第一話 ④ 最弱スキル偽装の転移者
考えてみれば確かにそうだ。
モンスターや魔物という名称に騙されそうになるが、見た目は普通に動物だし当然彼らには血が流れている。
今までは冒険者になるということに対して、
ふんわりとしたイメージしか持っていなかった。
モンスターを討伐して平和を守る、といえば聞こえはいいが……
結局は犬や猫や馬のような動物を剣で切りつけて肉を刺し、
返り血を浴びて殺す作業に代わりはないはず。
炎の魔法なら、動物に火炎放射器を向けているのと何ら変わりはない。
いつの間に、俺はそんな仕事を自ら嬉々として進んでやろうとしていたんだ……?
こんな仕事の何の部分に憧れて、俺は冒険者になりたいなんて考えていたんだ?
冷静に考えれば考えるほど、今の自分の思考回路が信じられなくなってくる。
とはいえ、反論がないわけでもない。
「確かに、おかしいのはなんとなく分かった。
けど流石に……動物とモンスターは違うんじゃないのか」
ソフィの言う事に一理あるとは思いつつも、食い下がる。
モンスターってのは、自然に生きている動物と違って人間に害を与えてくるわけで。
それは無益な殺生とは言い難いはずだ。
「……もちろんそうですけど。
でも、害獣をまとめてモンスターって呼ぶようになったのはここ最近の話です。
それだけじゃなくてステータスとかスキル、ダンジョン、魔王という言葉に至るまで、
その用語の殆どが全部、そう名称が統一されてから数十年しか経ってないんですよね」
……というと。
「もしかしてそれって、殺戮行為の抵抗を無くすため……みたいな」
呼称を変えることで心的負担を減らすという試みは前例が沢山あるけど……
ここでも同じことが行われていると?
「そうです。
名称の統一、能力の数値化と可視化、冒険システムの改善、
初級冒険者への初期投資を行って、
戦地に赴く心的負担を極限まで減らしたのが今の社会です。
こうでもしないと、
だれも死のリスクを背負って巨大な怪物と戦おう、なんて考えませんから」
窓越しの空は蒼いまま。
でもどこか、往来を歩いていた時の澄んだ空とは少し違う気がする。
「でも……それはこの世界の住人じゃなくて、俺みたいに向こうから来た人の話だろ?
ここにいる人は別にゲームの世界に憧れたりはしないわけだしさ」
ゲーム世界にあこがれる若者には効果があるだろうが、
元々ここにいる住民にはあまり効果が無い政策な気がする。
「それはそうですけど……王城で説明を受けたはずです。
ここの世界の冒険者と、先輩みたいな転移者だと戦力の期待値に大きな差があるんです」
……その話に戻ってくるのか。
「あれか、転移者は強力なスキルを持っている確率が高いーみたいな話……」
「確率が高い……というよりこれは統計的な事実です。
ここ数十年間で転移者の能力値のランクが、
低くてもBを下回ったことが無いのは有名な話ですから」
それでも俺はなぜかFランクに判定されたんだけどな。
自分がみじめに見えて仕方ないから忘れようとしてた事実なのに。
あの挑発的な音声が蘇ってきそうだ。
「この世界では大抵の人間が三歳になる前に固有のスキルが発現します。
固有スキルの強さは、
発現した時点でのステータスに応じて決まると言われてるので……」
ソフィの言葉を引き取るように口をはさむ。
「転移者は転移してきたタイミングで発現するから、
三歳児と比べると発育の差がとんでもないことになってるってことだろ。
だから転移者は、この世界の人間とは比べ物にならないほど強力なスキルを持つ。
それも説明してた」
それでも最下位のランクになったって言うんだから笑える。
俺は三歳児以下のザコだという事らしい。
我ながら八つ当たりもいいところだと思ったが、ソフィは気にしていない様子だった。
「ですから転移者はいわば、
とんでもない能力を持つエリート集団ってことになるんです。
一万の現地人を兵にするよりも、
十人の転移者を戦場に送った方が圧倒的に良い結果を期待できます。
そこで問題になってくるのが、平和ボケしてて戦いを好まないっていう日本人の性質で。
昔はお金を積まれても、
動物を殺して血を流すなんて嫌だーって皆が剣をとるのを嫌がってたんです」
……当然の流れだな。そんなの俺だって嫌だ。
「でも当時は魔王軍との戦争が苛烈で……
そんな能力を遊ばせておくわけにはいかないって行政が判断を下したんです。
何とかして彼らを戦地に行かせるような措置をとる必要が出てきて、
その結果が今の世界です」
過剰なまでの魔法の演出と、想像した通りの剣と魔法の世界。
憧れてきた世界と、
戦うという行為を正当化するための材料を与えられた子供はどういう行動をとるか。
思考停止に陥っても仕方ない。
この世界はこういうものなんだ。と世界に適応して行き、
最後には疑問も忘れてしまうだろう。
……と。
「それ、ソフィが自分で考えたのか」
「違います!
