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第九話 ① 迷宮の中になぜかある

「今夜ってもしかして……この雨の中寝ることになるんでしょうか」

 相変わらず止む気配のない雨を手のひらで確かめながら、ソフィは空を見上げていた。


「まぁ……そうなるんじゃないか。でも一応テントは持って来てるわけだし、何とかなるだろ」

 そのために重い荷物を背負ってここまで来たんだから。


 うへぇ、とソフィはだるそうにため息をつく。

 確かに想像してみると雨の中テントを張るというのは少し大変そうで、今から少し憂鬱だけど。


 辺りはすっかり暗くなり、俺たちは雨の中ランタン片手に歩き続けていた。


 そろそろ地図もぐしゃぐしゃになって来て、読むのも一苦労になってきた。

 もうこれ以上歩き続けるのはキツくなってきたころ。


「今日のところは、第一迷宮をぬけ出したらテントを建てちゃいましょうか」


 賛成。

 これ以上体を酷使すると、明日に響きそうだ。


「テントを建てて、調理は出来ないから携帯食料をそのまま食べて……

 その前に濡れた体を何とかしないとですね」

 指折り数えるようにしながら、ソフィはこちらを見上げる。


「一応タオル類も有るにはあるけど……濡れてそうだな。

 今夜はぐっすり安眠とはいかないだろうな、流石に」


 冷えた体を温める方法が無いというのはちょっと過酷だが……まぁ、冒険なんてそんなものだろう。

 快適とは程遠いが、こんな体験もしておいた方がためになる。

 現代人は快適な環境に慣れ過ぎなのだ。


「着替え、濡れてないと良いけど」

 ぽつりとソフィは呟く。


 確かに、寝間着が雨に濡れてるって結構嫌だな。

 

 現代には天気予報という魔法のような技術があるお陰で、雨天キャンプなんて経験は生まれてこの方した事が無い。

 そもそも雨だと分かっているならキャンプ場に行くのを諦める。

 それでも今はその必要に迫られているわけで。他に選択肢が無いのなら文句は言うまい。


 と、先の方に明かりが見えてきた。

 地図によると、あそこが第一迷宮の出口のようだ。

 そこには大きな扉が二つあり、脱出をするか第二迷宮へ進むかを選ぶことが出来る。

 ここにくるまで一つだけしかアイテムを手に入れていない俺たちに、脱出を選ぶ選択肢は勿論有り得ない。


 ナーガ迷宮は入り口から放射状に広がるような形をしていて、その中心部の円が第一迷宮になっている。

 第二迷宮はそこからさらに外側で、ドーナツのような形と言えば分かるだろうか。


 ナーガは次の迷宮へと進むほど面積は大きくなっていくため、脱出にかかる所要時間と難易度が跳ねあがる。

 ついでに地図を書く所要時間も。

 因みにこの迷宮に入ってからここまで六時間もかからなかった。

 スキルによるズルはしているものの、やけにあっさりと進んだなという印象だ。


「進むためには暗号が必要……か」

 第二迷宮に続く扉の傍にある石板を読み上げる。


“散らばりしものが示す四つの光……”だの、“地に潜む龍に教えを請いその試練を……”だのと、この扉を開けるヒントや、この先にある第二迷宮での冒険のヒントが意味ありげな文章と共に示唆されているようだ。


 でもまぁ四つの光も、地に潜む龍も、そんなのはどうでも良くて。


「本来は迷宮のどこか4か所にある石碑を頑張って調べて周って、パスワードを集める必要があるみたいですね」


 言いながらソフィは迷いのない手つきでパネルを操作し、なんなくロックを解除した。

 つくづくダンジョンの製作者に申し訳なくなるスキルだ。


 大きな扉がゆっくりと開かれる。

「では今日の所は適当に良さそうな場所見つけて、頑張ってテントを建てて。そしたら……」

 続けようとしたソフィは、急に口をつぐんでしまった。


 何か異変でもあったか……と一瞬冷やりとしたが、ソフィの視線の先を追うとそれは杞憂だったようで。


 そこには、ここまでの過酷な迷宮とはかけ離れた、どこか人のぬくもりを感じさせる光景が広がっていた。



 明るい。


 簡易的に作られたであろう雨よけが、アーケードのように続いている。

 すぐそばには受付のようなものが建てられており、そこに人が立っているようだ。


 道の真ん中には立て看板が建てられており、そこには施設の案内が書かれているようで……

傍に立てられたのぼりには名物と思わしき食べ物のイラストが書かれている。


「「……なにこれ」」

 予想だにしなかった人のぬくもりを感じる光景に、思わず二人して呟いていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「おつかれです。……待たせました?」

