第十話 ① 異世界人が可愛い確率
眠い。
体を起こして伸びをしてみても、頭を小さく振ってみても眠気は頭にしがみついてくる。
「あ、起きたんですね。おはようございます」
足元の方に座っていたソフィと目が合う。
気が付けば隣に敷いてあったはずの寝袋はきちんと収納され、隅にまとめられている。
ソフィはすでにパジャマから冒険用のローブに着替えているようだ。
どこで着替えたのかはこの際聞かないことにする。
「あぁ、おはよう」
俺はあくびを噛み殺しながら答える。
相変わらず外からは雨の音が聞こえてくる。
「朝ごはん、食べれます?」
小首をかしげてソフィは尋ねて来た。
どうやら朝食の準備はすませてあり、その上で俺が起きるのを待ってくれていたらしい。
好意を無下にするわけにもいかないので、一度眠気は我慢して寝袋から出ることにした。
朝食はあらかじめ用意していた携帯食料だった。
干し肉の一部が腐っているのを見つけて捨てようとしたら、ソフィはそれらをまとめて袋に入れていた。
何をしているのだろう……とソフィの様子を見ていると、その上に水や土を入れて温め始めた。
俺はまだ夢の中に居るのかと最初は戸惑ったが、考えてみれば何のことは無い。
恐らくイズへのお土産か何かのつもりなのだろう。
イズは腐って臭いが強くなったものほど喜んで食べる。
そういう意味では腐った肉と水と土を一緒に袋に入れて温める行為だって、料理をしていると言っても過言ではないのかもしれない。流石に過言か。
そんなことは置いといて、きちんと仕切り直してから朝食をいただく。
市販の携帯食料は単体で食べるとお世辞にもあまり美味いとは言えないものばかりだが、ポトフと一緒に食べると全部のレベルが引き上げられた感じがしてとても良い。
ポトフは昨日も飲んだ売店のもの。
あの味が忘れられずに、少し足を伸ばして買ってきたのだ。
「朝食で汁物を飲める幸せってあるよな……」
なんてしみじみしてしまったが、ソフィは良く分からないようだった。
実家にいたころは何とも思わずに味噌汁を飲んでいたが、離れるとそうもいかなくなってくる。
ソフィだって今は実家に住んでいるわけでは無いのだろうが……千鶴さんが朝食を作ってくれるからな。
まだそれが分からんのだろう。がきんちょめ。
女の子の朝は忙しいというが、ソフィはとっくに支度を終えている。
化粧用具が荷物に入っていなかったところを見るに、その手間が省ける分早いのだろうか。
確か中世だと……キリスト教の影響で化粧をするのは傲慢の大罪に当たるとか何とかで良くないことだとされていたんだっけか。諸説か?
いや、この世界にキリスト教は無いわけで……。
そもそも価値観が今とは違うから化粧と言っても、現代人が見たらキモいと思う事が中世の貴族にはもてはやされていたはずだ。
美的感覚なんてものは絶対的なものじゃなくて、社会情勢や流行によって変わりゆくものなわけで。
その点ソフィは、俺から見るとものすごく綺麗な風貌をしているので、美的感覚のズレというのものはこの世界と現代日本ではあまりないらしい。
全く文明レベルも物理法則も違うこの世界で、人を見て綺麗と思えるのはなかなかに奇跡的と言うか……偶然にしては出来すぎとまで言えるかもしれない。
「ソフィって化粧とかはしないのか?」
俺はポトフに固いパンを浸しながら、ソフィに訊いた。
「……しませんけど。何か変ですか?」
気にするように自分のほおをぺたぺたとさわる。
「全然そんなことない。むしろ……」
口が滑った。
「むしろ……何ですか?」
ソフィはいじわるをするように目を細めて聞いてくる。
言わせたいだけだろ、ちくしょうめ。
『綺麗だな、と思って』
正直な答えが口から出る。
……
ソフィは面食らったように目をしばたたかせた。
おもむろに両手でほんのりと朱色に染まった頬をおさえる。
自分で言わせといてなに照れてんだ。
質問したんだから答えなきゃいけなくなるのは分かってんだろ。
ともあれ。
「化粧ってあんまり一般的なものじゃないのか?」
「……そうですね。階級の高い人の間では常識になってきてますけど……
人口比で見たらほんの少数だと思います」
まだちょっと恥ずかしいのか、手元の干し肉に目を落としながらソフィは答えた。
「でも……ソフィは貴族の家の子だったんだろ?