私の事、痛い子だと思ってません?」
なんだ、違うのか。
やっぱり、そういう設定を考え付いたから喋ってみている、という訳では無いらしい。
「とにかく。
その政策おかげで戦力が足りるようになって、
国家の安寧が保たれるようになったのは事実です。
でも一方で命を落とした人も沢山います。
最後の瞬間、彼らが何を思うかは……想像もしたくないです」
物憂げな表情で窓を覗く。
視線の先に直方体の石碑がいくつも建てられているのが見えた。
墓標だろうか。
こんな町はずれにわざわざ……と思ったが、
ここはかつて戦場だったと考えるのが自然だろう。
その数はおびただしく、綺麗な石碑はまだマシな方で、
今にも折れそうになっている木の板やいびつな形の岩が殆ど。
眼をそむけたくなる光景。
ゲームや物語の世界のようだと誤認させて、
何も知らない青年を戦場へと送り込む……か。
今も魔王軍は戦争を行っていると聞く。
目の前で起きていないというだけで、この瞬間にも人は死んで行っているという事実。
自らの意思で戦場に飛び込み、
それが現実だという意識もままならないままに死を迎える人もいる。
反対側の窓を見やると、いつの間にかあの二人は居なくなっていた。
見えなくなったというそれだけで、変な心配をしてしまう。
無事モンスターには勝てたかな。夢だけを持たされて犬死にしていないかな。
「ここは現実で、ゲームの世界じゃないんです。
一度だって、死んだら終わりです。もう、戻ってこれないんです」
急に彼女の声色が変わったせいか、少し戸惑ってしまった。
そんなの当り前だろ、と軽々しく言えない。
現にソフィの忠告を聞いていなければ、軽い気持ちで冒険者になっていたかもしれない。
王城を出てすぐの大通りには、まさにファンタジーの世界が広がっている。
過剰なまでの魔法の演出に、現に俺はのめりこんでいた。
その道をまっすぐ行くと冒険者ギルドがあって……
今さらながらあの道は、大掛かりなトラップだったのかもしれない。
自分の意思で戦地へ向かわせるための策略。
幸せそうに通りを歩く人間も、この乗り心地の良い馬車も全て。
本来なら転移者は誰しもがチート級のスキルを手に入れた状態で冒険を始める。
そんな状態でギルドへ足を踏み入れて、
自身の力を試そうとしない人はごく少数なんだろうな。
あれ?そういう意味では俺って……
「多分、そんな危ない事にはならないだろ」
俺の言葉にソフィは顔を見上げる。
「知ってるだろうけど、能力値がぶっちぎりのFランクらしいんだ俺。
歴代の最低値でもBランクなのにさ」
冒険者には絶対なれないから、職業訓練でも受けてろと言われるくらいには弱っちいのだ。
親切にそんなことを教えられなくても、冒険者を志して犬死になんて事にはならない。
おどけるように言う俺にソフィは一瞬怪訝な表情を見せるも、
すぐに納得が行ったように頷いた。
「……ああ、言うのを忘れてましたね。
先輩の能力評価が著しく低い事、
つまりスキルがとんでもなく弱い評価を受ける事は織り込み済みです。
そうなるように手をまわしてるって言えば分かるでしょうか。
先輩にはそれを使って、この腐った世界をぶっ壊してもらうんです」
……?
なんか……大変なこと言ってないかこの子。世界をぶっ壊すって言った?
相変わらず口を大きく開けず呟くように言うものだから、
どうにもすんなりと頭に入ってこない。
思わず顔を見やるも、冗談を言っている様子はなかった。
言葉の意味を理解する前に、ソフィは付け足すように続ける。
「……説明されたと思いますけど。
一定以上の能力を持つものは国から直接援助を受けて、
王国お抱えの騎士または冒険職に就くことになるって」
……確かにそういう話は聞いていた。
「でも、そういうのは最高位のSランク判定された時くらいだって聞いたけどな」
優秀な人材は公務員になって一生食っていけるのだろうな、
とぼんやり考えたのを覚えている。
「いえ。先輩のスキルを正当に評価しようとしたら、ステータスなんか関係なく、
最高位のSランクになっちゃって身動き取れなくなります。
さっさとザコ認定されて王城から放り出されてくれないとこっちが困るんです。
別に何の意味もなく罵倒されてたわけじゃないですから」
……何言ってんだ?
どうしよう。
最初から変なことを言う子だなぁと思ってはいたものの、
とうとう本当に何を言っているのか分からなくなってきた。
こうして、俺がFランクと判定されて捨てられるのが織り込み済み?
“正直者”なんてふざけた名前のスキルなのに?
じゃあ、あの音声はそこまで分かっててあえて俺の事を馬鹿にしていたってことか?
「まぁ混乱するのも無理はないですけど……
今先輩がここで馬車に揺られているのは、
先輩が思っているよりずっと前から決まってたってことだけ覚えておいてくれればいいです」
と、馬車が揺れた。
流れていた景色は止まり、窓からは巨大なアリ塚のような洞穴が見えていた。
まさにイメージ通りのダンジョンの入り口。
「降りますよ、続きはダンジョンで。
スキルに関しても、自分で実際に使ってみれば納得できると思います。
間違ってもFランクに判定されるようなスキルじゃないって」
触れてもいないのに馬車の扉が開く。
ソフィに背中を押されて、つんのめりながら馬車を降りた。