよ。
「んー。でもそっち、遠回りですよね」
ソフィは地図に目を落として言う。
「……そうなんだろうな。
多分これに従って行けばいつかはたどり着くんだろうけど……
多分途中で試練とやらに挑まされるんだと思う」
じゃあ、とソフィは土竜の掘り起こした土とは全く違う方角へ歩き出した。
そんな面倒なことをしなくても、目的地に先回りをすればいいだけだと言わんばかり。
ごめんよ、土竜さん。
でも恨むなら洞穴までの道のりを一本道にしなかったダンジョン製作者を恨んでくれ。
お嬢様は、非効率的な事がお嫌いなだけなんだ。
……しかし土竜のなぞなぞの件、そんなに難しい話だっただろうか。
何かが引っかかる。
違和感の正体を探りながら、先を進むソフィの背中を追った。