そういうの、教わらなかったのか?」
「された事はあります。
けど、私は子供のころから化粧嫌いだったって聞いてます。
たぶん……長い間拘束されてるって感覚が嫌いだったんだと思うんですけど」
意外だな。
おとなしくメイドさんに化粧をさせているソフィが目に浮かぶようなんだけど。
それこそ、お人形のように。
今は物静かなソフィも、子供の頃はもうちょっとは溌剌だったのかもしれない。
しかし貴族ね。一つ謎が解けた。
俺が見てもソフィが綺麗に見える理由。
この世界の権力者には日本人が多い。
となると、その人たちに気に入られるように、彼らの美的感覚に合わせたものが良しとされるようになるはずだ。
そのおかげで現代人の俺から見ても綺麗なものが綺麗だと評価されるのかもしれない。
ソフィがかわいいのはそんなこの世界の打算的な媚びの積み重ねの歴史の結果だというに結論にはなってしまうが……世の中とは案外そういうものだ。
世界を運営しているのはほんのひと握りの人間たち。
俺たち庶民はそれを追っていくしかない。
……そう考えると無力感でげんなりして来た。
これ以上この事について考えるのは止めよう。
頭を軽く振りながらソフィの方へ視線を戻すも、彼女はまだ顔を上げない。
まだ照れてんのか。俺の方が恥ずかしいってのに。
でもあれか。
昨日の夜ソフィが言っていたことを踏まえると、それも当然なのかもしれない。
「慣れてないか、綺麗って言われるの。……二年前の俺も、言わなかっただろ」
ソフィは顔を上げて、記憶を探るようにして視線を上にやる。
こくんと頷いたのは、少し流れた沈黙の後だった。
まぁそうだよな。
16歳の少女に綺麗って言うのはちょっと犯罪の気がある。
……あれ?
そういえば、と俺は浮かんだ疑問を口にする。
「何で二年前の俺はソフィと冒険をするようになったんだ?
当時ソフィは16歳だったのに、どういった経緯でそんな……
子供って言うと気分を悪くするかもだけど」
やんわりと保険を掛けておく。
昨日のソフィの言葉からして、子ども扱いは良くないと判断したのだ。
「あれ。それも言ってませんでしたっけ」
首を傾げてソフィは言う。
確か聞いてないはずだ。
俺がそう言うと、ソフィはそうでしたっけと驚いた表情をする。
記憶を失っているとしょっちゅうこういう事が起こる。
当たり前すぎて、教えるまでもないと思われているのだ。
「そうですよね。
私が攻撃魔法を使えないって話も知らなかったんですから、知ってるわけないですよね」
何故今その話が?とつっこみたくなるのを抑えて、ソフィの話の続きを待った。
聞いていれば分かるだろう。
「でも説明するとなると結構めんどうなことになりそうです……」
ぶつぶつとソフィは呟く。
込み入った事情があるのだろうか。
やめろよ、本当に犯罪とかにならないだろうな。
「……ごめんなさい、今は簡単にしか説明できないです。
簡潔に言うと、私の攻撃魔法が使えなくなった理由は先輩にあって、
でもそれは私にとっては都合のいいタイミングだったから、
その責任を取ってもらうのも兼ねて、
一緒に冒険してもらうことにした……ってことです」
分かりました?とソフィは顔を覗き込んでくる。
うん、全然わからん。
それはともかく。
「てか、俺のせいでソフィは攻撃魔法が使えなくなったって……どういうことだ?」
なかなか聞き捨てならない一文が入ってたような。
「先輩のせいって言うか……先輩のお陰です。
お陰で私は攻撃魔法が使えなくなって、元居たパーティを抜けることになったんですから」
なるほど?
前の職場が嫌で、そこを抜ける理由が欲しかったという事だろうか。
その割には結構思い切った事をしたもんだな。
「良く分かんないけど、その時の俺にはソフィの魔法を封じる力?
みたいなものがあったってことか。今は無いけど」
ソフィは頷く。
やっぱそうなのか。
「それで、パーティを抜けた後はもう一度魔法を取り戻ために、
行動を共にするようになったわけです。
……まぁ、おかしなことしてるってのは自覚してます。
二年前の先輩も、同じように文句言ってましたし」
自分で魔法を使えなくしておいてすぐに、それを取り戻す旅を始める……なんて言ってるんだからそりゃおかしい。
当時は子供のいう事だと思って付き合っていたのだろうか。
でも今だって同じようなもんだ。
「でも結局、取り戻せなかったんだな」
からかうように俺がそう言うと、ソフィは頷いた。
しかしその顔を見て、俺は口を噤まざるを得なかった。
その表情を見てもなお笑う、というのは少し違う気がしたのだ。
未だに二年前、そこで何があったかは分からない。
しかしそれが、笑い話に消化できるほどのものではないことには薄々気づかされていた。