 見上げると、首にタオルをかけて頬をほんのりと上気させたソフィがこちらに駆けよってくるところだった。

 少しだけ残っていた瓶の中身をグイっとあおる。


「ちょうど今来たとこ。温風、思ったより良かったな」

 ソフィは俺の手にある飲み物が無くなっていることに気づいた様子だったが、あえて触れることもなく隣に座ってきた。

 

「気持ち良かったですね。びしょびしょだったから、本当に生き返ったって感じです」

 ふぅ、とソフィはため息をつく。


 ……過酷なサバイバルはどこへやら。

 一転して温泉旅館に来たかのような雰囲気になってしまった。

 

 第二迷宮の入り口には不似合いにも人口施設が置かれてあった。

 俺達が今来ているのは、体を乾かせる温風施設である。


 雨中行軍ですっかり弱り切った冒険者をお金にするという商売根性には拍手を送りたい。

 利用にはそれなりの値段がするが……濡れた体をそのままにして凍えて眠るか、体を乾かしてほかほかの状態で眠るかと言われたら後者を選らばざるを得ない。

 まんまと食い物にされているわけだが、それでも温風が気持ち良かったのでヨシ。


「外の売店、見に行きたいです。さっき来る時に見かけて気になってたんですよね」

 今丁度腰を下ろしたばかりのはずだが、ソフィはそんな提案をする。


「いいな。丁度何か口に入れたかった所だし」

 既に晩飯は食べたが、携帯食料だけだと口が寂しかったところ。

 一つ伸びをしてから立ち上がる。

 

 

 ひんやりとした夜の空気に、天井にあたる雨の音がぱらぱらと響いていた。


 温風施設の外には簡易的な売店がある。

 先ほどから良い匂いを漂わせていて気になっていたのだ。

 なんなら匂いにつられて魔物をおびき寄せはしないかと怖くなるほどには良い匂い。


「ポトフを紙コップに注いでくれるみたいで……良い匂いしてたから気になってたんです」

 売店の前にあるのぼりの一つを指さして言う。


 この冷えた空気の中飲むポトフか……良いな。

 気だるげな店員に注文をすると、すぐにコップを二つ渡してくれた。


「あったまる……」

 両手で包むようにしてソフィはコップを持つ。


 体の中でじんわりと広がっていく感覚がたまらん。

 こういう時に飲むスープが一番うまいんだから。


 ちびちびと紙コップの中身をすすりながら、アーケードを進む。

 

「迷宮では誰にも会わなかったけど、意外と人いるもんなんだな」

 少し進んだところに、天井の設けられた広い空間がある。


 ここがキャンプ場になっているのだが、辺りには複数テントが建てられているのが見える。

「そうですね、意外と……。そういえば、温風室にも他の利用者がいました」

 距離は離れているものの、他に人がいるというだけでなんだか安心する。


 キャンプ場と売店が屋根のついた道で繋がれているというのは、かなり便利だ。

 居心地が良すぎて、ここに旅行に来たような気分になってくる。

 あったまった体で夜風にあたるという経験が、温泉に来た時特有のものだからだろうか。



 既にテントは建ててある。

 多少時間はかかったが、当初はこの作業を雨の中やろうと思っていたというのだから恐ろしい。


 テントは一般的なポリエステル製の、組み立てが簡単なタイプのものだった。

 使い込まれたもののようで、人の家の独特の匂いがする。

 二人用の大きさでそれ以外何も語るところのない、ただのキャンプ用テント。


 ……何の変哲もないテントがこの世界にあることは逆におかしいんだけど。

 有名なロゴもついているし、明らかにこの世界で作られたものじゃないのは一目瞭然。

 これはソフィの父の私物らしいのだけど……なんでそんなもの持ってたんだ。


 二人用とはいえ、寝袋を敷くと殆どスペースは無くなってしまう。

 足元には荷物がまとめられており、頭の方にランタンが一つ置いてあるだけ。


 ……おかしいな。


 俺が寝袋を敷いたときには確かにソフィのと離しておいたはずなんだけど。

 いつの間にか二つの寝袋が寄せられてくっついている事に、つっこんだほうが良いのだろうか。

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